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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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「水野のことだよ」
「本当は、俺に言えない関係だったんじゃないのか?」
——言葉の意味が、一瞬理解できなかった。
「違う!」
一花の声が、思っていたより強く部屋に響いた。
「そんなこと、一度もない!」
俊介は黙ったまま、一花を見ている。
その目に浮かんでいる疑いが消えないことが、一花には何より苦しかった。
「水野とは、まともに話したことだってほとんどないよ」
「前にも言ったでしょ。私、本当に何も知らなかったの」
「……でも」
俊介の喉がわずかに動く。
「何もなかったなら、なんであいつはお前にあそこまで執着したんだよ」
一花は息を呑んだ。
「職場まで調べて、家まで来て……最後には火までつけた。何もない相手に、普通そこまでするか?」
「だから、それを今調べてるの。話っていうのもそのことで」
一花は必死に俊介を見つめた。
「実は、奈緒が――」
「じゃあなんで!」
突然張り上げられた声に、一花の肩が大きく揺れる。
俊介はいつの間にか立ち上がっていた。
固く握った拳を震わせながら、追い詰められたような顔で一花を見下ろしていた。
「なんでお前だけ狙われたんだよ! なんでお前なんだよ!」
一花は言葉を失った。
そんなことは、自分だって知りたい。
なぜ自分だったのか。なぜ母が死ななければならなかったのか。なぜ悠真が今も目を覚まさないのか。
分からないからこそ、必死に真相を追っている。
それなのに、最も信じてほしかった人まで、目の前で自分を疑っていた。
「……俊介まで、そんなこと言うの?」
掠れた声を聞いて、俊介の表情がわずかに揺れる。
「違う。俺は……」
「何が違うの?」
「一花」
「私だって、なんでこんなことになったのか分からないよ。何もしてないのに、知らないところで勝手にいろんなことを言われて……仕事まで辞めることになって」
「仕事?」
俊介の眉が動いた。
一花は唇を噛む。そういえば、そのことすらまだ俊介には話せていなかった。
「今日、辞めたの。店まで苦情が来るようになったから」
「……そうだったのか」
「そうだよ」
滲んだ涙で、俊介の顔が少しぼやける。
「なのに俊介まで、私が何かしたみたいに言うの?」
「そんなつもりじゃ……」
言いかけた俊介の視線が、不意に一花の頬へ向いた。
マスクを外した顔には、火事で負った火傷の痕が今も残っている。
その傷を捉えた瞬間、俊介は反射的に目を逸らした。
一花の胸の奥が、すっと冷えていく。
「……やっぱり、見たくないんだ」
「違う」
「昨日だってそうだった。私の顔を見たら、すぐ飲みに出ていったじゃない」
「違うって言ってるだろ!」
俊介の怒声が部屋に響き、一花の身体がびくりと震えた。
違う。
傷が醜いと思ったわけではない。
けれど、その痕をまともに見ることができなかった。
傷そのものが怖いわけではない。
その向こうに、自分だけが知っている罪まで見えてしまう気がするからだ。
「その顔を見るたび、全部思い出すんだよ!」
一花が目を見開く。
「……何を?」
俊介は息を詰まらせた。
春子が死んだことも、悠真が今も目を覚まさないことも、一花がこんな傷を負ったことも。
そのすべてが起きていた時、自分がどこで何をしていたのか。
——言えるはずがなかった。
「俊介?」
「……もういい」
「よくないよ」
一花は立ち上がり、逃げようとする俊介を追うように言葉を重ねた。
「何を思い出すの? なんで私の顔を見られないの?」
「やめろ」
「ちゃんと教えてよ」
「やめろって」
「私のこの顔が、そんなに嫌なの?」
追い詰められた俊介の中で、何かが切れた。
「ああ、そうだよ……」
口を開いた瞬間、自分でも止めるべきだと分かった。
それでも、一度溢れた言葉はもう戻せなかった。
「……化け物みたいな顔で、俺の前に立つな……!」
部屋から、音が消えた。
言った俊介自身の顔から、さっと血の気が引いていく。
一花は何も言わず、ただ俊介を見つめていた。
「……一花」
震えた声を聞きながら、一花の脳裏には昨夜のことが蘇っていた。
『……ごめん。見たくないよね』
あの時、俊介は違うと言った。
そういう意味ではないと、否定してくれた。
けれど今、最も恐れていた言葉を、俊介自身の口から突きつけられた。
一筋の涙が、一花の目からこぼれ落ちる。
「違う……今のは」
俊介が一歩近づくと、一花は反射的に身を引いた。
そのわずかな動きに、俊介の足が止まる。
「一花、俺……」
謝らなければならない。
けれど、目の前で泣いている一花をまともに見ることすらできなかった。
俊介は顔を歪めると、逃げるように玄関へ向かった。
「俊介……?」
呼び止める声にも振り返らない。
乱暴に靴を履き、そのまま一度も一花を見ないまま家を飛び出していった。
扉が閉まったあとも、一花はその場から動けなかった。
追いかけることも、声を上げることもできず、ただ次々と溢れる涙だけが、火傷痕の残る頬を静かに濡らしていった。
コメント
1件
え、やば……読んでて胸が詰まったよ😭💔 俊介の「化け物みたいな顔で立つな」って言葉、一花が一番傷つくやつじゃん…。あの火傷の痕も、全部繋がってる苦しみも、俊介はちゃんと向き合わなきゃいけないのに、逃げちゃったのが辛すぎる。一花の涙が止まらなくなるの、読んでるこっちも辛かったよ。 でも、このすれ違いの描き方がリアルすぎて、続きが気になりすぎる…!次、どうなるんだろうね。また感想書くね📖✨