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「テオ、落ち着いた?」

「うん、だいぶ……ごめん。僕のほうが取り乱しちゃって」

「いいよ。あんなの見たら、そりゃね……」



少しだけ、参ったような顔をしていうアルフレートは、やっぱり人間だと思う。僕たちが大好きだった丘の上で、並んで空を見上げていた。もう三時ぐらいを回っただろうか。そろそろ村を出なければならない。明日はロイファー家に、アルフレートはエルフォルク公爵家に帰らなきゃいけないから。日帰りの里帰りだったが、いいこともあれば、悪いこともあった。というか、悪い印象が強くて苦しい。


両親に持たせてもらったパンをほおばって、どうにか先ほどの出来事を頭から追い出そうと必死だった。でも、簡単には出ていってくれないのだ。

ふぐ、ふぐっ、と言いながら僕はパンを口に詰める。アルフレートが「そんなふうに飲み込んだら、危険だよ」と背中を叩くので、僕はさらにむせこんでしまう。

おいしいパンをこんなふうに食べるのはダメだし、バチが当たるだろう。

けれども、先ほどの光景がフラッシュバックして吐きそうになるのだ。もし、アルフレートの親が二人とも健在で、僕の両親とも仲がいいままで、村が活気あふれたままだったら。それで、僕とアルフレートが付き合っていることを言えたのなら……きっと、それは幸せな里帰りになっただろう。でも、現実は違った。



「アル、アルは大丈夫なの?」

「俺? うん、俺は大丈夫」

「…………お父さんにあんなこと言われても。傷つけられても平気だっていうの?」



少し強く言えば、アルフレートは困ったように眉を下げた。

答えにくい質問だっていうのはわかった。僕は申し訳なくなって、うつむく。アルフレートだって、取り乱していないわけじゃないだろう。



「そうだね、平気じゃないかも。でも、心が、凪いでたんだ。びっくりするぐらい」

「それは、加護で?」

「どうだろう。もしかしたら、あんなこと言われたから、防衛本能が心を守るために、あいつは他人だってふうに認識し始めちゃってたのかも。言われてるとき、水の中にいる感じだった。聞こえない、何を言っているかわからないってね」



アルフレートは耳をふさぐようなすぐ差をして目を閉じる。まつ毛が影を落とし、優しく吹き付けた風が彼の黄金色の髪を揺らす。この風の匂いも、この丘にアルがいることも昔と同じはずなのに。まったく知らない景色に見えるのが不思議だった。

再び目を開けたとき、彼のラピスラズリの瞳は少しだけ輝きを取り戻していた。だが、依然として、冷たくてどこを見ているかわからない。



「大丈夫だよ。これで、もうここに戻ってくる理由がなくなっちゃったし。ああ、でも、テオが帰りたいっていうなら付き合うから」

「いいよ、別に。両親に会えたのは僕も嬉しかったけど、今生きているところはそこじゃないし。会いたくないっていったらうそになる、けど。でも大丈夫。生きてるって確認できただけで僕は」

「そっか。でも、俺的にはまたあの蜂蜜くるみデニッシュを定期的に買いに行きたいけどね」

「もう、アルは甘いもの好きなんだから。けど、そんなふうに言ってもらえるのは嬉しい。アルが、笑ってくれるなら」



さっきは笑っていたけど、実際には笑っていなかった。

蜂蜜くるみデニッシュの話をして、笑うアルフレートの顔は優しくて好きだ。蕩けるあのはちみつを思い出して、頬に手を当てる仕草も。

彼が、自身の父親について触れたくないというのならそれでいいし、僕もそうしようと思う。顔なじみとはいえ、下手に突っ込むのはマナー違反だと思うのだ。アルフレートが決めた家族との距離感。それを、僕も守るべきだと思ったから。とはいえ、今日のことを僕は忘れないと思う。


それから、僕たちは村を一周し、馬車に乗り込んだ。すっかり日が落ちて、暗くなり、村のほうにはぽつぽつと明かりがともり始めていた。

村を回っている最中、誰も僕たちに話しかけてこなかったし、よそ者だ……というような目も向けてこなかった。皆、自分のことで必死になって、周りを見ている余裕がないことがうかがえた。ただ、僕たち以外にも訪問者か旅人がいたようで、灰色のローブを目深にかぶって街をさまよっている人を見た。背丈は、僕たちとたいそう変わらなくて、一瞬知り合いかも、と胸を弾ませたが、すっかり見失ってしまった。そういえば、村には子供があまりいない。僕たちのときはかなりいた印象だが、今は、子供を産めるような環境も、余裕もないのかもしれない。

変わっちゃった村、でも変わっていない僕の両親。いろいろと思いをはせるところはあったが、多分当分の間ここには来ないだろう。定期的にパンは送ってもらえることになったし、アルフレートも、また蜂蜜くるみデニッシュが食べられるのを楽しみにしていた。



カラカラと、回る車輪。時々、カクン、カクンと体が揺れて、疲れていたがあまり寝付けなかった。

僕の隣に座っていたアルフレートも少し疲れたのか、僕を抱き寄せて、目を閉じている。帰ったら何時ごろになるだろうか。そんなことを考えながら、落ちていく意識に身をゆだねていると、急に馬車が止まった。拍子に、舌を噛んでしまい何!? と、頭が起床する。 考えているうちに、グラグラと地震が起き、僕は踏ん張りがきかなかくなった。危ない、とアルフレートが僕を抱きしめてくれて、何とか持ちこたえたが、地震は長らく続いた。

そして、ピリピリとうなじがしびれたと同時に、動物の悲鳴に似た鳴き声が響き渡る。



「な、なに、いったい何が……」



状況が理解できずにいると、コンコンと扉をノックする音に体をびくつかせる。扉を叩いていたのは御者で、アルフレートがサッと扉を開けると切羽詰まったように「火事です!」と叫んだ。火事? と理解できなかったが、御者が指をさした方向を見て、僕は言葉を失った。指をさした方向にあったのは、僕たちの故郷……あの村だったからだ。



「……え」



危険だとはわかりつつも、僕は馬車を下りる。すると、本当に村が燃えているのだ。遠くで鐘の音が鳴る。そして、ここからでも漂ってきた獣臭に鼻が曲がった。悲鳴が、聞こえた気がした。



「あ、アル……!」

「……っ、魔物の気配がする」



と、アルフレートはつぶやいた。


僕は、魔力探知で周囲を確認したが僕たちの周りにはそのような気配はない。ただ、アルフレートが感じたということは、きっと村の――



「待って、テオ」

「離して、アル。行かなきゃ。だって、村が魔物に襲われているんでしょ? お母さんたちを助けなきゃ」

「……今からいっても間に合うかどうかわからない。それに、数が尋常じゃない」



腕を掴まれた。

だったらなおさら、と僕がいおうとすると、アルフレートは首を横に振って諦めてくれ、というように訴えてきた。勇者なのに、それでいいのか、といつもは抱かない感情を抱いてしまい、僕は落ち着こうとした。それで落ち着けるわけがなく、森の隙間から見える村を見て心臓が締め付けられる。赤く、オレンジに燃えている。

魔物がなぜ? と、考えていると、一つの答えにたどり着くことはできた。考えるまでもない。



(ゲームのシナリオ……)



アルフレートが故郷に戻る際に、魔物の襲撃を受けて、村は壊滅というイベント。ゲームの中で作中屈指に胸糞イベントだった。逃げ惑う人、無力に魔物に襲われ食べられ引き裂かれ……悲鳴とうめき声、殺戮――

ご丁寧にムービーまであったイベントだからよく覚えていた。でも、それが起こるのはもっと先だったはずだ。中盤から終盤にかけての絶望イベントだった……のに。



(……アルが来たから?)



考えられる理由はただ一つだった。アルフレートが魔物を引き寄せる体質だから、とは言えないけど、アルフレートが故郷を訪れることにより、イベントが引き起こされてしまったのであれば、説明がつくというか。回避するには、ここに来なければよかったのか。いや、来なかったとしても故郷が燃えるイベントはあっただろう。時期が早まっただけ。でも、それは……



「でも、いかなきゃ。みんな死んじゃうよ」

「わかってる。でも、テオ。危険だから」

「じゃあ、見捨てるっていうの!? アルは、勇者なのに!?」



言葉に出さないと決めていたものがポロリとこぼれてしまった。ハッと思ったときには遅く、顔を上げると、アルフレートの瞳が揺れていた。ちょっとの絶望と、突き放されたような顔をして。僕は、しまったとどうにか弁明しようとしたが、アルフレートは詠唱を唱えた。僕たちの足元に魔法陣が浮かび上がる。

アルフレートは御者に「馬車に防御魔法をかけた。その中にいれば安心だ」と告げる。御者は慌てて馬車の中に乗り込んだ。



「あ、る?」

「……そうだね。勇者だから、助けないと」



と、アルフレートは言うと、僕たちは魔法陣の光に包まれ転移した。




次に目を開いたときには、村の中だった。咄嗟のことだったのでアルフレートは行き先を指定できなかったようだ。

眼前に広がるのは地獄絵図。想像していた二倍の地獄が広がっていた。



「うっ……」

「テオ……とにかく、テオの家に行こう。テオの家族だけでも、助けなきゃ」



アルフレートが僕の手を引く。

火に包まれた村の中は、阿鼻叫喚の渦に包まれていた。子供を抱きかかえて逃げようとする人、すでに破壊された家屋の下敷きになって助けを求める人。魔物と対峙し、少しでも時間を稼ごうと稼ごうとする人。だがそれも悲しく、二足歩行の狼に身体を真っ二つに裂かれていた。人から出てはいけない音が聞こえる。村の中にいた魔物は、獣の形をしているものから、よくいうオークのような二足歩行の魔物もいた。とにかく、大群で、あちらこちらから悲鳴と、それを楽しむような魔物の低い笑い声が聞こえる。

二つの赤に染まった村を僕たちはかけ周り、僕の家へと走る。すでに、足は棒のようになり、震え、たっていることもままならなかった。本来であれば、今目の前で助けを求めている人たちに手を差し伸べてあげたいのに、僕らは優先順位をつけてしまう。



「お父さん、お母さん……っ!!」



ようやくたどり着いた家は燃えており、半壊していた。そして、パン屋の目の前で、二人が倒れている。しかし、倒れてきた木材の下敷きになっており、その下には血が流れ広がっていた。

口元に手を当て、僕は両親に近づこうとする。だが、それをアルフレートが制止した。



「危険だ、建物が崩れる。テオ」

「で、でも、二人はまだ生きて……!」

「……ないから」

「え?」

「生きてない。もう、息していないんだよ……」



残酷に告げられたその言葉に、目の前が真っ白になる。ゆっくりと両親のほうを見て、僕は涙をこぼす。

もう死んでいるのか、それは本当なのか。アルフレートに聞きたいことがあるのに、現実を直視できないから、口を開くことができなかった。

そうやって、少し離れたところで、燃えていくパン屋を見つめていると、背後に魔物の気配を感じた。振り返ればそこには四メートル近いオークが立っており、その手にはこれまた大きな棍棒を握っている。一歩オークが踏み出すだけで、地面が激しく揺れる。ドスンとその地面が沈んで足跡ができる。オークの身体は禍々しい黒緑で、目は白く光っていた。その足元に、小鬼を見つけたとき、群れで行動しているのかと、背筋が凍る。

僕たちを殺そうと近づいてきているのがよくわかった。

じりっと後ろに後ずさりするが、後ろは火の海で逃げ場などなかった。最期を、両親とともにできるのなら、と思ってしまったが、死にたくない気持ちが強い。

そんな僕を置いてアルフレートは、庇うように前に出る。羽織っていたローブを脱ぎ捨て、腰に携えた剣を引き抜く。



「……アル」

「テオ、少しだけ待っていて」



と、彼は言うと地面を蹴った。アルフレートが、オークにとびかかると、その剣を振りかぶる。だが、その攻撃は棍棒で受け止められた――が、力技で、アルフレートはその棍棒を砕き、オークの脳天に剣を振り下ろす。オークはグアアアアアアッと悲鳴を上げ、緑色の液体をまき散らす。それが、アルフレートの服を一瞬にして汚す。


彼の剣の腕は知っていたが、こんな巨大な魔物に対しても、この威力で。前も、ランベルトの戦いでそういう技術は見たはずなのだが、やはり、人間に対してと、魔物に対してでは、慈悲のかけようが違うというか。こちらのほうが、どう考えても、無心で、ただ倒すべき相手と認識しているようで。

親玉が倒されことにより、足元にいた小鬼たちは、驚き、また怒りに震えとびかかってきた。だが、アルフレートの一振りで、上半身と下半身が引き裂かれ、その場に悲鳴を上げることなく突っ伏す。


本当に、すべてが一瞬だった。



「アル、怪我は?」



怪我しているわけがないと思いつつも、僕は心配になって近づく。すると、アルフレートは、どこか一点を見つめており、僕の言葉が耳に入っていないようだった。

アル、と再度名前を呼んで、彼はようやくこちらを振り返る。



「ああ、テオ、怪我はない?」

「ない、よ。というか、僕が聞いて……アル、これからどうするの?」

「……間に合わないかもだけど、この村を襲った魔物を全員殺すよ。それで、少しはこの村の人たちの魂が休まるのなら」

「一人で? この村はそんなに大きくないけど、一人で……それも、さっきみたいな大きな魔物もいるでしょ。それを」

「――俺は勇者だから」



そうアルフレートは、きっぱりといった。

その言葉を放った時、彼は僕に顔を向けなかった。そして、再び「ね?」と振り返ったときにはいつもの笑顔が顔に張り付いている。

また、無理をしている。止めなければと手を伸ばしたが、彼はそれをすり抜けていってしまう。立ち去る際、後ろのパン屋の火を魔法で消し飛ばし、包み込むように結界魔法を張ってくれた。そのおかげで、煙も、焼けこげる匂いもしない。そして、僕は、見えなくなったアルフレートに背を向けて、両親のもとへ駆け寄った。



「お父さん、お母さん……」



火は消し止められたが、両親は木材の下敷きになっている。それをどうにか引っ張り出そうとしたが、無理で後ろにのけぞってしまう。そして、やはり彼らの手は冷たくて脈がなかった。

先ほど一度止まったはずの涙が流れてくる。


もし、一日ここで泊まっていたら? 魔物の襲撃に気づけていたら? 二人だけでも逃せたら?


いろんなもしもの可能性が出てくるが、それらはすべてだったらよかったという過去形でしかない。僕は、祈るように手を合わせて、『聖女』の力を利用する。生き返らせることなんてできない。でも、両親の遺体をきれいに保存しておきたかった。二人は、苦しそうに倒れていたが、聖女の力によっていくらか表情は和らいだ。だが、魔法でもその木材は最後までどかせなかった。近くにあった、火の海を逃れた花を摘んで、二人の前に置く。


空を見上げれば、暗雲と暗い夜の闇が広がっている。星一つない。

そんな空を見上げながら、僕はまた声を殺して泣いた。まだ、聞こえてくる悲鳴と、それに交じる魔物の叫び声が、心にさらに傷をつける。


アルフレートが僕のもとに戻ってきたのは、夜明けごろで、彼は治癒が追い付いていないのか少しボロボロなまま帰ってきた。そして、朝日が昇るとともに、彼が魔法で形作っていた剣が光の粒子となって空に消えていく。もう、すべて鎮火され、悲鳴も嘆きも……村に静寂の朝が訪れたのだった。

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