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カーテシーのあとでヨーゼフィーネが土下座の体勢を取る。
その背後に控えていた恐らくリッベントロップ一族が同じように床に額を押しつけた。
「まずは時空制御師最愛様への不敬を、一族を代表して深くお詫び申し上げます」
アクアマリン色とペリドット色の、美しいオッドアイ。
何処までも透き通った瞳は、神にも悪魔にも愛されそうだ。
顔を上げてその綺麗な瞳に私を映して、詫びをしたヨーゼフィーネは深々と頭を下げる。
「……罪は本人が贖うでしょう。謝罪を受け入れます」
貴女は綺麗なものに弱いですねぇ。
困ったような夫の声が聞こえたが、そこに否定の色はない。
ヨーゼフィーネの謝罪は神秘的な瞳の色に相応しく、何処までも真摯だったのだ。
「御言葉ありがとうございます。最愛様の御慈悲を胸に、魔制御師様にいただいた寵愛に相応しく生きていく所存でございます」
瞳ほどではないが声もいい。
こちらは一本の筋が通った声音。
意志の強さが感じられる。
ヨーゼフィーネがリッベントロップ一族を率いるのならば、元の爵位に返り咲きそうな予感を覚えた。
「ローザリンデ女王陛下にも、一族を代表して深くお詫び申し上げます」
ローザリンデもヨーゼフィーネの瞳の美しさに一瞬だけ見惚れていた。
だが発せられた言葉は実に女王陛下らしい毅然とした声だ。
「謝罪が遅いと申したいところではあるが、事情は理解しておる。先ほど申したように、今後は最愛の称号に恥じぬよう励むがよい」
「はい。かしこまりましてございます。フランツィスカ様への謝罪を始め、御迷惑をおかけした方々には当代魔制御師最愛として、余さず贖いをしていく所存にございます」
そういえばメルヒオールの一族……ハルツェンブッシュは謝罪をしなかったなぁ。
謝罪をできる隙がなかったと言えばそれまでだけれど。
啜り泣く声が聞こえたから、謝罪しても許されないと諦めの境地にいたのかな?
それでもするのが謝罪だと思うけれど……。
「よぉぜ、ふぃいねぇっつ!」
憎悪一色の声で、妹の名前を呼ぶエルメントルート。
しみじみ度し難いなぁ。
「リッベントロップ一族はその末端に至るまで、エルメントルートとの縁を切ります。リッベントロップ家の謝罪と贖いは、貴殿のものとは完全に別物です。努々忘れなきよう……」
口の端が吊り上がる。
なかなかに鋭い微笑。
実の姉への関心など一片も感じられないものだった。
「ふざけっ!」
彼女本来の力を使ったのか、拘束状態のまま跳ね上がったエルメントルートの頭突きが、ヨーゼフィーネに向かった。
が、当然届かない。
背後から深い溜め息がしたのでイェレミアスが何かしたようだ。
その証拠に、エルメントルートの近くにいたローブ姿の人がイェレミアスに頭を下げている。
「エルメントルートは再び言葉と動きを封じなさい」
「「はっ!」」
控えている騎士と魔術師? がてきぱきとローザリンデの指示に従う。
それと同時進行でメルヒオールにも同じ対応が取られていた。
今は大人しくても何がきっかけで暴走するかわからないものね。
「さて……最後になったが、ヒルデブレヒト・プリンツェンツィング。貴殿は己が罪人であると……」
「私の可愛い息子が、罪人などと! あまりにも酷い冤罪ではございませぬか、女王陛下!」
「……貴殿に発言は許しておらぬ。控えよ」
「幾ら女王陛下と申しましても、我がプリンツェンツィング公爵家をないがしろになさるのですか!」
「控えよ」
息子を庇うべくしゃしゃり出てきたのは、プリンツェンツィング公爵夫人。
断罪の場だと通達されているのだろうに、華美すぎる衣装を身に纏っている。
思わず眉根を潜めてしまった。
色は真紅で、スパンコールのように煌めく素材がドレス全体につけられていて、無駄に眩しいのだ。
装飾品も全て真紅。
谷間が見える胸元にはルビーとダイヤモンドがふんだんに使われたネックレス。
左右の指には大粒のルビーリング。
髪にはルビーを削って作ったと思わしき何輪もの薔薇が飾られている。
イヤリングのルビーなど、重さで耳の形が変わりそうなサイズだ。
「……無駄に眩しいな」
ぼそりと囁かれたエリスの声に噴き出しそうになってしまった。
イェレミアスの肩も揺れたので、私と同じ感想だったに違いない。
「女王陛下に従えぬとあらば、貴殿も不敬の罪で裁かれることになるが?」
ヴァレンティーンの呆れた声に、プリンツェンツィング公爵夫人は顔を真っ赤にした。
王配となったヴァレンティーンを未だ下に見ているのだろう。
「妾が、不敬の罪! 不敬なのは貴様!」
「……プリンツェンツィング公爵夫人? 我が愛しき王配に対して、貴様、と呼ばなかったか?」
「き、気のせいでございましょう? 女王陛下の王配に対して無礼な真似などいたしませんわ」
「本当に?」
「本当でございますわ! 何か、不服でございましょうか?」
「不服だ。プリンツェンツィング公爵夫人には、王配へ不敬を働いた謝罪を申しつける」
「な!」
「息子同様、謝罪では許されぬ立場になってみたいというのならば、無理強いはせぬがのぅ」
プリンツェンツィング公爵夫人はこちらにまで聞こえるほどに激しい歯ぎしりをする。
貴婦人らしくない態度なのだろう。
プリンツェンツィング公爵一族の女性が静かに不快な表情を作っていた。
「……王配殿に不敬な態度を取ってしまいましたこと、お許しくださいませ。息子可愛さについ無礼を働いてしまいましたの。憐れに思し召しいただけたなら、幸いですわ」
「親子で揃っての無礼者。プリンツェンツィング公爵。夫人を黙らせていただきたいのですが」
「……失礼いたしました。おい、お前。こっちに戻りなさい」
「あなた……」
「戻れと言っているんだ!」
プリンツェンツィング公爵の声に、渋々夫人がその隣へと戻る。
不敬が許されていないのだと、夫人はさて置き。
公爵は気がついていないのかしら?
「改めて、ヒルデブレヒト・プリンツェンツィング。貴殿は己が罪人であると理解できておるか?」
「俺が罪人であるはずがない! ローザリンデもこれ以上の嫉妬は止めてくれ」
「……は?」
「それよりも! 時空制御師の最愛は、そのベールの女なんだろう? どれほどの美人なんだよ? もしかして不美人なのか? ベールを取るように、ローザリンデが言えよ!」
常識知らずどころか、命知らずの発言に場の空気が凍った。
末っ子大好きのプリンツェンツィング公爵夫人の顔色ですら青い。
『私の最愛は、心身ともにとても美しい人です。貴様のような愚物に見せたら目が潰れますからね。親切でベールをかぶっているのですよ。それでも、顔が見たいと言うのでしょうか?』
声だけでその場にいる人間を凍り付かせる男。
それが私の、最愛の旦那様だ。
さすがのヒルデブレヒトも硬直したまま発言ができない。
『麻莉彩。ベールを持ち上げて、あの愚物に貴女の美しい顔を見せて差し上げなさい』
私にだけ聞こえる声で囁かれる。
『喬人さん。そこはかとなく、嫌な予感がするのですが?』
ここぞとばかりに二人のときにしか使わない呼び方をするも、夫の不機嫌は治まらなかった。
『貴女への不敬は、許さない方針なのです』
夫には引く気がないようだ。
私は溜め息をつきながら、両手でベールの隅を持ってゆっくりと持ち上げる。
額まで持ち上げれば、ヒルデブレヒトは鼻の下を伸ばした間抜け顔になった。
「お、お前! 俺の、せいさいに! ぎゃあああああ! 目がっ! 目がぁあああ!」
制裁?
精細?
正妻か!
と、脳内漢字当てクイズに挑戦している最中に、ヒルデブレヒトは某アニメの有名な大佐による発言をした。
時空制御師の怒りに触れたようだ。
「目が痛いぃいいいい!」
美しい私の姿を見て、目が潰れた……そういう流れにするつもりらしい。
ちょっと無理、ありませんか?
『我が最愛の親切を無下にする者には当然の報いです』
「ひぎぃ! いたい! だれかっ! たすけろっ!」
「時空制御師の御方様。うるさいので、痛みだけ、取ってもよろしいでしょうか? 目の光は失わせておきますので」
発言はイェレミアス。
確かにこのまま絶叫しつつ転げ回っている相手に断罪は難しい。
夫が私にだけ聞こえる声で、仕方ないですねぇ、と許可を出した。
「いいそうですよ、イェレミアス」
「おお。御慈悲に感謝します、御方様、最愛様」
私へも感謝してくれる。
夫の評価が高いポイントは、こういうところなのだろう。
「……はい。痛みを取りましたから、正しく裁かれる犯罪者の格好をしてくださいね。というか! させちゃってください」
騎士と魔術師にイェレミアスが声をかける。
ローブ姿の人が大きく頷いたので、やっぱり魔術師でいいのだろう。
ヒルデブレヒトは両膝を床につき、拘束された腕を背後に回した格好を取らされた。
なかなか犯罪者っぽい体勢だ。
「無礼者!」
「無礼なのは貴様だと、いい加減知れ!」
弁えられないヒルデブレヒトにローザリンデの口調も崩れがちだ。
「目の光を永遠に失ったままでいたいのなら喚くといい。こちらの言葉に耳を傾けなければ、御方様の怒りは間違いなく解けぬだろう」
大人しく拝聴したからって、夫の怒りが解けると言わないローザリンデ。
さすがです。
さすロザとか言っちゃう。
またしても思考が暴走し始めた。
いい加減ヒルデブレヒトは見えない目で、私を捜すのは止めてほしい。
私の我慢にも限界があるのだ。
夫も私の不快さに気がついているのだろう。
部屋の温度がしんしんと下がっていく。
「さ、寒い」
「貴殿のせいだ」
「大人しく、話を、聞く」
ヒルデブレヒトは寒さに負けたようだ。
わなわなと唇を震わせながら、私ではなくローザリンデの方へ、見えないはずの目を向けた。
何度目かになる質問を、ローザリンデはこほんと咳払いをしてから繰り返した。
「貴殿に罪の自覚はあるか?」
「ない! 俺様が何をしても罪になるわけがない!」
「今目が見えぬのは、時空制御師最愛様への不敬を働いたからだが?」
「そ、それは……俺だって最愛だぞ! 同格だろうが!」
制御師に序列がある話は一般的ではないのかしら。
ヒルデブレヒトが知らないだけという可能性も高いが。
『同格ではありませんわ。制御師には序列がありますの。光制御師最愛は、時空制御師最愛様より格下ですのよ』
「光制御師!」
お嬢様口調の光制御師登場。
その声は怒りに満ちている。
『様をつけなさい愚か者。貴様は本当に最後まで顔だけの男でしたわ。貴様を選んだせいで私は制御師の称号を剥奪されましたのよ……さらに、しばらく光制御師は存在を許されなくなりましたわ』
「……は?」
『私の矜持を穢した貴様を永久に許しませんわ!』
「ぐぎゅう!」
何をされたのか、不自由な格好のままヒルデブレヒトが悶え狂う。
額に滲んだ脂汗が滴らんばかりだ。
「……ありゃ、去勢されたかな?」
「……奴にとって一番厳しい罰でしょう」
エリスの囁きに、ユルゲンが答える。
二人が言うのなら間違いなさそうだ。
そういえばネリが当主のナニを食いちぎりかけたとか、言ってなかったっけ?
親子揃って去勢か……。
ん?
ナニがないだけじゃ、去勢にならないのかしら?
「ろ、ぉざ、りんで。はやく、おれをいやせ! おれの、おれの、あれが、たまも!」
おぉ、ヒルデブレヒトはナニも玉も失ったらしい。
制御師の仕業なら、復活も難しそうだ。
しかし、光制御師は謝罪がないんだねぇ。
だから、称号剥奪で次も空席なのですよ。
夫が深々と溜め息を吐く。
光制御師もなかなかに仕出かしているようだ。
「光制御師による罰であれば。たとえ癒やせたとしても、癒やしませんわ……はぁ罪の自覚がないのが、一番罪深いですわねぇ……」
夫とよく似た溜め息を、ローザリンデも深々と吐いた。
「自覚なき者には、慈悲もないということで! よろしいのでは?」
疲れているローザリンデにヴァレンティーンが応える。
「そうしましょうか……では。数え切れぬ罪の中でも、一番重いものから幾つか述べよう。一番は時空制御師最愛様への不敬。続いて数え切れぬ相手への性的虐待、暴行、殺人。最愛の称号と公爵家の名を笠に着ての、貴族として恥を知らぬ振る舞い。どれ一つを取っても極刑すべき罪ばかり……」
「ろぉ、ざ!」
「……私のことは以降女王陛下と呼ぶように」
「く! じょ、おう、へいかっ!」
「謝罪以外は受け入れぬ! フュルヒテゴット様! 神殿が求める贖罪は如何なものでございましょう」
ヒルデブレヒトは呼び方を改めただけで、謝罪はない。
もし癒やしを与えたら謝罪をするだろうか?
しないでしょうねぇ。
絶対癒してはいけませんよ?
夫から駄目出しをされてしまった。
この気絶できない悶絶時間も罰なんだろうし。
わかっているんだけど、あまりに話が進まないよね。
「この罪人の被害者は数えきれませんしのぅ……神殿で未だ癒えぬ身と心を抱えておる者もおりますのじゃ。さて……どんな贖罪が相応しいのか」
フュルヒテゴットも迷う罪深さ。
簡単に死刑にはできないのだろう。
そうなると、苦役になるのかな。
ゲルトルーテと同じ実験体でいいような気がする。
性病薬の実験とか?
色狂いなら相手にも被害が及んでいるだろうしね。
本人は称号と家のおかげで完治したとしても、相手はそうもいかなかったと思うわけですよ。