テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
マリーベルは、夕食の席で、お茶会での出来事を両親に報告(密告)し、助けてもらおうと決意した。
とにかく急がなければ。このままでは、婚約者にされてしまう。
自室で随分と休んでいたのに、まだ胃が痛い。きちんとお父様に、自分の気持ちを伝えることができるかしら。考えれば考えるほど、益々《ますます》胃が痛くなる。
こんなことではダメだわ。くよくよしても仕方ないもの。
大丈夫、ここには、アーサー様はいないもの。怖がることなんてない。先程のアーサー様から冷たい眼差しを向けられた時のことが、頭をよぎる。
アーサー様の幻影を振り払うように、ふるふると首をふる。
大丈夫。きっと、言える。
マリーベルは、アーサー殿下と会った後は、いつも胃が痛くなり、極度の緊張状態になっていた。
二人だけの閉鎖的な部屋。威圧的な態度で叱責されて、恐怖から言い返すこともできない。解放された後も、アーサー殿下の声がずっしりと心に留まっている。
やっぱり、私には無理だわ。お父様、お母様、ごめんなさい。政略結婚の責務も、ましてやアーサー様に恋することも、私にはできません。
大丈夫。お父様に、気持ちを伝えるだけ。
言えるわ。
マリーベルは、自分自身に暗示をかけるように言葉を発する。
アーサー様に、行動を|慎《つつし》むように言われたこと、悪女の噂を|払拭《ふっしょく》するように言われたこと。それと、三ヶ月後に婚約者と発表すると言われたこと。けれど私は、辞退したいということ。
きっと、お父様はがっかりするわ。でも、お母様は、口添えしてくれると思う。
大丈夫。私の味方をしてくれるはずだもの。
マリーベルは、意を決して、夕食の席で正直に自分の気持ちを伝えた。緊張のせいで何度も噛みながらだったけれど。それでも、《《婚約者候補はいやだ》》と、はっきりと伝えたつもりだった。
それなのに……。
どうして、二人は嬉しそうな顔をしているの?
「さすが、アーサー殿下はお目が高い。マリーベルに普通になるように、と、言うとは。なぁ、クレアもそう思うだろう?
マリーベルが、優秀すぎるのを認めてのお言葉だ。私も、鼻が高いというものだ。」
「お、お父様? 全然違う……の……」
「ん? どうした、マリーベル、浮かない顔をして。なぁ、クレア、大変光栄なことだと思うだろう?」
どうして、満面の笑みを浮かべて、自慢気に話すの? 斜め上ではなく、ぶっ飛んだ解釈をするの?
マーティン侯爵は、恰幅のいい中年の紳士だ。特徴的な顔ではないけれど、どこか憎めない顔をしている。髪をかき上げると、ブラウンの髪に数本白髪が混じっているのが見える。隣にいる夫人クレアは、マリーベルが歳を重ねたらこうなるであろう容姿をしている。金色の髪、透き通るような白い肌。うっすらと小皺が現れているけれど、落ち着いた仕草、美しい|佇《たたず》まいに未だに惹かれる者も多い。マーティン侯爵は、そんな輩を|牽制《けんせい》するように、夫人と行動することが多い。
「えぇ、本当に。あなたのおっしゃる通りね。マリーベルが美しすぎるから、あまり目立ってしまうと、他の殿方の目に止まることを心配なさってるのね。独占欲の現れ、いいえ! それこそ、《《愛》》ですわね。ふふふ。ねえ、あなた?」
「お、お母様⁉︎ 」
どうしたら、そんな解釈になるの?
ダメだ……。二人は、親バカだった……。
私が、アーサー様に叱責されるはずがないと思い込んでいるのだわ。
この際、もう一度はっきりと口に出さなければ。
「いいえ、そういう事ではないのです。
お父様、お母様、
《《婚約者候補は辞退させてくださいませっ!》》」
「「なっ!」」
二人同時に驚きの声を漏らして、
真顔になったのは、一瞬のことだった。
すぐに二人とも、顔を|綻《ほころ》ばせる。
「マリーベルったら、もうマリッジブルーなのね? ねぇ、あなた?」
「あ、あぁ、そうだな。そうに違いない。マリーベル、アーサー様は、素敵な御方だ。
何よりも、この国の王太子だ。アーサー様と結婚すれば、マリーベルも、きっと幸せになれる。」
「で、でも、私は、ア、アーサー様のことが、本当に苦手なのです!」
もう、どうして、分かってくれないの?
マリーベルは、困惑していた。
幸せになれるとか、そう言うことではないの。
貴族の娘としての務めは理解している。
だから、自分の気持ちのことを、一旦考えないでおきましょう。
この国の次期王妃ということなのよ?
私が、王妃になったとしたら、この国の行く末は不安しかありませんよ? それなりに努力はしたわ。けれど、教師達から《《可能性を感じます》》と言われたもの。
現状、難しいということ。
他の候補の方は、どうかしら? 優秀なのではないかしら。それならば、私が辞退することが国の為。
無能な王妃を輩出したとして、我が家の名に傷がつくことも防げる。
国の為、家の為を思えば……。いいえ……これは、建前ね。
ごめんなさい……。私、本当に、アーサー様と結婚なんて嫌なの。
きっと、単なる私のわがままだと、お父様は見抜いているのだわ。貴族の務めを果たしなさいということなのだわ。
「可愛いマリーベル。マリッジブルーは、誰しも経験することだから大丈夫よ。
あまり深く考えてはダメ。このお話は、もうおしまい。」
「はい……お母様。」
クレア夫人は、マリーベルの背中を優しく撫で、|諭《さと》すように声をかける。
そして、強制的に会話は打ち切られてしまった。
それから、三日後一一。
アーサー殿下より、マリーベルは呼び出されたのだった。
気乗りしないものの、断ることなどできない。
マリーベルは、侍女達によって、丁寧に身支度を整えられ王城へと向かった。
「お嬢様、今日もとってもお美しいです。」
「いつも、お二人でどのような会話をなさっているのですか? 私共はご一緒に入室することができませんので、少し心配しております。お嬢様が、迫られているのではないかと。」
「アン、エレナ、二人が想像していることはないから大丈夫よ。胃に穴が空きそうだけど……。」
「お嬢様、申し訳ありません。何かおっしゃいましたか?」
「ううん、なんでもないわ。」
マリーベルは、鉛のように重くなった身体を何とか動かして馬車へと乗り込む。
「はぁ……。」
アーサー様と、お会いしたくない。
憂鬱だわ……。
何事もなく順調に馬車は進み、あっという間に王城に到着した。
今日は、何も言われませんように。
心の中で、何度も祈りながら、マリーベルはいつもの部屋へと入って行った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
#ハッピーエンド