「黒幕は、この、書き付けを狙っているはずだ。守恵子《もりえこ》様と同じ血筋を引く者に、異端の者が、いる、と、いう証拠だからね。これが、なければ、私は、はなから、いない、いなかった、ことになる」
──だから、晴康《はるやす》は、書き付けを守りたかったのか。いずれ、破棄される事を恐れ、自らの存在を、消されるのが口惜しくて、持ち出そうとしていたのか。
でも、と、常春《つねはる》は、思う。
「晴康、なぜ、守恵子様……なんだ」
「それは、毎夜、月に陰りがあるからさ」
「……月……に?」
「禁中で、忌み事が起こる」
禁中といえば、お上がおわす場所。それは……まさか、お上、今上帝のお身に……。
「晴康、めったな事は……」
「ああ、常春、少し違うよ。空には、太陽と月があるだろう?」
晴康は、常春の言いたいことを、先読みするかのように、補足した。
「太陽は、どなたか、そして、その側におられるであろう、月はどなたか。毎夜、昇る月は、儚い。月明かりは、異常に陰って、いや、月の命が弱って見える。それを悟られまいと、月もまた、雲隠れしている」
夜空を照す月の様子がおかしい。そこから、晴康は、感じとったのだ。禁中におわす月の異常を。
太陽である今上帝と対になる、月であられる存在──、妃の事を、晴康は、述べているのだろうか。
「だが、禁中の月は、お一人ではない」
……中宮、女御、更衣……位は、複数あり、そして、それだけ数の女人が、お側仕えしている……。
「言ってしまえば、どなたかの、命の炎が弱まっているということ、そして、欠員が、出ると、いうこと」
「ちょっ、晴康!そんな、めったな事を、軽々しくも!」
「軽々しく言わなければ、わからないだろう?なぜ、守恵子様、なのかと」
常春は、先程から、緊張しているた。晴康は、いとも簡単に、言ってくれるが、それは、常春が受け止めるには、あまりにも重すぎする話で、怖じけ付いている、といっても過言ではなかった。
「晴康、つまりは、守恵子様が……」
うん、と、晴康は、頷く。
「そうあって欲しいという者達が、動き出した。だから、書き付けが、邪魔なのさ、いや、私のような異端者がね」
「晴康!」
常春は、叫んでいた。晴康の物言いに、先程まで襲われていた重苦しさや緊張感などは、消え失せた。
異端、などと。自らを、その様に卑下するなどと!
一方、橘は、水瓶を覗きこみ、新《あらた》達に、考えを述べていた。
「ということで、結局、御屋敷に火が放たれなければ良いのでは?」
「なるほど、そうだな、誰が、どうやってやって来るのか、わからねぇ、しかも、後ろにゃ、何かが潜んでいるって、話だし」
「新殿、思いますに、今、やって来た、急な荷物が、そうなのではないでしょうか?荷を運ぶ振りをして、此方へやって来る。押し込むにしても、火を放つにしても、相応の人が動きます。荷運びならば、多少、不自然な時刻でも、皆、気にとめないでしょう」
「そうか!確かに、荷運び中なら、役に立たねぇ検非違使に、声かけられても、楽に言い逃れで切るし、そもそも、声もかけられねぇ」
「橘様!では、見張りを御屋敷に増やすのですか?荷運びの一行に気をつけておけば、よろしいのですか?」
上野が、声をあげた。
「いえ、荷運びは、もしかしたら、と、いう話。本当に、どうゆう風に入りこんで来るかわかりませんからね。見張りというよりも……」
「女房さんよ!人だかり、だろ?奴らが、屋敷に着いた時、先に、人だかりが出来ていたら、動くに動けねぇからな。屋敷周りに、野次馬集めればいいんだよ。って、ことは、派手に暴れて、ひと揉めするか!そしたら、検非違使も、やって来る。そんな中では、さすがに、押し込めまい。頭衆、知恵を貸してくれ」
皆に呼びかける新たに、おお!と、大きな返事が返って来た。
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