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紫陽花
「よいか、マリーベル。期間は三ヶ月だ。
三ヶ月が期限だ。その間に|聖人君子《せいじんくんし》になれ
とは言わない。せめて人並みでいい。普通になれ。いいな? 分かったな?」
人払いされた王城の一室で、恒例のお茶会が開かれていた。
招待されたのは、マリーベルのみ。
婚約者候補との親睦を深めるためのお茶会だった。
けれど、開始早々に、険悪な雰囲気に。
黄金色の髪に、切れ長の瞳。誰もがつい目を奪われてしまう容姿端麗のアーサー殿下。
感情の|機微《きび》を悟られぬようにしているせいか、切れ長の瞳のせいか、冷たく感じられて、マリーベルは、アーサー殿下のことが苦手だった。
雰囲気だけではなく、口を開けば|叱責《しっせき》を受けることが多いというのもある。
本日も、いつもの如くアーサー殿下は、眉間に皺を寄せてマリーベルを|咎《とが》めるような発言をする。
怒りを抑えきれてないのが、誰の目にも明らかだった。
「三ヶ月ですか? そんな……、無理ですっ。」
マリーベルは、即答する。
だって、もう随分と前から私に関する噂は流れているもの。それを、たったの三ヶ月で消すことなんて出来るのかしら。
私には、出来ない。 あまり社交の場に出たくないもの。それに、根も葉もない噂だし。
お父様が本気になれば、噂を消すことは可能でしょう。でも、人の本質を見極める良い機会だ、と放置していらっしゃるし。
やっぱり、私には、婚約者なんて荷が重すぎる。
私なんかに、この国の次期王妃が務まるとは到底思えない。無理、無理、無理っ。
あぁ、胃が痛い……。
幼い頃から、婚約者候補の一人として、様々な教育を受けてきた。
けれど、どんなに頑張っても能力の限界を感じている。
教師達も「伸び代がありますな。」
「マリーベル様の勉強に取り組む姿勢には、可能性を感じます。」
などなど、口を濁す言葉ばかり。
可もなく不可もなく……つまり人並み、それこそ普通だ。もしかしたら、それ以下なのでは?
それに、人前で話すことも苦手だし、会話を広げることもできない。極度の緊張から体調不良になるし。
なんとかごまかせたとしても、外国の客人を招待した時に、顔をださない訳にはいかない。
その時にボロが出る。カタコト程度ならなんとか話せるけれど、公務は務まらない。
本音は、あまり人前に出る必要のない、引きこもり生活がしたい。そう、このまま結婚などせず、今のまま邸に篭っていたい。
そんな夢のような生活を送る方法が、ないかしら?
現実逃避をしていたマリーベルは、アーサー殿下の冷たい声によって引き戻される。
「何の努力もせずに即答するとは、お前は預言者か。未来でも見えるのか? どうなんだ? 答えてみろ、マリーベル!」
アーサー殿下は、テーブルにドンッと拳を叩きつけた。
「ひぃっ。」
こわいわっ、あぁ、もう帰りたい……。
ガタガタと怯えながらも、マリーベルは顔を上げる。
「ひぃっ。」
顔を上げたところ、アーサー殿下とパチリと目が合い、すぐさま視線を逸らす。
どうして、睨んでいるの?
私、何か、怒らせるようなことをしたかしら。
とても婚約者候補に対する態度に見えない。
ど、ど、どうしましょう。
萎縮して|俯《うつむ》いているマリーベルに追い討ちをかけるように、アーサー殿下は言葉を続ける。
「お前が世間に何と言われてるのか分かってるのか? 悪女だ。
よもや知らぬとはいうまいな?
先日も、夜会で取り巻きを奴隷のように扱っていたそうではないか。」
「と、取り巻き?奴隷?
アーサー様、取り巻きだなんてそんな言い方はおやめくださいませっ。」
そもそも私は、いつも壁の花。
つまり、一人でいることが多い。いわゆるぼっちだもの。
先日、がんばって参加した夜会では、案の定、気分が悪くなり、侍女達に手を貸してもらいながら帰路についた。
その様子を見た方が、こき使っていると噂を流したのだろう。
このままでは、家の役にも立てないわ。
お荷物令嬢だわ。
まだ、悪女と言われてる方が、少しは出来る人みたいかも……。
だめだ、もう、耐えられない。
胃が、痛いわ。
これ以上ここにいたら、胃に穴があきそう。
「私に口答えするのか? いい度胸だな。
三ヶ月後の私の誕生日パーティーで、お前との正式な婚約発表を行う。
これ以上、私の顔に泥を塗るような行動は慎め。
行動を改めておくように。」
「ア、ア、アーサー様、で、ですから、何度も申し上げておりますように、私との婚約を考え直してくださいませっ。
他の婚約者候補の方に━━。」
マリーベルは、アーサー殿下の刺すような視線を浴びて、直視できずに、最後の言葉を飲み込むしかなかった。
まるで、雪国にいるかのように、一瞬にして空気が凍りついたように感じられた。
冷気なのか殺気なのか、ぞわぞわと全身に鳥肌が立つ。
恐る恐るアーサー殿下を見ると、鬼のような形相でまだマリーベルを睨んでいた。
こわい、こわい、こわいですっ、アーサー様。もう、逃げてもいいかしら……。
「それが出来たら苦労しない。
とにかく、用件は以上だ。」
ひと息で言い放つと、アーサー殿下は立ち上がり去って行かれた。
「それができたらって……、どうして、できないのですか、アーサー様……。」
マリーベルの呟きは、アーサー殿下の耳には届かなかった。
張り詰めた空気から解放されて、マリーベルは、はぁーっと安堵の溜め息をつく。
マリーベルは侯爵家の令嬢として、両親の愛情を一身に受けて、それはそれは大事に育てられた。
金髪の波打つ髪に透き通る肌、両親譲りの容姿にも恵まれている。
何不自由なく過ごしたおかげで、家から出たいと思わず、外の世界に興味もなく、交流もしない、友達もいない、いわゆる引きこもり気味になってしまった。
常に数人の侍女が控えて、全く乱れてもない髪を整えたり、扇子で仰いでくれたり、
勉強は難しいといえば、
「代わりに私が勉強しますので、お嬢様は横で見ていてください。」と言われ、
ちょっとでも体調が優れない時は、「スプーンなど重いでしょう。お任せください。」と、食べさせてくれたりする。
その様子を遠目に見た者から、マリーベルは、使用人をこき使っていると噂されたのだ。
目に見えた物事が、全てではないのに……。
我が侯爵家は、父の人望もあり、王家への忠誠心もある。なので、婚約者として我が家は都合が良いのだ。分かってはいるけれど、アーサー殿下は、怖いもの……。
婚約者候補は私を含めて四人。
幼い頃より候補者は、王家から派遣される教師達によって様々な教育を受けてきた。
両親は王家に嫁ぐことが、私の幸せだと思っている。
アーサー様は容姿端麗、王立学園を主席で卒業されていて、剣の腕も立つ人気のある方だ。
だけど、私に対してはかなり威圧的だ。
初めての顔合わせのお茶会で、思わず泣いてしまったほどに。
それから何度も婚約をお断りしているのだけど、両親もアーサー様も私の気持ちなど聞いてくれない……。いったい、どうしたらいいの?
このままでは、婚約者にほぼ内定した状態だ。ううん、三ヶ月後には、確定してしまうのではないかしら? 困るわ……。
「はぁ……、どうしよう。」
マリーベルは、ため息を何度もつきながら、重い足取りで帰路についたのだった。
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