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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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朝の光が差し込む病室で、一花は眠ったままの悠真の手を握った。
「悠真。ママね、仕事始めたよ」
返事はない。
一花は小さな手を両手で包みながら、笑いかけた。
夜通し身体を動かしたせいか、頬から首元に残る火傷痕は、いつもより強く引き攣るように痛んでいた。
それでも、悠真の前ではいつものように笑っていたかった。
「倉庫のお仕事。荷物をいっぱい運ぶの」
「今日も頑張ったよ」
いつかこの子が目を覚ましたら、ちゃんと伝えたい。
大丈夫だよ、と。
ママがいるから心配しなくていいと、目いっぱい抱きしめて、また一緒に笑いたい。
「桜井さん」
背後から聞こえた声に、一花は振り返った。
神崎が病室へ入ってくる。
「先生」
神崎は一花の顔を見ると、少し眉を寄せた。
「……ずいぶん疲れているように見えますが」
「あ……」
一花は少し迷ってから答えた。
「仕事を始めたんです」
「仕事?」
「物流倉庫で。夜勤なんですけど」
神崎の眉がわずかに動いた。
「夜勤を?」
「はい。今日も仕事が終わって、そのまま来ました」
「そうだったんですね」
神崎は少し黙ってから、一花の顔を見る。
「ちゃんと休めていますか、桜井さん」
その呼び名に、一花は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「……もう、桜井じゃないんです」
神崎が、驚いたように目を開く。
「離婚しました」
「……失礼しました」
すぐにそう告げると、神崎はそれ以上事情を尋ねることなく、少し間を置いた。
「差し支えなければ、今のお名前を伺っても?」
「朝倉です。旧姓に戻しました」
「……承知しました」
神崎は静かに頷いた。
「では、朝倉さん。ちゃんと休めていますか?」
「大丈夫です」
力を抜けば、そのまま崩れてしまいそうな疲労を抱えながら、一花は笑ってみせた。
神崎はしばらくその顔を見つめていた。
大丈夫ではないことくらい、きっと気づいている。
それでも神崎は、無理に休ませようとも、今の一花を止めようともしなかった。
「分かりました。ただ、辛くなった時は無理をしないでください」
「はい」
以前、神崎は言ってくれた。全部、一人で背負う必要はないと。
その言葉を覚えているからこそ、今はもう少し、自分の足で立ってみたかった。
その頃、榊は三枝志保の動きを追っていた。
一花について流された噂を調べるほど、今回の炎上にも三枝が関わっているのではないかという疑いが強くなっていた。
奈緒を表に立たせ、自分は一歩後ろから人を動かす。今回の炎上にも、どこか三枝のやり方と似た匂いがあった。
ただ、三枝が指示したと断定できる証拠はまだない。
榊はSNS上の動きを追う一方で、勤務先や過去に携わった案件、公開されているSNSなどを洗い、三枝本人の行動も探っていた。
そしてその日、勤務先を出た三枝のあとを追っていた。
三枝は人通りの多い通りを抜けると、少し離れた場所で足を止める。
誰かを待っている。
榊は距離を取り、その様子を窺った。
やがて、一人の男が現れた。
三十代半ばほどの、黒いスーツ姿の男だった。
三枝はその男を見ると、周囲を確かめるように視線を巡らせてから歩み寄る。二人が短く言葉を交わし、男がわずかに横を向いた。
その顔を見た瞬間、榊の表情からいつもの余裕が消えた。
「……嘘だろ」
低く零れた声には、自分でも抑えきれない動揺が滲んでいた。
無意識のうちに、握った手へ力がこもる。
あの時の記憶が、まざまざと脳裏へ蘇った。
それでも榊は動かなかった。
今ここで感情に任せて姿を見せれば、すべてが台無しになる。
スマートフォンを構え、三枝と男が接触している場面を何枚か撮影する。
二人が別れたあとも追うことはせず、撮れた写真だけをその場で確認した。
それから、神崎へ電話をかける。
『もしもし』
「蓮」
いつもの軽さが消えた声に、神崎もすぐ気づいたようだった。
『何かあったのか』
「今日、一花さんも呼べる?」
『……三枝のことで?』
「ああ。見せたいものがある」
榊は一度、言葉を切った。
「たぶん、お前も見れば分かる」
その日の仕事と病院を終えた一花にも、榊から連絡が届いた。
《三枝のことで分かったことがある。今日、事務所まで来られる?》
一花はすぐに《行きます》と返した。
身体は重かったが、三枝について何か分かったのなら聞かないわけにはいかない。
榊の事務所へ向かって夜の街を歩いていた時だった。
前方から、硬いヒールの音が聞こえてくる。
コツ、コツ、と一定の間隔で響く音に何気なく顔を上げた一花は、その場で足を止めた。
こちらへ歩いてくる女には見覚えがあった。
——西園寺牡丹。
そして、その隣を歩いている男を見た瞬間、一花の呼吸が止まった。
「……俊介?」
離婚してから、初めて見る姿だった。
俊介も一花に気づいたのだろう。目が合った途端、気まずそうに視線を逸らす。
その反応だけで、一花の胸に嫌なざわめきが広がった。
「あら」
牡丹は一花と目が合うと、柔らかな笑みを浮かべた。
「こんにちは、一花さん。奇遇ですね」
一花は答えられなかった。
視線が、俊介と牡丹の間を行き来する。
「この度は離婚に応じてくださって、ありがとうございました」
コメント
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一花が「朝倉」に戻って神崎先生に「承知しました」って呼び直されるところ、もう胸がぎゅってなったよ😢💕 笑顔の裏でボロボロなのに守りたい人がいるから歯を食いしばる姿に、読んでるこっちも泣きそうになった… そして最後の牡丹×俊介! 「ありがとうございました」の含み笑い、絶対ウラがあるよね?榊も「あの時の」記憶って何事⁉ 続きが気になって夜しか寝れないんだけど! 次話も全力待機してるからね🌸🔥