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カーテンの隙間から差し込む光が、部屋の中を薄明るく照らしている。
休日の午前中。特に予定のないオレたちは、どちらからともなく一つのベッドに潜り込んで、ただ身体を寄せ合っていた。
「……なぁ冬弥。おまえ、眠くないのか?」
腕の中に収まった体温を感じながら、なんとなく声をかけてみる。
冬弥は寝惚けているわけでもなく、ただ心地よさそうにオレの胸元に顔を埋めていた。普段の冷静なアイツからは想像もつかないくらい、今の冬弥は無防備で、オレに全部を委ねている。
(……あー、クソ。なんでこんなに可愛いんだよ)
言葉にできない愛おしさが急に込み上げてきて、オレは空いていた左手を伸ばした。
少し癖のある冬弥の髪に指先を絡め、ゆっくりとその頭を撫でてやる。
すると、冬弥の口元が微かに綻んだ。
嬉しそうに目を細めて、オレの胸にさらにすり寄ってくる。
「……ふは、わかりやすい奴。そんなに気持ちいいか?」
今度は指先で、冬弥の柔らかい頬をそっと撫で上げた。
アイツは今、確実に笑っている。その穏やかで幸せそうな表情を特等席で見つめられるのは、世界中でオレ一人だけだ。
外の喧騒なんてどうでもよくなるくらい、この狭いベッドの上が愛おしくて仕方がない。
オレは冬弥を抱きしめる腕に、ほんの少しだけ力を込めた。
「…ふふっ………、…彰人の手が大きくて、あったかいからだな」
冬弥の口から溢れた言葉が、あまりにも素直すぎて調子が狂う。
「……んだよ、それ」
少し照れくさくなって、オレはわざとぶっきらぼうに言葉を返した。
(あったかい、ねえ……。オレとしちゃ、冬弥の体温のほうがよっぽど心地いいんだけどな)
耳の裏が少し熱くなるのを感じながら、撫でていた手の動きを一度止める。
だが、離すのは名残惜しくて、今度は冬弥の頬を手のひら全体で包み込むようにして包んだ。
オレの手が大きいんじゃなくて、冬弥の顔が小さいだけだろ。
そうからかってやろうと思ったのに、手のひらから伝わってくるアイツの体温があまりに優しくて、そんな言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。
「おまえがそうやって笑うから、オレの手が離せなくなるんだろ。……責任とれよ、相棒」
小さく息を吐き出しながら、今度はオレのほうから冬弥の額に自分の額をこつん、とぶつける。
至近距離で視線が交ざり合う。
冬弥の綺麗な瞳に、ひどく甘ったるい顔をした自分が映り込んでいるのが分かって、オレはさらに深く息をついた。
「彰人のほっぺも、ぷにぷにだな」
「……ぷにぷにって、なにがだよ」
予想外の場所を触られて、オレは思わず声を裏返らせた。
いつもは真面目で、言葉遣いもしっかりしている冬弥の口から「ほっぺ」なんて可愛らしい響きが飛び出してくるから、余計に心臓に悪い。
(不意打ちすぎるだろ。……っていうか、オレの頬、そんなに柔らかいか?)
自分の頬に添えられた冬弥の指先は、ひんやりとしていて、でも触れられている場所からじわじわと熱が広がっていくみたいだ。
文句を言いつつも、その手を振り払う気なんて微塵も起きない。むしろ、もっと触れていたいと思ってしまう。
「っ、おい。あんまり突つくな。オレは別に柔らかくねぇだろ……」
冬弥の手のひらに自分の顔を少し預けるようにしながら、軽く睨んでみせる。
だけど、そんなオレの抵抗なんてどこ吹く風で、冬弥はただ楽しそうに目を細めていた。
その顔を見ていたら、なんだか調子が狂うのを通り越して、たまらない気持ちになる。
「…ふふっ、ぷにぷに」
オレは小さく溜息をつくと、冬弥の指先に自分の指を絡め、そのままベッドのシーツへと押し込んだ。
「彰人、お腹は硬いのに、ほっぺが柔らかいと言うことは…ギャップ萌え、と言うやつなのか?」
「……は? ギャップ、……はぁ!?」
冬弥の口から出た突拍子もない単語に、オレは完全に固まった。
どこでそんな言葉を覚えてきたんだよ。っていうか、自分の恋人に向かって真顔で言うセリフか、それが。
(お腹は硬いって……いつの間にそんなとこまでチェックしてんだよ、こいつは……)
一気に顔が熱くなるのが分かった。
普段のステージの上でのクールな姿からは想像もつかないようなセリフを、冬弥はさも大真面目に、大発見でもしたかのような顔で言っている。そのズレっぷりが、おかしいのを通り越して、めちゃくちゃに愛おしい。
「おまえなぁ……そういうのは『ギャップ萌え』とか言わねぇの。っていうか、男に向かって萌えとか言うな」
絡めていた指先に少しだけ力を込めて、ベッドに組み伏せた冬弥の手を軽く揺らす。
恥ずかしさを隠すためにわざと呆れたような声を出すけど、口元が緩んでしまうのをどうしても止められない。
「……たく。変な言葉ばっか覚えてきやがって。誰に教わったんだよ、それ」
少しだけ身を乗り出すようにして、冬弥の顔に自分の影を落とす。
「彰人だぞ?」
あまりにも真っ直ぐな瞳で自分の名前を呼ばれて、言葉が詰まった。
誰に教わったわけでもなく、ただオレを見てそう思ったんだと言わんばかりの表情。
冬弥には、これっぽっちも悪気なんてないんだ。ただ純粋に、オレのことを観察して、そう結論づけただけ。
(クソ、本当に……反則だろ、それ)
降参、というように首を振って、オレは冬弥の手を掴んでいた力をそっと抜いた。
そのまま腕を滑らせて、アイツの細い腰をぐっと自分の方へと引き寄せる。
もう、照れ隠しでぶっきらぼうな態度を続けるのにも限界だった。完全にオレの負けだ。
「……おまえさ。自分がどれだけ無自覚にオレを振り回してるか、分かってねぇだろ」
すぐ近くにある冬弥の耳元に、わざと低めの声を落としてみる。
呆れ混じりの、だけど隠しきれない熱を含んだ吐息が、冬弥の白い肌を微かに揺らした。
「そんなこと言う奴には、こうしてやる」
仕返し代わりに、今度は冬弥の柔らかい脇腹を指先で軽く小突いてやる。
「んふっ…、はは、彰人…くすぐったい、から…っ…ひゃう、あきと」
「観念しろ。オレをあんなに照れさせた罰だ」
身を捩って必死に逃げようとする冬弥が可笑しくて、オレの手の動きはさらに勢いを増す。
いつもはあんなに物静かなアイツが、今は顔を真っ赤にして、涙目でオレの名前を呼んでいる。その必死な様子がたまらなく愛おしい。
(つーか、『ひゃう』って……なんだよその声。可愛すぎて逆にこっちが理性を削られるだろ……)
耳元に響いた予想外の甘い悲鳴に、オレの指先が一瞬だけ跳ねた。
心臓の鼓動がドクンと跳ね上がる。
これ以上続けたら、くすぐるだけじゃ済まなくなっちまいそうだ。
「……っと、わりぃ。やりすぎた」
そう言いながら、オレは動きを止めて冬弥の身体から指を離した。
はぁはぁと肩を揺らして呼吸を整えているアイツの髪は、ベッドの上で激しく動いたせいで、さっきよりも酷く乱れている。
オレは再び冬弥の腰を抱き寄せると、今度は息を整えるのを待つように、その背中を優しくぽんぽんと叩いた。
「ん…彰人ばっかり格好良くて、ずるい」
「……は?」
呼吸を整え終えた冬弥から返ってきたのは、恨みがましい視線と、またしても予想外の言葉だった。
格好良い、ずるい、と。
少しだけ尖らせた唇から零れたその台詞に、オレは呆気にとられて、思わず目を丸くする。
(格好良いなんて、そっくりそのままおまえに返すっつーの……)
ベッドの上で乱れた髪の隙間から覗く、少し潤んだ瞳。
くすぐられて赤くなった肌。
そんな状態の冬弥に言われても、説得力なんて微塵もねぇよ。むしろ、今のアイツの姿のほうが、男のオレから見ても目のやり場に困るくらいに無防備で……その、魅力的だった。
「ずるいのはおまえだろ。……自覚ねぇのかよ」
オレは呆れたように小さく息を吐き出すと、冬弥の細い顎を、親指と人差し指でそっと挟み込んで上を向かせた。
視線が嫌でも真っ直ぐに絡み合う。
「オレをここまで狂わせてんのは、どこのどいつだよ。……これでもまだ、オレの方が格好良いって言い張る気か?」
そう言いながら、オレは冬弥の唇のすぐ近くで、意地悪く、だけど酷く甘く微笑んでみせた。
「…だって、くすぐられて格好悪くなってる俺の、背中さするから」
「……それ、本気で言ってんのか?」
一瞬、思考が止まった。
格好悪くなってる、だなんて。そんなふうに思っていたことに驚くと同時に、オレの些細な行動ひとつをそんなふうに捉えていた冬弥が、愛おしくて堪らなくなる。
(背中さすっただけで格好良いとか……おまえ、本当にオレに甘すぎだろ)
顔の熱さが一気に限界突破するのが分かった。
ただ、冬弥の息が荒かったから落ち着かせようとしただけなのに。そんな無意識の気遣いすら、この相棒は全部真っ直ぐに受け止めて、嬉しそうにオレを見つめてくる。
「……たく、本当におまえには敵わねぇな」
顎を挟んでいた手を離し、オレはそのまま冬弥の首の後ろに腕を回した。
ゆっくりと力を込めて、今度は完全にオレの胸の中へ引き寄せる。
「格好悪くなんてねぇよ。……オレの前でだけそんな顔すんだから、むしろ、最高に独り占めしてる気分だわ」
冬弥の耳元で、そうぽつりと呟く。
抱きしめた身体から伝わってくるアイツの心臓の音が、さっきよりも少しだけ速くなっている気がして、オレは満足げに目を細めた。
「…じゃあ、彰人も格好悪いのか?」
冬弥の突飛な理屈に、オレは思わず眉をひそめた。
おまえが格好悪かったからオレも格好悪いって、どんな計算をしたらそうなるんだ?
「……はぁ? なんでオレが格好悪くなるんだよ」
(つーか……もしオレが格好悪いとしたら、それは全部おまえのせいなんだけどな)
冬弥を抱きしめたまま、その背中に回した手に少しだけ力を込める。
アイツの素直すぎる言葉や仕草に、さっきからオレの心臓は鳴りっぱなしだ。余裕ぶった風を装ってはいるものの、内心はかなりみっともないくらいに焦らされている。
「オレが格好悪いかどうかは、おまえが一番よく知ってんだろ」
少しだけ身体を離し、冬弥の顔を正面から覗き込む。
至近距離で見つめるその瞳は、相変わらず澄んでいて、オレの姿をまっすぐに映していた。
「……まぁ、おまえの前でなら、多少格好悪くてもいいかって思っちまうのが、一番悔しいんだけどな」
そう言って、オレは冬弥の鼻先に自分の鼻を小さく小突いた。
恥ずかしさを認めるのは癪だけど、冬弥相手に格好つけても始まらない。オレは観念したように、ふっと柔らかく笑った。
「…ふふっ。それなら、俺の勝ちだな」
「……あ? 勝ちって、何がだよ」
勝ち誇ったように笑う冬弥を見て、オレは思わず片眉を跳ね上げた。
いつの間にそんな勝負が始まってたんだよ。
(勝ちだな、なんて……。そんな顔で笑われたら、ハナから勝ち目なんてねぇだろ、オレには)
悔しいけれど、そうやって満足そうに微笑む冬弥の顔は、文句のつけようがないくらいに綺麗で。やっぱりオレは、この相棒の笑顔にトコトン弱いんだと思い知らされる。
オレをやり込めたと思って安心しきっているその無防備な顔を見ていたら、このまま大人しく引き下がるのが、なんだか急に癪になってきた。
「調子に乗るなよ。オレがこのまま、負けっぱなしで終わるわけねぇだろ」
オレはわざと低く、含みを持たせた声で囁く。
そして、冬弥の腰に回していた腕を引き寄せ、今度はアイツの身体をオレの真下に組み敷いた。
「……ここからは、オレのターンだわ」
形勢逆転、と言わんばかりに上から見下ろすと、冬弥の瞳が驚いたように微かに揺れる。
勝ちを確信して緩んでいたアイツの表情が、一瞬で緊張に染まっていくのが堪らなく心地よかった。オレは挑発するように口元をニッと歪め、冬弥の耳元へと顔を近づけた。
「っ…あき、と」
耳元で零れたその切なげな声に、ゾク、と背中が震えた。
さっきまで勝ち誇っていたはずなのに、体勢が入れ替わった途端にこれだ。オレの名前を呼ぶ冬弥の声は、いつもより少し高くて、ひどく色っぽく聴こえる。
「……なんだよ、急に弱気な声出して」
(…クソ)
煽るつもりだったのに、オレのほうが限界だ。
冬弥の両手をシーツに縫い付けたまま、じっとアイツの顔を見下ろす。
少し開いた唇から漏れる吐息が、オレの鎖骨のあたりを擽って、胸の奥の熱がじわじわと、だけど確実に膨れ上がっていくのが分かった。
「……名前呼べば、オレが優しくしてくれるとでも思ったか?」
わざと意地悪な口調で問いかけながらも、掴んでいる冬弥の手首を締め付ける力は、驚くほどに優しい。傷つける気なんて、これっぽっちもない。
オレはゆっくりと顔を近づけ、冬弥の熱い吐息がオレの唇に触れる距離で、わざと動きを止めた。
アイツの長い睫毛が震える。
その焦れったそうな表情をもう少しだけ楽しんでから、オレは冬弥の唇に、自分のそれを静かに重ね合わせた。
「っ…ん……ッ…、…ぁ、…ふ……っ…」
重ねた唇の間から、冬弥の細い吐息が零れ落ちる。
その、甘くて切ない声が耳に届くたび、オレの理性の壁が音を立てて崩れていくのが分かった。
(……あー、もう無理。止める気なんて、更々ねぇからな)
最初は驚いたように固まっていた冬弥の身体から、徐々に余計な力が抜けていく。
オレは縫い止めていた冬弥の片手を解放し、その指先を再び自分の髪へと滑らせた。絡みつくアイツの体温が、心地よくて堪らない。
一度離しかけた唇を、今度は角度を変えて、もっと深く、 貪るように 押し付ける。
ただの口づけじゃ足りない。冬弥のすべてをオレの色で染め上げて、このベッドの中に溶かしてしまいたかった。
「……ん、……は」
ようやく唇を離すと、冬弥の唇は微かに濡れて赤みを増していた。
追うようにして、今度は アイツの 剥き出しになった 首筋へと唇を落とす。
ビクンと大きく跳ねた冬弥の身体を、オレは逃がさないように、もう片方の腕で強く、強く抱きすくめた。
「あきと、…ふふっ…やっぱり、彰人は格好いいな」
「っ……おまえ、この状況で何言って……」
首筋に吸い付いていた唇を離すと、思わずそんな声が出た。
さんざん翻弄されて、息も絶え絶えになっているはずの冬弥が、またそうやって満足そうに笑うからだ。
(本当に、調子が狂う……。オレが今、どんな気持ちでいるかも知らないで)
冬弥の視線があまりにも真っ直ぐで、熱くて、頭の芯がジリジリと焦げるような錯覚に陥る。
格好良いなんて、そんな単純な言葉で片付けられたら、これまで必死に理性を保とうとしてきたオレの立場がない。
「……格好良いなんて、もう言わせねぇよ」
オレは、冬弥の耳たぶを優しく、だけど少しだけ強めに歯を立てて噛んだ。
アイツの身体がビクッと震えて、可愛い悲鳴が部屋の空気に溶けていく。
「……全部、おまえがそうさせたんだからな」
息を荒くしながら、冬弥の濡れた瞳をじっと見つめる。
今度はアイツの鎖骨のあたりに痕を残すように深く唇を押し当てながら、オレは完全に理性を手放して、愛おしい相棒の身体をさらに深く抱き込んだ。
「ん”…っ……彰人…、そこ…っ」
「……ん、なんだよ」
冬弥の口から漏れた、掠れたような声が耳に届く。
オレの名前を呼ぶその声は、いつもよりずっと甘くて、聞いているだけで胸の奥がチリチリと熱くなる。
(……そんな声で呼ばれたら、加減なんてできなくなるだろ)
鎖骨に落としていた唇をゆっくりと離し、再び冬弥の顔を見つめた。
アイツの頬は綺麗に赤く染まっていて、潤んだ瞳がじっとオレを捉えている。その無防備な表情が、オレの独占欲をこれでもかってくらいに刺激した。
「……もう、待って進めねぇからな」
冬弥の乱れた髪を優しく掻き上げながら、その額に、 鼻筋に、そして最後にもう一度唇に、 啄むような優しいキスを落としていく。
「冬弥、オレを見ろ。……全部、オレに預けろ」
そう低く囁きながら、オレは冬弥の手指に自分の指をがっちりと絡め合わせた。
繋いだ手のひらから伝わってくる互いの激しい鼓動を感じながら、オレはさらに深く、愛おしい相棒の体温の中へと溺れていった。
「っんー…ッ……、…ん、…お”……っ…ぁ、…あ…ッ…」
耳元で途切れ途切れに響く冬弥の声が、オレの理性を完全に焼き切っていく。
こんな声を出させるのは、世界中でオレ一人だけで いい。
(……あー、もう、めちゃくちゃに してぇ……)
熱い吐息が互いの肌を撫で、 狭いベッドの上に、 二人の境界線がなくなるみたいに混ざり合っていく。
「……ハ、……くそ、本当に……いい声で鳴くなよ」
冬弥の身体が限界を迎えるように震えるたび、オレはその細い腰を強く抱き止め、 逃げ場を奪うように激しく身体を寄せた。
「冬弥、 もっと……オレの名前、 呼べ……っ」
これ以上ないくらいに繋がった体温の 中で、 オレはアイツの涙で濡れた瞳をじっと 見つめ、さらに 深く、愛おしい奈落へと突き進んでいった。
「あきと…ッ……あきと……」
泣き出しそうな声でオレの名前を呼ぶ冬弥の、その潤んだ瞳をじっと 見つめ返す。
おまえの中には、今オレしかいねぇ。そう確信できる瞬間が、堪らなく嬉しくて、狂おしい。
(本当に、……愛おしくて、どうにかなりそうだわ)
冬弥の指先にぎゅっと力が籠もり、オレの背中に爪が立てられる。 その微かな痛みが、むしろ心地よくて、さらに身体の奥が突き動かされる。
「冬弥……、冬弥……っ」
今度はオレが、祈るようにアイツの名前を何度も零した。
限界まで昂まった熱が、二人の身体を焦がすように弾ける。オレは崩れ落ちるように冬弥の身体に重なり、その濡れた首筋に深く額を埋めて、激しい呼吸を繰り返した。
「…あきと……ッ…まだ、ぬいちゃ、や……っ」
「……っ、あぁ。まだ、おまえの中にいるよ」
首筋に顔を埋めたまま、掠れた声でそう応える。
冬弥の身体から伝わってくる小刻みな震えと、オレを締め付けるような熱い感触が、まだ繋がっていることを嫌でも教えてくれた。
(入れるって……そんな不安そうな顔すんな。離すわけねぇだろ……)
まだ荒い呼吸を繰り返しながら、オレはゆっくりと顔を上げた。
涙を溜めた瞳でオレを見上げてくる冬弥の顔が、たまらなく愛おしくて、同時に少しだけ切なくなる。
繋がったままの腰を微かに揺らすと、冬弥の口から「ひゃ……っ」と小さな悲鳴が漏れた。
「……わりぃ。でも、まだおまえから抜きたくねぇんだよ」
オレは冬弥の頬を両手で包み込み、親指でその目尻に溜まった涙をそっと 拭って やる。
そして、アイツの安心させるように、今度は驚くほど優しく、 唇を 重ね合わせた。
「…ん……っ…、…あ、……ぁ…き、と」
重ねていた唇をゆっくりと離し、今度は耳元にそっと唇を寄せた。
「……ん、……冬弥」
オレの名前を呼ぶアイツの声は、さっきよりもずっと掠れていて、でもだからこそ、オレの胸の奥をこれでもかってくらいに甘く締め付ける。
(本当に、……全部オレのもんだな)
繋がったままの熱のせいで、一度は落ち着きかけた身体が、またじわじわと熱を帯びていくのが分かった。
腕の中にいる冬弥の身体は、疲れてくったりとしているのに、オレが名前を呼ぶだけで、愛おしそうに肩を微かに震わせる。
「……そんな声で呼ばれたら、また我慢できなくなるだろ」
オレは、冬弥の首筋にぽつぽつと落とすように、優しいキスを刻んでいった。
アイツの素直な体温を全身で感じながら、オレはまだ、この愛おしい相棒を片時も離す気になれずにいた。
静まり返った夜の寝室。
ベッドの上では、すっかり体力を使い果たした冬弥が、穏やかな寝息を立てて眠っている。
毛布から少しだけ覗くアイツの首筋には、オレが容赦なく刻み込んだ赤紫色の痕が、 幾つも浮かび上がっていた。
(……ちょっと、やりすぎたか)
その無防備な寝顔を見つめながら、オレは苦笑交じりに自分の髪を掻きむしる。
だが、後悔なんてまったくしていない。 むしろ、 自分の痕跡がびっしりと刻まれた 相棒の身体を見て、 胸の奥が妙に満たされるのを感じていた。
静かにベッドを抜け出し、オレは 一人、 浴室へと 向かった。
脱衣所の鏡の前に立ち、 衣服を脱ぎ捨てる。
シャワーの熱い 湯を浴びながら、 ふと背中に走った微かな痛みに、 眉を顰めた。
「……って。 あいつ、 結構強めに爪立ててたんだな」
湯が沁みる背中に手を伸ばし、 鏡越しに自分の肩甲骨のあたりを覗き込む。
そこには、冬弥がオレに必死に抱きついていた時に 残した、白い引っ掻き痕が何本も走っていた。
(……たく。痛ぇっつの……)
文句を呟きながらも、オレの口元は自然と緩んでしまう。
鏡に映るその傷跡は、さっきまで冬弥がオレを 強く求めていた、確かな証拠だった。
湯気で曇っていく鏡を見つめながら、オレは背中の痛みをどこか誇らしげに受け止め、再び温かい湯の中に身体を預けた。
薄暗かった部屋に、眩しいくらいの朝の光が差し込んでいる。
シャワーを浴びてベッドに戻った後、オレもいつの間にか深い眠りに落ちていたらしい。
重い瞼をゆっくりと開けると、目の前にはまだすやすやと眠っている冬弥の顔があった。
(……ん、……朝か)
身体を動かそうとして、背中にピリッとした微かな痛みが走る。
昨夜、冬弥が必死にオレの背中に爪を立てていた時の感覚が、その痛みと共に鮮明に蘇ってきて、朝から急に顔が熱くなった。
「……ん、……ぅ……」
オレが微かに動いた気配を察したのか、冬弥が小さく声を漏らして身じろぎをする。
ゆっくりと持ち上がった布団の隙間から、アイツの白い首筋が見えた。
昨日、オレが夢中で刻み込んだ赤紫色の痕が、朝の光に照らされて、いやに鮮明に浮かび上がっている。
「……ぁ、……彰人……?」
まだ完全に覚醒していない、掠れた声。
冬弥は擦るように瞼を開けると、目の前にいるオレの姿をぼんやりと視界に収めた。
「……おう、おはよう。……まだ眠いなら、寝てていいぞ」
オレは照れ隠しを隠すように、冬弥の乱れた髪を乱暴に、でもどこか優しく撫で回した。
アイツの身体に残る 痕と、自分の背中の痛み。
その両方が、 昨夜の濃密な時間を雄弁に物語っていて、オレは 逃げるように冬弥の額に自分の額を預けた。
「ん…ふふっ、気持ちよかったな」
「……っ、おまえなぁ!」
朝一番に、そんな顔で、そんなセリフをサラッと言うな。
一気に頭が冴え渡ると同時に、顔に血が集まるのが自分でもよく分かった。
(本当に、こいつは……無自覚っていうか、ストレートすぎるだろ……)
気まずさを隠すために、オレは冬弥の額に預けていた自分の額を、わざとコツンと少し強めにぶつけた。
アイツは痛がる風でもなく、ただ嬉しそうに目を細めてオレを見つめている。
「……おはよう、じゃねぇのかよ。起きて早々、そんなこと思い出してんじゃねぇ」
ぶっきらぼうに言いながらも、視線は冬弥の首筋にびっしり残る赤紫色の痕に向かってしまう。
朝の光の中で見ると、自分がどれだけ理性を無くして暴れたかがよく分かって、ますます居心地が悪くなった。
「……っていうか、おまえ。背中、結構痛ぇんだけど。爪、立てすぎだろ」
オレはわざとらしく眉をひそめて、自分の肩甲骨のあたりをさすってみせる。
少しは照れろよ、という意味を込めて文句を言ってみたが、果たしてこの大真面目な相棒にどこまで伝わっているのやら。
「あ…すまない、大丈夫か…?」
オレは苦笑を噛み殺しながら、布団の中で冬弥の腰を再びぐっと抱き寄せた。
「……いや、責めてるわけじゃねぇよ」
本気で申し訳なさそうな顔をする冬弥を見て、オレは慌てて言葉を付け足した。
そんなまっすぐな 瞳で心配されたら、からかうつもりだったこっちの方が悪者みたいじゃないか。
(クソ、 真に受けるなよ……。痛ぇけど、嫌だったわけじゃねぇっつの)
オレは溜息混じりに笑うと、 抱き寄せていた腕の力を少しだけ強めた。
冬弥の心配性を宥めるように、その背中を広く大きな手のひらでゆっくりと撫でてやる。
「大丈夫だよ、 傷になってるわけじゃねぇし。……むしろ、おまえがそれだけオレに必死だったんだろって思うと、悪ぃ気はしねぇわ」
わざと意地悪く唇の端を上げて みせると、案の定、冬弥の白い頬がじわじわと赤く染まっていくのが分かった。
朝の光を浴びながら、赤くなった顔をオレの胸元に隠そうとする相棒が、 たまらなく愛おしい。
オレはその癖のある髪に顎を乗せ、心地よい敗北感の中で、再び柔らかく微笑んだ。
「……っ、彰人も、そんな笑い方をするんだな」
「……あ? 」
冬弥の言葉に、オレは 思わず自分の頬に手を当てた。
無意識のうちに、 随分と締まりのねぇ顔をしていたのかもしれない。
(……んなの、 おまえの 前でしか しねぇよ)
心の中でそう毒突きながら、 恥ずかしさを誤魔化すように冬弥の頬をつまんで軽く引っ張る。
冬弥は痛がる風でもなく、ただ嬉しそうに瞳を揺らしてオレを見つめ返してくる。
その穏やかな 空気が、胸の奥にじんわりと染み渡っていく。
「たく……、 朝から調子狂わせんな。 おまえがそうやって笑うから、 オレまで変になるんだろ」
オレはつまんでいた手を離し、 そのまま冬弥の柔らかい頬を手のひら全体で優しく包み込んだ。
カーテンの隙間から差し込む朝光が、 二人の境界線が曖昧に なるくらい、ベッドの上を暖かく包み込んでいる。
「……なぁ、 冬弥」
もう一度、 愛おしい相棒の名前を呼ぶ。
今日が休日で本当に 良かったと、 心の底から思いながら、 オレは再びその綺麗な瞳をじっと見つめた。
「…なんだ?彰人」
名前を呼べば、いつだってまっすぐにオレを見返してくるその瞳が、ただ無性に愛おしかった。
「……いや、なんでもねぇよ」
それ以上の言葉なんて、今更必要ねぇ。
(……あー、クソ。本当に離したくねぇわ)
オレは包み込んでいた冬弥の頬から手を滑らせ、今度はその細い身体を布団ごと、壊れ物を扱うみたいに優しく抱きしめた。
腕の中にすっぽりと収まる、心地よくて少し高めの体温。
首筋に残る痕も、オレの背中に走る小さな痛みも、全部がオレたちの愛おしい日常の一部として、静かにこの部屋に溶けていく。
「……今日、どこも行くのやめようぜ。こうやって、一日中おまえとくっついてる」
冬弥の髪に顔を埋めながら、少しだけ甘えるように呟いてみる。
外の世界がどれだけ動き出そうと、この狭くて温かいベッドの上だけは、間違いなくオレたちの特別な場所だった。
「いいだろ、相棒」
そう言いながら、オレは冬弥の耳元で、今日一番の、とびきり優しい笑みを浮かべた。
「あ……。…ふふっ、もちろんだ」
(……ッ、素直かよ)
冬弥がオレの手のひらに頬を寄せてくる感覚が、ダイレクトに脳に響く。
ただでさえ一日中ベッドにいるって決めたのに、そんな可愛いことされたら、本当にこの部屋から一歩も出られなくなるだろ。
(……まぁ、出る気なんてハナからねぇけどな)
オレは引き寄せた冬弥の身体をもう一度強く抱きしめ、アイツの首筋に深く顔を埋めた。
シーツの匂いと、冬弥の甘い体温が、オレの身体を心地よく満たしていく。
昨夜の熱の残りと、今ここにある穏やかな時間が、これ以上ないくらいに愛おしい。
「……じゃあ、決定な。今日は飯食う時以外、ずっとこうしてやる」
冬弥の耳元でそう囁きながら、オレは満足げに目を細めた。
外の天気なんてどうでもいい。
この先も、オレの隣でこうして笑うおまえがいれば、それだけでオレの毎日は完璧だった。
「……大好きだぞ、冬弥」
最後に、誰にも聞こえないくらいの小さな声で愛を囁く。
「…彰人。俺も、愛してる」