「はっ!」
『キィイイーーー!』
雑魚モンスターが叫び声を上げ絶命する。最初は耳を塞ぎ眉根をしかめていた生き物の命を奪う声にも段々慣れてきた。
俺は剣を振り血を払うと鞘へと納める。
「この辺のモンスターはもう物足りないよな……」
周囲を見回すと草原が広がっており、遠くには王都を護る城壁が見える。ここ、王都近郊は駆け出し冒険者の狩り場なので、出現するモンスターが弱く魔導剣を魔力で強化するまでもない。
ナッツラットに齧られて涙目になっていた頃が懐かしく思う。駆け出しのころの失敗も今ではいい思い出だ……。
「……いや、あの痛みは一生忘れないけどな」
前言撤回、痛いのは嫌だ。怪我をしないに越したことはない。俺は苦い顔をすると思考を切り替えた。
先輩冒険者たちに狩りに誘われてから早くも二週間が過ぎようとしていた。
その間、俺は冒険者ギルドに足を運び、こなせそうな依頼を請けては経験を積んでいたのだが、あの日を超える達成感を得ることができず不満を溜めこんでいた。
「収入も、駆け出し冒険者並みだしこれじゃあせっかくの能力が勿体ない」
王都近郊での活動では依頼内容もたかがしれている。簡単な依頼には簡単な報酬。
このままここで活動していても緩やかにしか成長できない。一応成長しているのだから良いのではないかとも思ったのだが、俺が求めている異世界生活はこんなものではない。
スリルや感動がある冒険と、偶然助けた美少女とのラブロマンス。
それをするには草原で雑魚モンスターを小突いているだけでは無理。一度行動について考え直す必要がある。
俺はどうすればこの状況を変えることができるか考えてみることにした。
他の冒険者とパーティーを組むのも手だが、基本的にこの世界の冒険者はギブアンドテイク。魔法が貴重な世界なので、各々の技量が近しいもの同士がパーティーを組み冒険を行っている。
回復するポーションなども共同購入して、誰かが傷ついたら使うようにしているらしく、仲間同士の絆は強そうなのだが……。
(これ、俺にメリットがないんだよな)
ポーション代を取られる上、自分はエリクサーで回復できてしまうので払い損。一緒に活動していて怪我をした時に治していたら疑われてしまう。
さらに言うなら、採算度外視のがぶ飲み狩りができるので成長速度も違うので、一時パーティーを組んだとしてもあっという間に差がついてしまうだろう。
共に成長していくのがこの世界の冒険者のやり方なので、実力差が開くと要らぬ軋轢が生まれる。
(仲間は今の段階でまだ考えることじゃないんだ。だとすると解決しなければいけない問題は……)
360度一杯に広がる景色、どちらの方向にどのような国があるのか、神秘的な場所や危険な場所。心躍らされる光景をもっと見てみたい。
「よし、決めた!」
俺は王都へと引き返していくのだった。
◇
「はーい、次はアタミさん。こちらの丸太の上に乗ってください」
ベストとロングズボンを履いた女性が俺の名前を呼んだのでそちらへと行く。
「よろしくおねがいします」
馬の鳴き声が風に乗り運ばれてくる牧場にて、皮のプロテクターと帽子を被った俺は教官に挨拶をしていた。
なぜそのようなことをしているのかというと、乗馬を習うためだ。
この世界での移動手段は基本徒歩なのだが、他には馬に乗っての移動だったり馬車の移動になる。
遠くの依頼を請けるには、馬や馬車が必須となるので、今のうちに習っておくことにしたからだ。
「アタミさんは、これまで馬に乗った経験はなし、触れ合ったこともないんですよね?」
美人で胸の大きな女性で、至近距離から笑顔を向けられるとついついこちらも笑顔を返してしまう。
「はい、その通りです。えっと、そう言う人はあまり多くないですか?」
もしかすると、基本もできていない初心者と思われ嫌われてしまうかもしれない。この歳で馬に触れていないのは異常、少しだけ不安になる。
「いえ、王都から出ない人の中には結構いますから。王都内は乗合馬車も定期的にでてますし、馬を飼えない家庭もありますので」
どうやらそんなことないようで、教官は笑顔を返してくれる。
「まずは、馬と触れ合うことから始めましょう。誰だって慣れないことは怖いです。馬も同じですね、まずアタミさんには馬と触れ合っていただき、何をしては駄目か、何をすれば馬が喜ぶかを学んでいただきます」
「よろしくおねがいします」
年上の美人教官につきっきりで教えてもらう。俺は素直に指示に従った。
「はい、それでは次は馬に乗って歩くところから始めたいと思います」
数時間の間、馬と触れ合い慣れてきた。流石は教習場の馬だけあって大人しく、俺もどうにかそれなりに仲良くなることができた。
「最初は二人で乗りましょう。まず、アタミさんが乗ってください」
丸太に足を乗せ、続いて馬にまたがる。鞍は最初から二人用の物が掛けられており、俺は凹みにすっぽりと収まった。
「では私も……」
続いて教官が乗る。馬は二人分の重量が増えたのに動じることなく止まっている。
「手綱、もらえますか?」
耳元で囁かれると、俺は持っていた手綱を渡した。
「それじゃあ、ゆっくり歩かせます。何かあったら言ってくださいね」
――パカパカパカッ――
教官がそう言うと、馬が蹄の音を立て歩き始めた。
「うわっ!」
普段と違う視界の高さに驚き、馬の動きに合わせて揺れることに驚く。
「ふふふ、もっとリラックスして、なんだったら背中を預けてもらっても構いませんよ」
緊張しているのが伝わったのか、教官からそんな申し出をされる。
「初めての乗馬はどうですか?」
彼女に問われて、俺は景色に夢中になっていたところ意識を引き戻される。
「生き物の背中に乗って移動するのが初めてなので感動しています」
現実世界にも乗馬クラブはあったが、趣味にしても敷居が高い。
通学にしろ通勤にしろ、バスや電車、自転車があるので馬に乗る機会などそうそうにない。
俺は貴重な体験をしていることに感動していた。
「それは良かったです。私もアタミさんに楽しんでもらえて嬉しいですよ」
後ろで笑う気配がする。
「少しずつスピードを上げていきますので、今日はこのまま馬に乗るのに慣れてくださいね」
彼女が手綱を叩くと馬が走り景色が流れる速度があがった。
結局その日一日、俺は教官のエスコートで乗馬を堪能するのだった。
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