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そのあとの僕たちの行動はあっという間に終わった。
簡単に説明するとこうだ。
まず真帆が人払いの懐中時計をかちりとスイッチオン。
辺りが静まったのを確認してから、例の秘密の研究所?の扉を開けた時の要領で、全員で魔力を集中させて一気に地面を掘り起こし(というか最早それは爆発であり、ボンっ!という大きな音を立てて地面が破裂し)たあと、そこから上空に飛び散った土や石の中から土偶がひいお爺さんの腕を探知。
真帆が瞬時に箒で空を飛んで回収したのち、アリスさんが何やら呪文を唱えたかと思うと、飛び散った土や石ころが一瞬にして、まるでビデオを観ているかのように高速で巻き戻された。
そうして何の痕跡も残さないまま、その作戦をアッという間に成功させたのだった。
恐らく、全てを終えるのに一分もかからなかったと思う。
魔法使いたちの全力を感じた瞬間だった。
ちなみに一般人たる僕は、この三人の魔法使いの少女たちと、魔法使いのおっさん一人がこの偉大なる作戦を遂行している間、ただぽかんと口を開けて眺めていることしかできなかった。
何とも無力である。
まぁ、それはともあれ。
「そこまでじゃないですけど、それなりにグロですね」
と口にする真帆に、
「まぁ、でも切断面は土偶と同じ金属で覆われてるし」
見れないほどではないよね、と僕はその腕を見ながら答えた。
ひいお爺さんの腕は今、榎先輩の手に握られており、
「……ついに手に入れた」
と榎先輩はどこか感慨深げな様子で呟く。
井口先生は一応辺りをぐるりと歩き回りながら、要らない痕跡が残っていないか念入りに確認しているところだ。
ちなみにアリスさんはというと、こちらに背を向けて立っており、なるべくひいお爺さんの腕を目にしないよう努めていた。微妙に震えて目を固く瞑っているところが地味に可愛らしい。
「これ、どうやって使うんでしょう」
言って真帆は、その腕をつんつん突っつく。
突かれるたびに腕はぴくぴく微妙にうごめき、何だか別の生き物みたいでやはり不気味だ。
「なっちゃん、ちょっとお借りしてもいいですか?」
「え、あ、うん」
榎先輩はわずかにためらいながら、けれど真帆にその腕を手渡した。
受け取ったひいお爺さんの腕を矯めつ眇めつする真帆。真帆が軽く振ると、その腕の手首も力なくプラプラと揺れた。
……見ていて生々しいから、それはちょっとやめてほしい。
それから真帆はおもむろにその腕を掲げて見せながら、
「ちょっと願い事してみましょうか」
と軽はずみに口にして、「えっ!」と声を上げる僕と榎先輩なんて気にする様子もなく、
「はい、そこのうろちょろしてるおっさんを、すっころばせてください!」
と井口先生の方に振りかざして見せた。
その瞬間、ひいお爺さんの腕の手首がゆらゆらと揺れたかと思うと、
「――うおっと!」
井口先生の足元が一瞬わずかに宙に浮き、そのままコロリと転倒させる。
「痛ってぇ! 何すんだ、楸!」
憤る先生を尻目に、真帆はぷぷっと笑いながらその腕を榎先輩に返しつつ、
「これ持って願い事を言えば、勝手に魔法を唱えてくれるみたいですよ。たぶん、誰でも使えますね」
榎先輩が大事そうにひいお爺さんの腕を受け取るのを眺めながら僕は、
「それって、僕でも魔法が使えるってこと?」
そう訊ねると、
「使えますね。と言っても、魔法を使うのは、あくまでこのひいお爺さんの腕自体みたいですけど。たぶん、ひいお爺さんがこの腕に込めた魔力が切れるまでは、繰り返し使えるんじゃないですかね」
「ふ~ん?」
と僕は唸るように返事してから、
「で、結局榎先輩は、その腕にどんなお願いをするんですか?」
「――え?」
と榎先輩は一瞬戸惑うような表情を見せてから、真帆、アリスさん、井口先生へと順番に視線を向けた。
それから意を決したように、
「あ、あたしは――」
と口を開いた、その時だった。
「榎さ~ん! シモハライく~ん!」
突然、声が聞こえて振り向くと、すぐ目の前の図書館棟の前に、緒方先生の姿があった。
いつからそこに居たんだろう、まだ人払いの懐中時計が効いているんじゃなかったのか……?
なんて不思議に思っていると、
「あ、緒方先生!」
言って榎先輩はにっこり笑い、緒方先生の方へ駆け出した。
「先生! ついに見つけましたよ! ひい爺ちゃんの腕!」
……え?
「あら、よかったじゃない! おめでと!」
緒方先生は笑顔で言って、数歩前に出て榎先輩の前に立つ。
それから例のひいお爺さんの腕に目を向けながら、
「ふ~ん? これが例の。ちょっと見せてもらっていい?」
「はい、どうぞ!」
……どうして緒方先生は、あの腕の事を知っているんだ?
「ありがとう」
と緒方先生はその腕を興味深そうに観察しながら、
「これでどうやって魔法を使うの?」
驚く様子もなく、言ってのける。
「ただ手に持って、願い事を口にするだけでいいみたいです」
榎先輩、これはいったい、どういうことなんですか?
なんで緒方先生が……?
「そう」
と緒方先生は答えてニヤリと笑って、
「それじゃぁ、とりあえずここにいる私以外、全員のお口を閉じさせてくれるかしら」
そう緒方先生が口にした途端、腕がばっと動き出したかと思うと、まるで先日の真帆が僕にしたように、こちらに向かってジッパーを閉めるかのような動きを見せて、
「「「――んんっ?」」」
「「むぐうっ!」」
僕ら五人全員の口が、一斉に引き結ばれたのだった。
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