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#追放
すこし話をしたあと、
リチャードは一通の封筒を差し出した。
封を切る。
中には、ただ一行だけ。
――「旗がいるんだろ、やるよ」
それだけだった。
カルドは、泣きながら笑った。
ああ、世の中には――
どうあがいても、かなわない人がいる。
まして、死んだ人間になど。
「……ずるいよな」
小さくつぶやいて、顔を上げる。
「エスカミオに参りましょう」
「お父上の名誉を、取り戻しに」
そう言って、リチャードの手をつかんだ。
言葉は、考えるより先に出ていた。
エスカミオでは、まだ――
エンドア大反乱の余波がくすぶっていた。
「東エンドア株式会社の財産は、エスカミオのものである」
「カルド男爵なる人物は、それを私物化したのだ」
「聞けば、エンドアと通じていたというではないか」
「反乱の首謀者――そう見るべきではないか」
「本国へ召還し、厳正に取り調べるべきだ!」
王室、議会、そして東エンドアの出資者たち。
そのすべてが、同じ方向を向きはじめていた。
――カルドこそ、陰謀の中心である。
その噂は、誰の手を離れてもなお膨れあがり、
やがて一通の文書となって形を持つ。
詰問状。
そして――召喚状。
それは、命令として
カルドのもとへ叩きつけられた。
だが。
カルドは、拒否した。
議会は海軍の派兵を決定する。
目的は。
――東エンドア株式会社の財産接収とエンドア再支配。
「かかった!」
反乱が収まった今――
カルド艦隊さえ打ち破れば、再支配は容易。
エスカミオ政府は、そう判断したのである。
一方、カルドは。
空前絶後の大艦隊――
軍艦三十隻、武装商船二百隻を編成。
エスカミオ海軍との決戦、
そして本国侵攻を宣言していた。
ヘンリー国王の肝いりで編成された艦隊は
“無敵艦隊”と名付けられ、
総司令官にチャールズ・ハワードが任じられる。
軍艦二十隻、武装商船百隻。
その大艦隊は出港し、
ただ一つの命を受けていた。
――カルド艦隊、撃滅。
そして。
両陣営は、エンドア沖で激突する。
「なんだ、あの品のない船は?」
ネルソンが望遠鏡をのぞきながら言う。
「プリンス・オブ・ウェールズですね」
「どーりで女好きな顔してると思ったぜ」
「めちゃくちゃ偏見ですね。どんな顔した船なんですかそれ」
「ところでネルソン、俺に隠してることない?」
「ありません」
「内緒で結婚した?」
――ギクッ。
「いーなー、俺もわざと怪我してさ、看病してもらってさ、
そのまま結婚とか――」
「もうすぐ始まりますよ」
「もう俺、怪我でいいよ。あの島とかどう?」
「いい加減にしてください」
「ドレークが、火船で待機しています」
「やるの?」
カルドは、にやりと笑った。
「……じゃあ行こうか」
次の瞬間。
快速船――十数隻。
全てが炎に包まれたまま、
一直線に突っ込んでいく。
帆が燃え、
甲板が軋み、
黒煙が空を覆う。
その標的は――
プリンス・オブ・ウェールズ。
「来るぞ……!」
誰かが叫ぶ。
だが、もう遅い。
炎の船団は、止まらない。
海そのものが、燃えながら襲いかかっていた。
「火船だと……?」
プリンス・オブ・ウェールズ艦上。
見張りの声に、甲板の空気が凍りついた。
「数は!?」
「……十、いや、まだ増えます!」
「近づけさせるな!」
だが――
速い。
あまりにも、速すぎる。
風を孕んだ帆はすでに炎に包まれている。
なのに速度は落ちない。
むしろ、加速している。
甲板にざわめきが走る。
「回頭だ、回頭!!」
「間に合いません!」
炎の船が、迫る。
一隻ではない。
二隻でもない。
十数の“炎”が、一直線に突っ込んでくる。
それは、もはや船ではなかった。
――火そのものだった。
「敵兵を狙え、撃て!」
無数の矢が撃たれる。
だが、火船は勢いを止めない。
帆を破り、船体を砕いても、
燃えながら、そのまま突き進んでくる。
「来るぞ……!」
衝突。
次の瞬間――
爆ぜた。
油か、火薬か、積荷すべてが一斉に燃え上がり、
炎が、牙のように食らいついた。
「消せ!消火だ!水を――」
「無理だ!!広がる!!」
火は、跳んだ。
帆へ。
索具へ。
甲板へ。
人へ。
「ぎゃああああああッ!!」
一人が転げ回る。
その火が、別の男に燃え移る。
「海に飛び込め!!」
「水が……燃えている……!?」
誰かが、呆然とつぶやいた。
海面に浮いた油に火が走り、
逃げ場すら焼き尽くしていた。
「こんな……ばかな……!」
叫びは、爆音にかき消される。
炎の船団は止まらない。
一隻を焼き、
二隻目へ。
三隻目へ。
鎖のように、火がつながっていく。
その光景を、後方の艦から見ていた将校が、
震える声で言った。
「……地獄だ」
隊列は、中央から――
折られるように崩れていった。
一度乱れた陣は、もう戻らない。
炎と恐慌が、秩序を食い破っていく。
「今回は――そのまま攻め上る」
カルドは、静かに言った。
「……そのまま、追撃を」
短い命令だった。
だが、その意味を理解した者たちは、息をのむ。
――逃がさない。
もともと、数で勝っていたのはカルド艦隊だった。
軍艦、商船、そのすべてにおいて。
そこへ、緒戦の一撃。
出鼻をくじかれたエスカミオ海軍に、立て直す時間は与えられなかった。
ハワードは後退を命じる。
隊列を再編し、戦線を立て直すために。
だが。
カルドは、それを許さない。
「距離を詰めろ。逃げる敵から沈めろ」
追撃は、執拗を極めた。
散り散りに逃げる艦を、一隻ずつ捕捉し、
包囲し、叩き潰す。
海戦は、もはや戦いではない。
――狩りだった。
幾度かの小競り合いののち、
エスカミオ海軍は、壊滅的な損害を受ける。
もはや、艦隊とは呼べなかった。