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橘靖竜
港区。
閑静な住宅地のはずれにある小さな公民館。
平日の午後にもかかわらず、会議室には十数名の女性が集まっていた。
空気は重い。
理由は一つ。
村田孝好の予定が、突然消えた。
しかも、ただのキャンセルではない。
自動処理。
数日前、彼女たちの端末に届いた通知は、あまりにも無機質だった。
> 「契約スタッフの予定が再編されました」
それだけ。
それだけで、すべてが消えた。
*
「何で自動でキャンセル扱いなのよ?」
最初に声を上げた女性はテーブルを叩いた。
「予定の日の二日前にタスクリスト空にされて、後の予定全部狂ったんだけど!」
別の女性が身を乗り出す。
「ウチの冷蔵庫、不味い総菜増えちゃったじゃない……どうしてくれるのよぉ」
別の席。
若い母親が涙声で言う。
「部屋と共有スペースの掃除してくれてたし、オウムの相手もしてくれてたのにぃ……」
さらに別の女性。
「うちの子、ずっと言ってるのよ」
少し笑って、でも困った顔で。
「“むらたのおにいちゃんいつ来るの?”って」
その言葉に、数人がうなずいた。
「結構居てくれてたんだよね、村チャン……」
「ありがたさ、今さらって悲しすぎる」
そして。
少し離れた席の女性が腕を組み、低い声で言う。
「マジな話、セックス切れてブチキレ寸前よ」
数人が苦笑する。
「帰って来いタカ君」
スマホを掲げながら言う。
「もし戻って来なかったら会社訴えるからね」
別の席から声。
「ねぇ今どこなのぉ???」
そして最後の一人が机に突っ伏した。
「足りない……足りない……」
ゆっくり顔を上げる。
「もう○日間、ターくん成分が足りない」
*
みんなで「ダーリンロス」を、嘆いた。
その後もしばらく、
失ったことの嘆きは止まなかった。
*
パン。
パンッ。
乾いた手鳴らしが響いた。
部屋が静まる。
音の主は、会議室の奥に立っていた。
背の高い女性。
落ち着いた服装。
年齢は五十代半ばほど。
彼女はゆっくりと全員を見渡した。
鋭い視線。
反対に口元には微笑み。
「え〜、皆様方」
その声だけで、ざわめきが止まる。
彼女は軽く会釈した。
「大層ご遺憾に思うことは、よく理解できます」
一拍。
「しかしながら」
にこやかなまま続ける。
「それだけで暴挙に及ぼうとするのは、いただけません」
誰かが小さく舌打ちする。
女性は気にしない。
「ここはひと呼吸置きまして」
手元のバッグを開きながら言う。
「お茶の時間にいたしましょう」
*
その時。
一人の女性が不満そうに言った。
「なに仕切ってんですか、あなた」
腕を固く組む。
「一人でドヤらないでくださいよ」
椅子にどさっと座る。
「ここ、あなたの会じゃないんで」
部屋の空気が少し張る。
しかし女性は動じなかった。
むしろ少し楽しそうに笑う。
「それも、そうですね」
軽くうなずく。
「貴重なご意見、しかと承りました」
その態度に、何人かが一瞬だけ気勢を削がれた。
*
女性は改めて皆を見回した。
そして言う。
「申し遅れました」
微笑みながら。
「ワタクシ、軽部トシ子と申します」
小さく会釈。
「以後お見知りおきを」
・
軽部トシ子。
五十五歳。
茨城県出身。
東陽英倭文化学院OG。
現在は同学院の理事。
そして。
第1部ヒロイン(に、なってしまった)、軽部のり子の異母姉でもある。
・
しばらく雑談が続いた後。
軽部は静かにカップを置いた。
そして言った。
「ところで」
数人が顔を上げる。
「一つ、提案があります」
部屋が静まる。
軽部は言う。
「村田さん」
少しだけ笑う。
「お忙しい方ですから、会社の都合で動かされるのでしょう」
そして続ける。
「ですが」
軽く指を立てる。
「もしも彼が自由なら」
一呼吸。
「私たちで雇えばよろしいのでは?」
部屋が一瞬止まった。
「……は?」
誰かが言う。
軽部は穏やかに続けた。
「専属です。
報酬は、私たちで出す」
数人の女性が顔を見合わせる。
「それなら
会社に振り回されませんでしょう?」
そして軽部は微笑みながら言った。
「但し」
指を一本立てる。
「条件があります」
部屋が静かになる。
軽部の声は落ち着いていた。
「彼から視姦してはいけません」
誰かがむせる。
「同じく触れるのは、以ての外」
軽部は淡々と言う。
「判り次第、クビ」
そして肩をすくめた。
「それは責任持てません」
沈黙。
数秒。
そして。
「……それ」
誰かが言った。
「めちゃくちゃいい案じゃない?」
別の女性。
「むしろ今まで何で思いつかなかったの?」
部屋の空気が一気に変わる。
怒りが
計画に変わった。
軽部トシ子はそれを見ながら、
静かに紅茶を飲んだ。
そして心の中で呟いた。
(村田孝好
あの方は)
カップを置く。
(会社に置いておくには)
小さく微笑む。
(少々、惜しい人材ですわね)