テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
◆ 16話 テレビ電話
夕方の住宅街。
薄灰のパーカーに緑のインナーを着た
三森りく(24)は、
キッチンのカウンターに肘をつきながら立っていた。
顔には水色寄りのMINAMO。
耳元には、髪に沿うように
UMI製骨伝導イヤホン・AirWay。
見た目は、
少しおしゃれな眼鏡と小さなアクセサリー。
テレビ電話中だと気づく人は、まずいない。
りくは喉をわずかに震わせる。
「テレビ電話、つないで。」
操作音はない。
視界の中央に、
自然に映像が立ち上がる。
画角は、少し引き気味。
顔だけが大きく映ることはなく、
肩から上が、無理なく収まっている。
相手は、
淡緑のカーディガンに灰のロングスカートを合わせた
杉野いまり(20)。
背景は自室。
ベージュ寄りの壁と、窓際の観葉植物。
カメラを意識した様子はない。
それでも映像は不思議なほど安定している。
どこにレンズがあるのか、
どうやってこの角度を作っているのか。
使っている本人にも、よくわからない。
「聞こえてる?」
いまりの声は、
AirWayを通して頬骨の奥に静かに届く。
音量は控えめ。
外に漏れる気配はまったくない。
「うん、普通に。」
りくは答えながら、
片手でコップに水を注ぐ。
その動きでも、
映像は揺れない。
MINAMOが、
頭の傾き、姿勢の変化を自動で補正している。
「今日さ、駅でテレビ電話してる人多かったね。」
「もう、
電話って言ったら映像あり前提だよな。」
いまりは少し笑う。
「音声だけだと、
相手が何してるかわからなくて、
逆に落ち着かないかも。」
りくは頷いた。
MINAMO社会では、
表情だけでなく、
間や姿勢まで含めた
“空気の共有”が当たり前になっている。
声だけの通話は、
どこか情報が足りない。
通話の途中、
いまりの映像の端に、
一瞬だけ小さな字幕が浮かぶ。
『通信状態:安定
周囲騒音レベル:低』
りくの視界端には、
AirWayの音楽プレイヤー待機表示。
「あとで、音楽流しながら帰る?」
「うん。
AirWayだと気楽でいい。」
音質は特別じゃない。
けれど、日常には十分。
外の音は聞こえる。
周囲の静けさも壊さない。
それが、この社会では重要だった。
りくはふと思う。
これだけ自然な映像なのに、
カメラを意識した瞬間が一度もない。
撮られている感覚がない。
見られている圧もない。
どうやって写しているのか。
なぜこの距離感が成立するのか。
ニュースでは時折、
「日本の光学補正映像安定化技術が関わっている可能性 」
と語られるが、
詳しいことは明かされていない。
通話を終えるとき、
いまりが軽く手を振る。
「じゃ、またあとで。」
映像は、
切断というより、
溶けるように消えた。
視界はそのまま現実に戻る。
部屋は静かだ。
画面を閉じる動作も、
終了ボタンを押す感覚もない。
ただ、
“話した”という感覚だけが残る。
りくは思う。
テレビ電話は、
もう特別な機能じゃない。
見ることも、
話すことも、
聞くことも。
すべてが、
日常動作の延長にある。
仕組みはよくわからない。
それでも、誰も困っていない。
それが、
MINAMO社会の
ごく普通の夕方だった。