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8月15日(土)正午過ぎ。リンネは自習のために学校へ向かっていた。
「はぁ……暑い……」
最寄り駅に着いたのは午後12時25分。
いつものようにホームの椅子に腰掛け、本を開いた。
ふと顔を上げると、向かいのホームに”制服姿の少女”が立っていた。俯いたまま、ホーム際から動かない。
長い髪が風で揺れ、一瞬だけ顔が見えた。
その表情には、涙すら枯れ果て、覚悟だけがわずかに息をしていた。
嫌な予感が胸をかすめる。けれどリンネは視線を落とし、本へ戻った。
午後12時30分。
通過電車が轟音を立ててホームに入ってきた瞬間
少女は、飛び込んだ。
「っ……!」
リンネは思わず立ち上がった。
ギィィイイイイイイイ!!!
鉄と鉄が削り合うような凄まじい音。電車は急停車し、構内は一瞬で”悲鳴と騒然”で満たされる。
駅内放送が響く。
『只今、人身事故が発生致しました。大変ご迷惑をおかけ致しますが、今しばらくお待ちください。』
“恐怖”と同時に”怒り”がリンネを支配した。
「……っち。はぁ。迷惑すぎ……」
午後3時45分、学校に到着。
「はぁ……こんな時間。授業じゃなかっただけマシ……マジで最悪。そんなに死にたいなら樹海で死ねばいいのに。本当に迷惑……」
頭をよぎるのは、さっきの”光景”ばかり。ストレスは募る一方だった。
午後6時過ぎ、帰路につく。
「ちょっとしか勉強できなかった……最悪。”あの女”のせい」
事故のシーンが脳裏に焼き付いて離れない。
午後7時20分、帰宅。
家は静まり返っていた。
誰も”おかえり”とは言わない。いつものこと。
「……はぁ」
午後8時30分、自室。
リビングから”母親の声”が聞こえた。
「リンネ、ご飯」
返事はしない。いつものこと。
テーブルに並んでいるのは、スーパーの惣菜。値札のついた容器のまま。両親はリンネの顔を避けるように各自の部屋へ消えていった。
「……たまには作れよ……」
午後9時15分、浴室。
唯一落ち着ける時間。
「はぁ……何もかもうざい……」
“父親の声”が扉越しに響いた。
「早く上がれ。次は俺だ」
催促される。いつものこと。
午後10時、ベッドの上。
本を閉じ、明かりを消す。
「……はぁ」
目を閉じても、”昼間の事故”が何度も再生される。
「……うっとうしい。全部あの女のせい……。生きてたら殺してやりたい……」
8月16日(日)午前8時過ぎ。
制服に着替えた。家にいると、ただ”ストレス”が増えるだけだから。
「学校で自習してた方がマシ……はぁ……」
午前8時30分、玄関。
“母親が声”をかけてきた。
「私、夜出かけるから。これで何か食べな」
500円玉を差し出す。
「いらない。自分で買えるし」
「……あっそ。好きにしな」
“顔も見ず”に母は部屋へ戻っていった。
「……はぁ」
午前9時、最寄り駅。
椅子に座り、カバンを探る。
「……ん? 本、忘れた……」
苛立ちが込み上げる。
「……最悪っ……うざいうざいうざい……!」
午前9時5分。
次の電車は9時15分発。
「もう……いや」
カバンを置いたまま、惹きつけられるように”ホーム際”へ歩み寄る。
「……何もかもいらない……もう、つかれた……」
微風が頬を撫で、髪を揺らす。
幼い頃の”優しい記憶”がほんの一瞬だけ過ぎった。
「……ママ……パパ……」
午前9時10分。
通過電車が迫ってくる。
「……はぁ」
風がリンネを誘うように背中を押し出す。
ホームに体が吸われる瞬間
向かいのホームで、”誰か”がこちらを見ていた。
昨日、飛び込んだはずの少女だ。
『…きもっ…』
ギィィイイイイイイイ!!!
駅内放送が響く。
『只今、人身事故が発生致しました。大変ご迷惑をおかけ致しますが、今しばらくお待ちください。』