「はあ、あの、そのですねぇ」
皆は車座になって、秋時《あきとき》の言葉を聞き逃さまいと、睨み付けている。
「秋時?洗いざらい、喋っておしまいなさいな。楽になりますよ?」
上野が、妙に、柔らかな態度で、秋時に語りかけた。
「あー、はい!それは単なる、憶測でして、普通、誰でも思うじゃないですか!ねぇ?」
「まあ、そうだったの。で、秋時は、誰から、その憶測を聞いたのかしら?」
「ああ、それは、父上から……」
「やっぱりーー!斉時《なりとき》様かっ!!」
守満《もりみつ》、常春《つねはる》、上野は、声を粗げた。
「斉時様というと、あの、斉時様のことですよねぇ」
晴康《はるやす》までも、あぁーと、首を振っている。
秋時の父である、斉時は、守近の竹馬の友であり、都でも一二を争う、お調子者という通り名で知れわたっている人物だった。
おおよそ、都の噂話は、斉時経由で流れると言って良いほどの口達者。そして、その血をしっかり、子である秋時も、引き継いでいた。
「親が親なら、子も子というやつですな。守満様、いかがいたしましょう?」
「うーん、晴康、それは、こちらが、聞きたいことだが……あくまでも、憶測からの、勝手な思い込み……だろう?」
守満は、渋い顔をする。
秋時が、口走った、入内《じゅだい》、とは、つまり、守恵子《もりえこ》が、宮に上がり、お上の側で仕えるということ。
お仕えすると言っても、側であれこれ采配するのではなく、寵愛を、お受けする大事なのだ。
仮に、その様なことになれば、守近の大納言家、そして、外戚を含むすべての縁者は、実権を握り、この世の春とばかりに、栄華を極める事となる。
それだけに、軽々しく語って良いことではなく、実際、その様な話は、一切上がっていなかった。
確かに、政治の表舞台に立つ守近の娘《ひめ》であれば、誰でも、きっと、かの姫様が入内されるだろうと、思うはず。
ただ、喉から手が出るほど、その地位を欲しがっている上流貴族は、山ほどいる。
もし、娘を送り込もうと、本気になっている家へ、守恵子の名前が届いたら……。嫌がらせ、どころか、入内できぬようにと、ありとあらゆる手を使って来るだろう。最悪、守恵子の命も危なくなる。
貴族社会の裏側とは、そういうものだと、秋時は、まるっきりわかってないようで、皆が言っているなどと、まだ、軽口を叩いていた。
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