ありがとうと伝えられなかったのは自分が臆病だったせいかな。
それとも貴方が茶化して笑ったからかな。
いや、どんな理由でもあの時、礼を言っていれば良かったな。そんな思いが降り積もったまま、一日が終わった。僕のつまらなかった日々はある日、隣人がやって来た瞬間一転して輝き始めた。辛さを忘れてしまうほど楽しかった。
色の概念ではなく色の自由を教えてくれた貴方に惹かれ始めたのはいつだろうか。本当は出会う、もっともっと前から僕は貴方を知っていたのかもしれないね。世界は狭くて丸くて深くて、貴方と出会えたこの時点で僕の人生は勝ち組だね。なんて言うと笑われちゃうかな。好きだなんて言うと離れていっちゃうかな。
ははっ、辛いなぁ…(笑)
もう、テヒョナ達と出会って三ヶ月が経った。
早いようで遅いようなそんな三ヶ月だった。
毎日が過ぎていった。僕たちの生活はなんの変わりもなくて幸せが毎日此方を覗いているだけだった。笑顔が耐えないこの日々が続いてほしいと願った。今日も朝日が昇った。いつもと同じだった。ご飯も一緒で変化がないこの時間が好きになっていた。明日も明後日もそうがいいと思った。変わりがないと良いと思った。
そんな夜だった。
淡くて暗くて綺麗だったから屋上に行ってみた。まだ夜浅い時間だったので風が心地よくて僕は何時間もそこに入り浸った。夜も深くなってきた頃、僕は風が冷たくなっているのを感じて部屋へ戻った。すると戻った病室から聞こえたのは鼻を啜る音と泣いた貴方だった。
僕は目を大きく見開いた。あの夜以来見た、貴方の泣き顔。そんな貴方の横にはすやすやと寝るテヒョナがいた。声をかけたかった。それでも体は氷のように固まっていて上手く動かなかった。
🐹「…テヒョナ……テヒョナァ……グスッ…」
テヒョナの名前を連呼しながら貴方は泣いた。泣いていた。理由ぐらい何となく分かっていた。テヒョナとの会話は毎日毎日どことなく噛み合わなくなっていた。「え?」と聞き返すことが多くなっていた。テヒョナの容態がどんどん悪化していって来たことは僕でも分かった。それがソクジンさんが泣いている理由とイコールだと言うことも。
安心したように寝息をたてる親友はどこか儚げで僕は二人の夜の影をそっと壁の外で見つめた。その夜、僕は部屋には入らなかった。入れなかった。いや、入っちゃいけない気がした。この家族の時間を邪魔してはいけないと思った。そうだ。僕は赤の他人なんだ。テヒョナの大切な兄との時間を、ソクジンさんの大切な弟との時間を僕が崩してはいけないんだ。
そう考えると悲しくなった。また居場所が無くなった気がした。被害妄想だけは得意の自分を憎んで僕は眠りについた。
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変わらない太陽が顔を出した。
目が覚めたそこは何故かベットの上だった。僕は廊下で寝たはずなのにと不思議に思うと横にいる何も変わらないテヒョナの寝顔が目には入った。テヒョナの布団にはうっすらと涙の染みた跡が残っていた。僕は昨日あったことを思い出しながらテヒョナを起こした。
🐯「…おはよ…」
相変わらずボサボサな髪を気にすること無くテヒョナは体を起こした。そこで僕は違和感に気が付いた。少しずつ毎日は変化していっていたのだ。
ソクジンさんは____?
部屋にはいない。でもこの時間には「おはよう」と顔を出して部屋に入ってきているはずだ。なのに、いない。怖くなった。幸せがそう簡単に続くわけがなかった。どうしよう。テヒョナに何か知っているか聞いたが「分かんない。」と言われてしまった。何処だ、と探しても見つからなかった。
この日はソクジンさんがいないまま、そのまま終わった。テヒョナは本当に何も聞かされていないようだし、僕だって分からなかった。テヒョナの容態が深刻になっていてソクジンさん自身もメンタル的にキツいのか。考えたけどそれらしい答えは出てこなくて僕は頭を整理するために飲み物を買いに出掛けた。
病院の隅にある自動販売機の所へ行くと、そこには求めていた人がいた。
🐹「…ジミン君…」
ソクジンさんは珈琲の缶を片手に椅子に座っていた。僕がビックリして固まっているとソクジンさんはこっち、と隣の椅子をトントンと叩いた。僕はそれに応じて座り気になっていたことを勇気を出して聞いてみた。
🐥「どうして…今日、来なかったんですか…?」
出した声は自分でも驚くほど震えていた。怖かったんだ。貴方の答えを知るのが。塞ぎたい耳を塞ぐこと無く僕は返事を待った。数秒して答えが返ってきた。
🐹「…考えてたんだ、これからの事…」
🐥「…これから?」
聞き返すと彼はうん、と頷いた。貴方は真っ直ぐとした目で僕を見ること無く前を見つめた。
🐹「…このままではいけないんだ…いつか終わりが来る。だから、どうしようか考えてた…」
🐹「テヒョナさ…耳がどんどん悪くなってきてて……全然聞こえなくて……」
🐹「いつかっ、何も伝わらなくなるんじゃないかって……怖くて…」
彼はそのとき、やっと目を合わせてくれた。震えた瞳は怯えているようだった。助けてと拝んでいるようだった。やっぱり、貴方だって怖いんだ。失うことが。いつもの余裕そうな顔とは裏腹に貴方の本当に知れたような気がした。
🐹「…移植だって…考えてるんだ。」
そういった瞬間、僕の何かがプツっと切れた。移植、それは自分の耳を相手に捧げること。ソクジンさんの耳をテヒョナに。そうしたらもう、ソクジンさんは音が聞こえなくなってしまう。それに、耳は____
🐹「そうだ、移植だったら目もやろうかな……目は良い方だと思うし、これでやっとジミン君も色が見えるし一石二鳥だね!」
笑った貴方の顔に僕は我慢ができなくなった。駄目だ。移植なんて。耳に、目。テヒョナの為ならまだしも僕のために貴方が色を失うなんて、
🐥「駄目です!!絶対に!それで貴方が色が見えなくなったら、音が聞こえなくなったらどうするんですか!!!全然っ、一石二鳥じゃないです!!」
🐥「それにっ、耳と目は繊細なんです!!失敗する可能性だって少なくはない!!貴方は死ぬかもしれないんですよ!!」
何て伝えても貴方の目は変わらなかった。変わってほしかった。でも、頭の良い貴方だから僕が今、言わなくたって負担が多いことぐらい分かっていたんだろう。分かっていながらも移植と言う選択を選んだ。そんな貴方に僕は我慢がならなかった。僕のせいで貴方を失うのが嫌なんだ。色なんかより貴方の方が何倍も大切なんだ。きっとこの気持ちももう、貴方は分かっているんだろう。分かれば分かるほど僕は止まらなかった。
🐥「もうっ、やめてくださいっ!自分を犠牲にするのはやめてくださいっ!!辛さだって悲しさだって僕は、受け止めるぐらい出来ます!!!だからっ、だからっ、」
🐥「…移植なんてっ、言わないでください……グスッ…」
気づけば僕は泣いていた。これには貴方も驚いたのか目を見開かせて「ごめんねっ、ごめんっ、」と謝っていた。いつもの貴方に戻ったみたいだった。優しくて素敵な貴方に。
🐹「…ごめんねっ、もう、言わないから…」
そう言いながら僕を抱き締めてくれた貴方に僕は甘えた声で名前を呼んだ。
🐥「…ジニヒョン…」
ヒョン呼びをした僕に貴方は驚いたように口を尖らせたがすぐに笑って「なぁに?ジミナッ、」と僕の事を呼び捨てで呼んだ。次の日、僕らが呼び方を変えたのを見て「えっ?ジニヒョン、今、ジミナのこと呼び捨てしなかった!?ジミナもヒョン呼びしてたよね!?」と耳が悪く癖にそういうところはちゃんと聞こえるテヒョナが大騒ぎしたのは言うまでもない。
陸話 兄弟と決断
コメント
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うぅ .. ジナぁぁぁ .... !!! わ、私の .. 目 .. 耳 ....やるよ ....((
私の耳と目交換しよっ!
うぅ!最高ですよ!ちょっと、疲れてきてるジンヒョン、、、、表現が素晴らしいです!!