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#溺愛
桜咲かな
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桜咲かな
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#百合
第五十三話 前日の夜
土曜日の前日。
彼女は、いつもより早くスマートフォンを閉じた。
明日、会う。
何度考えても、その事実が現実味を持たない。
これまで何度も画面越しに話してきた。
笑ったことも。
悩みを聞いてもらったことも。
何でもない話をしたことも。
それなのに、明日からは違う。
同じ場所に立って、同じ景色を見る。
彼女は机の上に置いたキーホルダーを手に取った。
青いリボン。
裏側に刻まれた「ずっと」という文字。
最近見つけたものの中で、一番気になっている。
明日、彼にも見せるつもりだった。
でも、
それを見せたら何かが変わる気がして、
少し怖かった。
一方、彼も眠れずにいた。
明日の待ち合わせ場所を何度も確認する。
駅の名前。
時間。
そこから歩く道。
全部覚えた。
けれど、頭に浮かぶのはそれだけではない。
事故の日のこと。
思い出せない一日。
病院の記録。
そして、写真の中にいる誰か。
彼は目を閉じた。
また、あの声が聞こえる。
「ちゃんと話すから」
誰なのか分からない。
でも、以前より近く感じる。
彼は目を開けた。
机の上に置いていたキーホルダーを手に取る。
「明日、何か分かるかな」
小さく呟いた。
その頃、彼女も同じように
キーホルダーを見つめていた。
二人は知らない。
同じものを持っていることも。
同じ写真を持っていることも。
そして、同じ日の記憶を失っていることも。
ただ、二人とも明日を待っていた。
翌朝。
彼女は家を出る前に、鏡の前で一度だけ深呼吸した。
「大丈夫」
自分に言い聞かせる。
スマートフォンを見る。
彼からメッセージが届いていた。
『着いたら連絡する』
彼女は笑った。
『分かった』
短いやり取り。
いつもと同じ。
なのに今日は、少しだけ特別だった。
駅へ向かう。
電車に乗る。
窓の外の景色が流れていく。
そして――
同じ頃。
彼もまた、駅へ向かっていた。
二人が向かう場所は同じ。
けれど、まだお互いの姿は見えていない。
そして彼のポケットには、
古いキーホルダーが入っていた。
彼女のバッグにも、同じものが入っている。
二人はまだ知らない。
今日という一日が、
過去を探すためだけの日ではなくなることを。
コメント
1件
クラリスさん、第53話読みました…! 明日会うっていうその「現実味が持てない」感じ、すごく分かります。画面越しの関係って、実際に会うと急にリアルになるからドキドキするんですよね🤍 キーホルダー、二人とも同じものを持ってて、同じ写真も持ってて、同じ記憶を失ってる…って、もうその偶然が切なすぎて泣きそうです。彼が「ちゃんと話すから」って聞く声も気になるし、明日がただの楽しい日じゃなくて「過去を探す日」になるっていう予感が、胸をぎゅって掴まれました。 二人の距離が物理的に縮まるのに、まだ見えないせいで、もどかしくて、でも優しい空気が伝わってきました。続きがすごく気になります…!