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及川視点
翌朝、目覚めた瞬間に嫌な予感がした。
――母さんからの電話。
予想通り、着信が何件も重なっている。
「徹、今すぐ帰ってきなさい」
「あなたのためを思って言っているのよ」
「昨日の行動は許されない」
岩ちゃんが横で、無言で画面を見ている。
「……どうする?」
「行かない」
言った瞬間、胸がぎゅっと痛む。
学校に行けば母親の影がついてくる。
家に帰れば、もっと厳しい言葉と指示が待っている。
「そっか……じゃあ、俺が一緒に行く」
岩ちゃんのその言葉に、少しだけ気が楽になる。
“誰かと一緒なら、逃げられない現実にも向き合える”
そう思えた。
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登校中、及川の背中に冷たい視線が刺さる。
友達も教師も、昨日の変化に気づいているような空気。
でも、岩ちゃんが隣にいるだけで、緊張が少しずつ溶ける。
教室に入ると、すぐに母親からの連絡が教師経由で届いた。
「及川くん、あなたの行動について話があります。放課後、職員室に来てください」
胸の奥が重くなる。
“また始まる”
そう思った。
でも岩ちゃんは手を軽く叩いた。
「大丈夫だ。俺がついてる」
その言葉だけで、心が少し落ち着く。
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放課後、職員室で母親と向き合う。
「徹、あなた、どういうつもりなの?」
怒鳴る声は冷たく、計算されたように鋭い。
母さんの目は、期待と失望の混ざった光を放っている。
「……青城に行きたいんです」
言った瞬間、空気が一瞬止まった。
母親の瞳が一瞬だけ揺れる。
「は?」
「徹!なに言ってるの!?」
「俺は、青城でバレーを続けたいです」
胸が張り裂けそうになるけど、揺るがない。
岩ちゃんが後ろで、静かに支えてくれているから。
母親の手が机を叩いた音が響く。
「あなたのためを思って言ってるのに!
どうして私の言うことを聞けないの?」
「……もう、母さんの言うことを聞くことだけが正解じゃないです」
言葉が出た瞬間、自分でも驚いた。
でも岩ちゃんが隣にいる安心感が、勇気をくれた。
「岩ちゃん……」
小さく呟くと、彼は軽く頷いた。
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帰り道、沈黙が続く。
でも不思議と、心が重くない。
母親の圧力はまだあるけれど、岩ちゃんの隣なら、逃げずに立っていられる。
「及川、今日の言葉、間違ってなかったぞ」
「うん…ありがとう」
初めて、自分の意思で選んだ道を歩いた感覚。
そして初めて、誰かに頼っていいんだと実感できた。
“これからも、怖いことはある。でも、一人じゃない”
心の奥で小さく誓う。
青城への道、そして自分の人生を、自分で選ぶ――
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