テラーノベル
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ぱちっ
目を開けると、そこはトラバーチン模様の白い天井。
(あ、れ、おれ、なに、してた、っけ…?)
その途端、鮮明な記憶がなだれ込み、
彼をむしばむほどの恐怖と変えられないものに対する絶望が浮き上がってくる。
救急隊の方が目を覚ました郁己に声を掛け、安心させようとするものの、そんなものは郁己のこころを上滑りしていく。
「郁己くん、大丈夫だよ。安心して、……」
(やだ、またっ…!こな、いで…っ)
優しく声をかけても、郁己はベッドの端でなにかに怯えるように小さく身を縮めて、
目の前のことなどみえていない。それに加え、強制誘発されているヒートが彼の記憶を混濁させる。
「っ、いくみ…、大丈夫、お母さんだよ、きこえる?」
慌てていることを伝えないように穏やかにゆっくりと声を掛ける。
震えている郁己の体が声がした方へゆっくりと顔を上げる。
「…おかぁ、さん…?、ほん、とに…?」
郁己の目の焦点が母親に合った途端、火照る体をどうにか起こして
お母さんの元にいこうとする。ヒートのせいもあってか引きずるように体を持っていくと
ぎゅうっと抱きしめられる。
「おかぁ、さん…っ、うぅっ、あぁ…っ」
溢れ出す涙が制服を濡らしてゆく。
母親の服を握り込む手は今にも離れてしまいそうなぐらいよわくて、でも離すまいとどうにか握り続ける。
「怖かったね、大丈夫だよ、お母さんはここにいるから…」
目を少しでも離してしまえば消えてしまいそうなぐらい弱々しい郁己の体を
母親が彼の背中に手を回しトン、トン、と規則的に撫でる。
「おい、大丈夫かよ」
「…ああ。母さん来るって?」
「当たり前だろ、何いってんだよ…」
第二保健室でベットに寝転んだ蒼司は噛んだ左腕とは反対の腕を目の上にのせる。
ベッドの側で椅子に座っている晃は、蒼司の横で看るという名で授業をさぼっているところだった。
「俺、変なことしてなかったか…?」
「ああ、まぁ…」
「は?なんかしたのか…?!」
「いや、高2にして泣き叫びたくなった…」
ラットのときの記憶が抜けていて何もわからない蒼司に晃はあやふやな返事をする。
処置をしてもらった腕の血こそは止まっているものの、危うく神経まで届くところだったらしい。
救急隊の方にもできるだけ安静にしてください、と念を押された。
「…?あ、そ。で、楪は?」
「いや、わかんねぇ。少なくとも俺達が第二保健室に来る前に見たときは気を失ってたままだったけど…」
「……」
きゅっと口を引き結んでぴたりと動かなくなる。
そんな蒼司の様子を見た晃が目を少し見開く。
「何?どした、なんかしたのか、あいつに」
「いや、気がついたときにはあいつ、気を失ってたから…」
目を伏せていきなり静かになった蒼司。
そんなとき、廊下からパタパタと足音が聞こえてくる。
コンコン
ガラッと扉が開き入ってきたのは、蒼司の母親、美月さんだった。
「蒼司…、よかった…」
「仕事は?」
「は?休む以外に何があんの、美羽にも言っときなよ、あの子、すんごい心配してたらしいから」
「ん、」
「てかあんたねぇ、薬持ってたの?」
「ある、錠剤」
「明日予定入ってるから、注射タイプの抑制(鎮静)剤もらってきたら?しんどかったでしょ」
「……」
「何があったか言うのよ、私、美羽と叶都の方にいなきゃだから」
「ああ」
「おばさん、お久しぶりです」
「ごめんね、晃くん、大変だったでしょ」
晃と母さんが話し始めた横で、蒼司はさっきのことを思い出す。
(痛みで制御するので精一杯…、あんなにあまくて、あんなに量が多いのは初めて…。
いや、まさか、ランクが同じぐらいなわけ、ないはず…)
ぐるぐると頭の中で色々考えながらベッドから降りる。
「蒼司、どこいくの」
「手洗い、ついてくんなよ…」
幾分も重い体をどうにか動かして保健室から出る。
授業中の静かな廊下には暖かい日差しが窓から差し込んでいる。
(、!!あまい、におい…。俺のRatで発情期が強制的に誘発されたのか…)
階が違っても、郁巳が緊急抑制剤を射っても、蒼司はかすかなフェロモンに反応する。
流石に担当医もこんな患者は初めてと言うはずだ。
二万五千人に1人(甲子園球場が満員の時のたった1人)と言っても足りないぐらいと言っていた。
要するに、日本国内で片手ほどしかいないぐらいの階級ということだ。
(こっから一番近いトイレは…)
第一保健室から離れた、第二保健室からもそれほど遠くないお手洗いに向かうのも精一杯。
腕を噛んだせいで血が少なくて、息が上がる。
(あーもう、だる…)
コメント
1件
うわ、これ……めちゃくちゃ重い回だった……。郁己くんの怯え方が生々しくて、読んでてこっちまで息が詰まったわ。お母さんが来たときの「ほんとに…?」が刺さりすぎる。蒼司sideも、冷静ぶってるけど明らかに限界超えてて、晃との掛け合いの軽さが逆に辛さを引き立ててたな……。次、どうなるんだろう。無理しないでほしいけど、この作品の世界観じゃそうもいかないよな……。更新待ってる🔥