《12:00》
「さて、と!」
二時間前くらいに朝食食べたばかりなのに、もう昼食?って思うでしょ?
ノンノン、違うんです! いまから作り始めて、食べるのはだいたい13時。
――そして、昨日聞いた限りではユキちゃんは21時には寝るんだよね。
つまり、これがこの家の”普通”ってやつなのだ。
人んちには人んちのルールがある。それに合わせられるのが、最強の奴隷なんじゃないかと思う。
「って、いつから奴隷がデフォになってんだぁああ!!」
「ひゃっ!? おかぁさん、どうしたのです?」
「あ、ごめんねユキちゃん、こっちの話よー」
「そ、そうですか……?」
「ところで、その口調はだめだよ?」
ぽん、と軽く頭を撫でると、ユキちゃんはきょとんとした顔でこっちを見てきた。
……うぅ、さっきまで癖で敬語になってたからなぁ。
子供って、すぐ真似したがるんだった、忘れてたよ。
「おかぁさん、じぃじにいってた!」
「うーん……あっ! それはね、間違えちゃったんだよ」
「まちがった?」
「うん、お母さんはね、家族じゃない人には敬語で話すけど、家族には使わないんだよ?
だからユキちゃんも、家族じゃない人にはそれでいいけど――お母さんとじぃじには、だめっ!」
「はーい!」
「よろしい!」
「えへへ~」
撫でたら、この子は本当に嬉しそうに笑う。
――かわいい。この可愛さ、伝えたい。この笑顔、守りたい!!
「さてっ! じゃあ、何作ろうかな?」
「なに作るの~?」
「うーん……」
包丁かぁ……。
じいさんがいない時はユキちゃんが料理してるって言ってたけど、まだちょっと危ないよね。
「よし! 焼き肉にしよ!」
「ふぇ? お肉……焼くだけ?」
「ちっちっち、甘いなユキちゃん。
焼き肉は、ただ肉を焼くだけじゃない。
みんなで囲んで食べるから、最高に美味しくなるんだよ!」
「みんなで……うん!」
「よーし、じゃあ準備だ! 焼き肉には、まず材料を整えなきゃ。
ユキちゃんは、野菜を洗ってきて?」
「はぁーい!」
ぱたぱたと、ユキちゃんは編みかごいっぱいの野菜を抱えて外に飛び出していった。
この山奥には、ちょっと出たところに湧き水がある。
たぶん、そこまで行ったんだろう。
「滑らないようにね~!」
「はぁーい!」
「さて、と……やりますか!!」
____________
《14:00》
家の前。
ちょっと大きめの七輪(しちりん)を囲むように座って、いざ実食タイム!
もちろん、野菜も肉も、すべて俺――奴隷である俺の前にある。
焼く役目も、当然俺だ!! (いや、これダジャレじゃなくて!)
「じゃあ、いただきます!」
「いただきまーす!」
「ほっほっほ。」
「じぃじ! たべるまえに、手を合わせて「いただきます」って言わないとダメなんだよー! おかぁさんがいってた!」
ぴしっと正論を言うユキちゃん。
それを聞いて、じいさんはこちらを見る。
うわぁ、ごめんなさい、余計なこと教えちゃったかも……!?
でも、じいさんはにこっと笑って、優しく語りかけた。
「ほっほっほ、それはすまんのぅ。
お母さんの言うことをちゃんと聞いて、偉いぞ、ユキ」
「えへへ、ユキ偉い!」
「じゃ、じゃあ改めて――」
「「いただきます!」」
焼き肉を並べていると、まだ焼きが甘い肉にユキちゃんが手を伸ばしてきた。
「だめだよ、ユキちゃん。お肉は焼きが大切! もうちょっと我慢!」
「ふぇ……おなかすいた……」
「ふふっ、空腹は最高のスパイスっていうからね。
今は我慢、我慢!」
「うぅ……」
どっかのばあちゃんもそんなこと言ってた気がするし。
――ていうか、ユキちゃん、よだれ垂らしてるって、アニメじゃないんだから!
こんな感じで。
昼食は、“家族”で、笑って楽しく過ごしました。
____________
――幸せな、“普通の生活”。
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《15:00〜》
「さて、と。何しようか!」
昼食の片付けも終わり、普通の主婦なら昼寝って時間だけど――。
奴隷稼業で鍛えられた俺には、眠気なんて一つもない。
……いや、主婦とか言ったが、俺、男だからね?
「あそぶ!」
元気だなぁ、子供って。
ミクラルにいたときも、あの子たち、スタミナだけは底なしだったもんなぁ。
今ごろ、元気にしてるかなぁ……。
「うん! 何して遊ぶ?」
「うーん、じぃじ、いつもこの時間は家で寝てる。だから、ひとりで遊んでた……」
「そっか。でも今日は、お母さんがいるから二人で遊べるね!」
「うん!」
「じゃあ、お散歩でもする?」
「じぃじが言ってた。外は危険だから、家のそばから離れちゃだめって」
確かに、ここは森の中。
うっかり探検なんかしたら、魔物に遭遇しかねない。
でも、庭くらいなら――たぶん大丈夫だろう。
「だからこれやる!」
「お、ボールだね?」
ユキちゃんが持ってきたのは、バレーボールくらいの赤いボール。
……いや、むしろ『赤いバレーボール』って言った方が正しいくらいだ。
「ボール? 違うよ! これは《まきゅう》って言うの!」
「そんな野球漫画に出てきそうな名前なの!?」
「いつもひとりで壁に当てて遊んでた……」
「ふふ、わかったよユキちゃん。お母さんが取ってあげるから、投げてきて?」
「うん! いくよー!」
ユキちゃんは両手で思いっきり投げてきたが、少し距離があったせいか、魔球は手前でポトリ。
コロコロと転がって、俺の足に当たった。
「よいしょっと。じゃあ、ユキちゃん、いくよー? それっ!」
「わっ!」
軽く投げたつもりだったんだけど――そこは大人と子供の差。
ノーバウンドでユキちゃんの頭上をぶっちぎった。あら、ごめん。
「ごめんごめん、取りに行くよ!」
「いい! おかぁさんはそこで待ってて! ユキが取りにいく!」
トテトテと走っていったユキちゃん。
……案の定、こけた。
「大丈夫!?」
「うぅ……」
ユキちゃんは、必死に泣くのをこらえて、俺を見上げ――
涙をためたまま、ぎこちなく笑って、言った。
「い、いたくないもん!」
はぁあああああああああああああああ!!!
かわいい! こりゃやばい!!
よくがんばった!! ほんとよくがんばった!!
「うん、偉いよユキちゃん。女の子の涙はね、本当に大切な人の前で流すんだぜ?」
「……? うん!」
「よしよし、じゃあもう一回してみようか!」
「うん!」
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《3時間後》
「はぁ……はぁ……そろそろ終わろっか」
「まだしたいー!」
時刻はすでに夕暮れ。
魔球を使って、遊びに遊びまくった結果――
もはやワンワンお! みたいにボールを投げては取らせ、投げては取らせ、繰り返す遊びになっていた。
……子供の無尽蔵スタミナ、マジで化け物。
「もうそろそろ夜ご飯の準備もしなきゃ」
「ぶぅ……」
「それに、お母さんは明日もいるよ?」
「ほんと? もういなくならない?」
「うん、任せて!」
(……レンタル奴隷としてはちょっと心が痛むけどな……いずれ、この子とも別れなきゃならない……。)
「じゃあ、やめる!」
「うんうん」
「お母さん、まきゅうに空気いれて?」
「え? あ、ほんとだ。ふよふよになってるね。空気入れってどこにあるの?」
「くうきいれ? わかんない。でも、まきゅうに魔力を通すと、膨らむの!」
「へぇ、便利だなぁ」
「……しらないの?」
「あ、いや、忘れてただけだよー! お母さん、お仕事忙しかったから!」
誤魔化しながら、言われた通りに魔力を流すと――
パァーンッ!!
「うぉわ!?」
「わっ!?」
――一瞬で爆発。
何事かと、じいさんが慌てて飛び出してきた。
「な、何事じゃ!」
「じぃじぃ~!」
「ご、ごめんなさい……魔球に魔力を入れすぎて……」
「ここはわしが片付ける。お前はユキを連れて中に入れ」
「は、はいっ!」
俺はユキちゃんと一緒に、逃げるように家の中へ――。
____________
「しかし……どれだけ多く魔力を入れたんじゃ……。
いくら獣人用とはいえ、普通この魔球を割るなど、並の魔力では……」
じいさんのぼやきは、遠く後ろで聞こえた。
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