朔蒔って案外、しっかり授業を受けるものなんだと、感心してしまっている自分がいた。いや、普通は受けるのが当たり前で、病気や風邪、心の病が無い限り授業を受けるのが普通なんだ。だが、朔蒔という異端児は、授業を受けるのは気分次第という物だと思っていたから、以外だった。
もしかしたら、先ほどの楓音の自分の方が俺の事を知っているという発言が刺さったのかも知れない。楓音の方が、入学式から今まで一緒にいて……時間換算すれば、楓音の方が長い。だから、それを埋めようと必死になっているのかもと、そう考えると、何だか可愛い奴に思えてきた。
まあ、そんな可愛い奴じゃないことは、俺がよく分かっていて、授業中消しゴムを俺の背中に何度も投げるという奇行を繰り返し、俺を怒らせては笑って愉快そうにしている朔蒔を見るのは腹が立ったが……
(授業を受けているだけよしとするか……)
どの目線で話していると突っ込まれそうではあったが、そんな感じで一日の授業を終え、鞄に教材を突っ込んでいると、後ろから肩を組まれた。
「せーのっ♥」
「うわ……何だよ。後、重いから腕退けろ」
「いい、肘置きだと思って♥」
「お前、いつか訴えられるぞ」
「その時は、星埜も道連れだぜ」
「俺を巻き込むな」
相変わらずの馬鹿力で肩を組んでくる朔蒔の腕を振り払う。そして、俺はさっさと帰ろうと、立ち上がった。
「なァ、遊んでくれる約束は?」
「そんな約束した覚えない」
「じゃあ、今からここにいる奴ら片っ端からなぐ……」
「約束した」
「物わかりの良い星埜だーいすき♥」
機嫌が良いと、すぐ語尾にハートがつくよな……などと、もう慣れてしまったが相変わらず発想が狂人のそれだ、と朔蒔を見る。朔蒔は嬉しそうに、口角を上げていて、その底の知れない黒い瞳も少しだけ透き通っているように見えた。何が、此奴のやる気ボタンというか、機嫌良ボタンなのかは知らないが、未だに探り探り朔蒔の地雷を踏まないようにするのが大変だ。
「遊ぶって、何処に」
「ら……」
「ボウリングとか、高校生らしくてよくないか!?」
俺は、思わず声を上げてそう言った。クラスメイト達が一斉にこちらを向いて、何事かと怪訝な顔を向けている。
まあ、いきなり大声出せばこうなるなあ……何て恥ずかしさもありつつ、それよりもラブホと言いかけた朔蒔を止める方に気をとられていた。もしかしたら、違ったかも知れないが、朔蒔のことだから、そうだと思って。
「えー俺まだ何も言ってないじゃん。あ、期待してたとか?」
「んな訳無いだろう。ボウリングの気分だったんだよ」
「俺、カラオケがいい」
「なら、初めからそういえ」
何で俺は却下されているんだと不満げに朔蒔を見れば、朔蒔は楽しそうに笑っていて、まあ、機嫌が良いならいいかと思った。
後ろで、クラスメイト達が殴られるんじゃないかとびくびくと震えていること何て、此奴には関係無いことで、どうでも良いことなんだろう。俺は、よくないからこうして機嫌を取っているというのに。俺の苦労も、気も知らないで。
「あ、星埜くん。もう帰るの?」
「ああ、いや。楓音。お前はもう帰るの?」
「うーん、星埜くんと帰ろうと思っていたんだけど。お邪魔虫がね」
と、あの温厚な楓音がギロリと朔蒔を見る。朔蒔は、可愛らしい楓音の睨みなんてヘでもないというように、「楓音ちゃんは星埜くん以外友達いねェの?」と煽っていた。楓音は、薄い眉をピクリとうごかしつつも、にこりと笑って「星埜くんと帰りたいの」と返していた。何でこんな天使と一緒に帰れないのかと、つくづく思う。
「なあ、朔蒔三人の方が……楽しいんじゃないか?」
「……」
「朔蒔?」
却下される物と思っていたので、朔蒔の無言に違和感を覚える。
どうせ、考えた後却下だろと顔を覗けば、なんとも言えない顔で、俺の見たこと無い顔で楓音を見た。
「楓音ちゃんはどうなの」
「僕? そりゃ、星埜くんの言ったとおり、三人の方が楽しいんじゃない?」
「朔蒔?」
朔蒔がそんなこと聞くなんて意外だ。槍が降る。と失礼なことを思いつつも、何となく、俺と2人で居たくないのかと悲しくなって朔蒔を呼べば、朔蒔は俺の方を見て、また何か言いたそうな表情を浮かべた後、ふっと息を吐いた。それは、安堵のため息にも見えた。
「確かにな、三人でもいいんじゃね?」
俺は、聞き間違いかと思って、「は?」と声を漏らせば、朔蒔が「何だよ」と睨んできたので、首を横に振った。
「どういう風の吹き回しだ?」
「別に。三人でもいいんじゃねって思っただけだけど? 深い意味が必要で?」
「あーいや、お前ってそんな奴だったかって」
「……星埜のお友達、邪険にあつかったら、星埜に嫌われるかと思って」
――――それは、嫌だ。
と、小さく、消えそうな声で言ったのを、俺は聞き逃さなかった。
(何なんだよ、此奴)
ますます、琥珀朔蒔という男が分からなくなり、俺の心の中がぐちゃと何かで塗りつぶされるようなそんな、なんとも言えない心地の言葉では言い表せない感情が生れた。
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