今や、長屋の中は、足の踏み場のない、瓦礫の山と化していた。
「いい加減にしろよ!髭モジャのおっさん!どうしてくれんだよ!ああ!検非違使様!見てくださいよ!この有り様!」
八原《やはら》は、開き直り、検非違使へ声をかけた。
「うん、そのようだな、本当に、ひどい有り様よ」
検非違使、崇高《むねたか》も、八原の言い分を、素直に受け止めた。
「ありゃまあ、確かに、若、を、押さえきれなかった、ワシが、悪いのじゃが……」
しおらしくなった、髭モジャに、八原が、食ってかかろうとする。
と、髭モジャが、叫んだ。
「ありゃー!どうしたことじゃ!若や、ワシのスラれた、巾着が、みつかったぞぉ!」
はあ?と、野次馬が動く。
なんで、牛と語り合ってんだ?
スラれたって、なんだよ?
皆は、一斉に、髭モジャを見た。
手には、どこから持ってきたのか、確かに、巾着が……。
そして、牛も、なにやら、嬉しげに、動きを止めて、もおー、と、鳴いた。
「若や、なにやら、ここには、巾着が、山ほどあるぞ、それに、なんじゃ、この、書き付けの、ようなものは」
髭モジャは、瓦礫の中から、小箱を見つけ出していた。
そして、自分の巾着だと、言い張るモノを懐へしまおうとする。
「待たれよ!髭モジャよ!お主、何を勝手に、懐へ時舞い込んでいる」
「検非違使様よ、これは、ワシが、スラれた巾着なのじゃ、そこの、おなごにのぉ」
髭モジャが、指差す女は、ぎょっとした顔つきで、な、何を言っていると、言われた事を否定した。
「じゃが、あんた、さっき、大納言様の屋敷の前でワシにぶつかっただろう」
「ちょいと、お待ちよ!あたしゃー、そんなことは知らないよ!!」
女は、必死に弁明する。
見かねたように、崇高が、割って入り、
「髭モジャよ、何の証拠があって、その様なことを言うのだ」
と、髭モジャを、責めた。
「じゃあ、皆の衆、こりゃなんじゃ?」
髭モジャは、小箱を野次馬に、差し出した。
「ちょっと待て!髭モジャの、おっさん!あんた、きたねーぞ!野次馬見方に、何、難くせつけてんだよ!」
八原が、勢いよくいい放つ。その後ろで、さっきの女含め、集まっていた、男女が、そうだと、髭モジャを責め立てた。
「おいおい!」
「おお!こりゃーおかしいぜ!」
「あー!これ、俺のだっ!」
野次馬から、次々と声が上がり始めた。
づかづかと、野次馬が、家だった、敷地へ入り込んで来た。
皆、それぞれ、これは自分のモノだと、騒ぎ始める。
「検非違使様よ、これは、どうゆうことじゃろうか?」
「ちょっと、待て。スラれたというのは、まことか?」
あー、そうさ、これは、確かに俺のだ!この、生地が、証拠。
こっちだって、この書き付けは、商いに必要だった為替だ。取引先と俺の名前がちゃんと、書かれてある。
野次馬は、口を揃えて、スラれたものだと、言い始めた。
「そうじゃ、これを見てくれ。ワシのは、これが、証拠じゃ」
髭モジャは、巾着を、差し出した。
「いやなぁー、ワシが、銭を落としてはいかんと、女房殿が、縫うて、くれたのじゃ」
銭入りの巾着には、髭モジャ、と、でかでかと刺繍がしてあった。
野次馬は、ぶっと、吹き出したが、そいつは、確かに、髭モジャのだ。なんで、ここで、見つかるんだと、住人である詰めていた男女を責め始めた。
「こいつら、スリだぜ!」
「ああ、ちがいねぇ」
「で、なきゃあ、なんで、こんなに、金子入りの巾着があるんだよ」
「それに、書き付けも、他人名義の物ばかりじゃねぇか」
「のお、誰が見てもおかしいじゃろー!それより、ワシの巾着は、失くなったばかり、そして、あのおなごと、ぶつかった後なのじゃぞ!あやつが、スッたと、言いとうなるじゃろうがあ!!」
おー!もっともだ、髭モジャの言う通りだ!
逐一、加勢が続き、詰めていた者達は、段々と、怒りが、顔に現れ始めた。
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