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◆ 15話 眼鏡屋が消えていく
夕方のニュースが流れている。
画面の端に、
小さなテロップ。
《特集:街に残る最後の眼鏡屋》
商店街の一角。
古い木枠の看板。
曇ったガラス。
ショーケースの中には、
厚みのあるフレームと、
使い込まれた検眼表。
「こちらが、国内で最後となった
眼鏡専門店です」
リポーターの声。
その映像を、
薄灰のパーカーに緑Tシャツの
三森りく(24)は、
駅前の大型ビジョンで見上げていた。
顔には水色寄りのMINAMO。
細いフレームは、
最初から“それ専用”として固定されている。
交換するという発想は、
もうない。
隣には、
淡緑トップスに灰スカートの
杉野いまり(20)。
淡い緑のMINAMOが、
髪に自然に溶けている。
「最後、なんだね……」
いまりが呟く。
ニュース映像では、
店主の高齢の男性が、
静かに頷いている。
「今はもう、
視力を測って、
レンズを削る人が
ほとんど来ません」
背後には、
誰も触れないフレーム。
色も、形も、
今の街では見かけなくなったもの。
「皆さん、
最初から決まったものを
かけていますからね」
その言葉に、
いまりは自分のMINAMOに触れる。
外せば、
少しだけ世界が粗くなる。
戻せば、
また整う。
それだけ。
「フレーム、選ばなくなったよね。」
いまりが言う。
「うん。
変える前提じゃないから。」
通りを歩く人たち。
水色、緑、黄緑。
同じ位置、
同じ細さ。
誰も、
違いを探していない。
ニュースは続く。
《眼鏡屋の閉店は、
視力補正文化の終わりを
象徴していると言えるでしょう》
画面が切り替わる。
次の話題へ。
人々は足を止めない。
誰も、
困っていないから。
りくは思う。
眼鏡屋が消えたのは、
誰かが奪ったからじゃない。
ただ、
選ばなくなっただけだ。
見えるか、
見えないか。
その間にあった
“迷う時間”が、
先に消えた。
いまりが、
小さく言った。
「ニュースになるってことはさ、
もう日常じゃないんだね。」
りくは頷く。
「うん。
消えたって気づくのが、
一番最後だった。」
ビジョンの光が消える。
駅前は、
いつも通りの静けさ。
MINAMOのフレームは、
今日も外れない。
それが、
当たり前になった街で、
最後の眼鏡屋だけが、
ニュースの中に残っていた。