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『性病薬の実験体でどうでしょう?』
私の思考を読んだ夫が、発言をする
時空制御師の提案が通らないはずはない。
「おぉ! まさしく罪人に相応しい贖罪ですな。さすがは御方様! 人に言えぬ薬を求めて神殿を訪れる者もまた、多くおりますからのぅ」
「ではかの寵妃と同じ系列の贖罪ですわね? 宮廷魔導師館での永劫預かり」
「それだけは、いやだっ!」
「嫌だと言われましてものぅ。罪人には贖っていただかないとならんのですわい。何しろこの罪人……罪を自覚できない絶望的な罪人じゃ」
「ええ、その分もせめて贖っていただかなくては」
「つみ! みとめる! みとめるから! えいごうあずかり、だけは!」
うーん。
これは罪を認めたって言えるのかな。
言えないよね?
「……フュルヒテゴット様。神殿で求めるものは他にございますか?」
「そうじゃのぅ。爵位に関してはそちらで対応してもらうとして……やはり寄附かのぅ」
「ええ、物ではなく、お金であれば何時でもいいように使えますわ。個人資産は全て神殿への寄附にいたしましょう」
「ふざ! ふざけるなぁ!」
「ふざけるなと言いたいのはこちらですわ。何処までも何時までも……愚か極まりない!
こちらといたしましては、爵位の剥奪。謝罪を希望する者への、真摯な謝罪。そして……報復も認めましょう」
報復ができるほどに回復していない者も多くいるだろうけれど。
報復が叶って前に進める者もいるのではないだろうか。
「プリンツェンツィング公爵家は爵位剥奪で資産は全て没収いたします。また公爵家に連なる者で犯罪に手を染めた者たちにも、同じ贖いを求めます」
怒りと悲しみの絶叫が幾つも上がる。
恐らく一番多く参加しているのが公爵家に連なる者たちだ。
諦めの色を載せている者には多少の慈悲が与えられるかもしれない。
たが大半は、納得がいかない! と不満をぶつけてくる。
「資産没収とは、罰が酷すぎるではありませんのっ!」
これまた元公爵夫人のヒステリックな叫び声。
名誉よりもお金なんだね、この人は。
「爵位の剥奪と資産没収は最低限の贖いですの。貴女、今まで公爵家夫人として、何を学んでいらしたのかしら?」
「私に学ぶことなどっ!」
「お前は黙りなさい! 女王陛下、妻が大変申し訳ございません。私が甘やかしすぎた結果にございます」
当主が深く頭を下げる。
公爵家の関係者が絶句しているので、珍しい態度のようだ。
ローザリンデも瞬きの回数が多かったので驚いているらしいし。
「当主の個人資産は全て神殿に寄附いたします。残りの人生をそちらで祈りを捧げて過ごしますこと、大神官様にはお許しいただけますでしょうか?」
頭を上げないままで、当主が言葉を続けた。
公爵家当主の個人資産は、莫大なものだと想定できる。
自分一人だけ逃げようとしているのか。
「ふむ。貴殿だけ、それを望むと申すのかのぅ」
「はい。自分が口を出せば、甘やかす結果になりましょう。己の意思で、申し出るのもまた、贖いではないのかと……」
男性の象徴を失って、今までの人生を顧みた結果の発言かもしれませんよ?
去勢されて穏やかになるケースも少なくないと聞く。
夫の言葉には説得力があった。
当主の言葉に、何人かが一歩を踏み出し、頭を深々と下げたり、カーテシーをしたりしている。
逃げではなく、最後に貴族の矜持を示した……そう感じられる品のある謝罪だった。
「あなたっ! それでも公爵家の当主ですのっ!」
「もう公爵位は剥奪された。今はただの犯罪者だ」
「ひどいっ! 犯罪者の夫なんて、私! 耐えきれませんわ。離縁してくださいませっ!」
息子は母親の血を強く受け継いだのかもしれない。
最後の一線で踏み止まった父親と、踏み越えてしまった母親と息子。
「……フュルヒテゴット様。この場で離縁を認めていただいても、よろしゅうございましょうか?」
「無論じゃ。神殿での生活を望んだ者は、速やかに手配を整えて、神殿へと参るがよい。祈りの場を設けておこうぞ」
「大神官様の御慈悲に感謝いたします」
その言葉が合図だったように、公爵家関係者が二つに分かれた。
反省できた人間とそうでない人間。
できなかった方が圧倒的に多いが、できた人間がいる分だけマシなのだろう。
「ち、ちくしょう! さいごに、時空制御師最愛と! やらせろ!」
久しぶりにそこまでストレートに言われました。
呆気にとられていると、夫の怒りが炸裂する。
「ひぎやぁ!」
うん、グロい。
ヒルデブレヒトの四肢が霧散した。
ドーム状の結界の中で行われたらしく、ヒルデブレヒトは己の血を全身に浴びている。
「あ! あ? は? は!」
自分の身に何が起きたのか理解したくないのかもしれない。
痛みよりも衝撃が強いのかな。
まだ、目も見えていない状態だし。
「ひるでぶれひとぉ!」
狂ったような公爵元夫人の声。
その、声を聞いてヒルデブレヒトも狂った。
「あ、あ、あ、あひゃひゃひゃひゃ! ……ひゃ?」
と思った次の瞬間には、瞳に正気が宿っている。
夫が狂気に逃げるなんて許すはずもないのに。
しばらくは狂気と正気をいったりきたりするのだろう。
多くの人生を狂わせたヒルデブレヒトに、もはや安息はないのだ。
屑な最愛たちの断罪は終了した。
神殿側の代表と王城側の代表と、真っ当な犯罪者の親族を中心にまだまだ詰めなければならない点があるけれど。
私は帰宅を選んだ。
犯罪者の親族に縋られる可能性を消したかったからだ。
本人や元最愛たちの救済や寛恕を求められても困るしね。
「……疲れたー」
皆の温かい出迎えに軽く答えてから、自室のベッドへとダイブする。
ベッドの上でごろごろしている間に、ルームウェアではなくナイトウェアに着せ替えられた。
過保護な守護獣を筆頭に心配性な皆の、無言な眼差しに負けて大人しく休もうと思う。
もそもそと羽布団とシーツの間に潜り込み目を閉じれば、三秒を数えるまでもなく眠りに落ちたようだった。
『麻莉彩……』
『ん? 喬人さん?』
『お疲れ様でした。やはり断罪は消耗するようですね。そばにいてあげられなくて申し訳ありません』
『仕方ないでしょう。そもそもこうして異なる世界にありながら、会話ができるのがおかしいくらいなんですから』
『それは、そうなのですが……』
夢の中での逢瀬。
夫の趣味で構築されているらしく、見知らぬ、けれど心地良く豪奢なホテルの客室……といった印象を受ける部屋にいた。
夫の腕に抱かれて、二人用なのか大きな揺り椅子に座っている。
適度な揺れが何とも心地良かった。
『でも、しばらく断罪はお腹いっぱいですね。王都の拠点も整ったのでダンジョンに潜ってみたいなぁ……』
『ダンジョン、ですか?』
『戦闘はさて置き、採取と探索を楽しみたいです!』
『ああ、王都ダンジョンですか?』
『そう』
無事帰宅した皆がお土産は勿論、楽しいエピソードを披露してくれたんだけど、やっぱり自分の足での踏破を堪能したい。
『でしたら……本拠点を捜しながら、ダンジョンも堪能するプランで如何でしょう?』
なるほど、一理ある。
王都拠点は充実しているが、永住はしない方向。
ときどき訪ねるくらいがちょうどいい。
王都にいると便利屋扱いされそうな気もするしね。
私がいることで神殿や王城が勘違いする可能性は高そうだ。
『うん。楽しそう』
『王都拠点を守る人材も揃いましたから、慣れたメンバーでの移動です。疲れも軽減されるでしょう』
『そんな気がするかも……喬人さんのお勧め本拠点地やダンジョンってある?』
『そう、ですねぇ……』
しばらく悩む気配。
『このあたり、でしょうか』
目の前に突然大きなテレビサイズのモニターが現れる。
『おぉ!』
『一つずつ、説明していきますね』
『よろしくお願いします!』
旅番組を見る心持ちで、モニターを見つめる。
『第一候補はラヌゼーイ。プリッツダム王国の東側に位置します。ここが日本に一番似ている環境なんです。米ダンジョンと魚ダンジョンがあります』
モニターに田園風景が映り込む。
稲穂が黄金色に垂れ下がる様子もいいが、緑が美しい状態も好みだ。
今回は後者。
光を反射する緑が眩しい。
『え! 確定でいいんじゃ?』
『本拠点を構えたらたぶん、神女《しんにょ》扱いになりますよ?』
『神女?』
大きな鳥居が映る。
表情までは見えないが、立ち姿の美しい黒髪の女性にお辞儀をされた。
……リアルタイムでこちらが見えていたとか、ないよね?
『私の最愛ですからねぇ……ラヌゼーイは気合いを入れて手入れをした場所なので、私への信仰心が強過ぎるのが難点なのです』
うーん。
行動を制限されるのは辛いなぁ。
崇め奉られるのも嬉しくない。
困ったときに手を差し伸べるくらいなら我慢できそうだが、毎日困るようなら対応は無理だ。
『私が介入して、敬意を払うぐらいにはできそうですが』
『それならいいかも?』
本拠点とはいっても、永住するわけじゃないしね。
こちらの世界でやるべきことをやったら、あちらの世界へ帰るつもりだ。
何しろこの世界に夫は存在しないのだから。
夫がこちらの世界への永住を希望するなら、同じ選択肢を選ぶけれどね。
『第二候補はタンザンコ。プリッツダム王国の北側に位置します。寒いです。寒さ対策はされていますから、そこまで過ごしにくくはありません。肉ダンジョンと酒ダンジョンがあります』
一面の雪原が映り込む。
猛吹雪の中、巨大な白い狼? が咆哮を上げている。
何故だろう、ロシアが浮かんだ。
酒ダンジョンではウォッカがドロップするのだろうか。
肉ダンジョンは大好きな異世界ノベルで読んで、楽しそうだったから是非行ってみたい。
向こうでは食べられない変わったお肉とか、たくさんあるんだろうなぁ。
美味しい食べ方のレシピと一緒にドロップすれば楽なのにと思う自分は、俗に言うラノベ脳な気がしてきた。
『第三候補はカプレシア。プリッツダム王国の南側に位置します。暑いです。暑さ対策はされていますから、意外に過ごしやすいです。蒸さないのでカラッとした暑さですからね。日陰は涼しいですし。氷ダンジョンと服ダンジョンがあります』
映ったのは砂漠。
暑いというと熱帯雨林も思い浮かぶが、やはり砂漠の印象が強い。
ラクダに似た生き物が荷物を大量に載せて隊列を組んでいた。
一緒に狼らしき生き物が歩いている。
テイムされた護衛代わりの子たちなのかな?
小さい狼がじゃれ合いながら走っている様子が、何とも可愛らしい。
『氷ダンジョン! 砂漠で氷ダンジョン!』
『大興奮ですね? 氷ダンジョンではかき氷やアイスもドロップしますよ。テイムしたモンスターと仲良くなると、美味しいアイスやかき氷を作ってプレゼントしてくれるのだとか』
可愛い系モンスターだったらテイムもしてみたいなぁ。
氷ダンジョンにいるならもふもふだよね、きっと。
どこでも美味しいアイスが食べられるとか、最高じゃない?
初めて見るアイスやかき氷が次から次へと映った。
専門店で見るような豪奢な盛り付けがされた物も多い。
マジックバッグにしこたま詰め込んでおきたいところだよね。
『ルートとしては、カプレシア、タンザンコ、ラヌゼーイが良いと思います。途中には他にも楽しいダンジョンがたくさんあるから、寄ってみるのもいいかもしれませんね』
『この世界、ダンジョンがたくさんあるんだねぇ』
『プリッツダム王国は人に都合の良いダンジョンが多いですよ。他の国では所謂ファンタジー系ノベルで見かけるタイプのダンジョンが多いです。死者も桁違いですし』
『……罠ダンジョンとかもあったりするのかな?』
『ありますねぇ。腕試しにと有名冒険者が挑み、多くが撃沈していますよ』
某有名ローグライク系ゲームを思い出してしまった。
考えた人はしみじみ鬼畜だよね。
攻略させる気がないだろ! ってさ。
『本拠点を他の国にとは考えないの?』
粛清完了したけれど、荒れていた国だしね。
心配性の夫ならば、他国への移動を薦めてくるのかな? と思ったのだけれど、その気配はない。
本拠点候補地は全て国内だった。
『考えませんねぇ。この国は本当にマシなんですよ。最愛が多いのも理由だと思いますが。他の国へ行きたい場合は、必ず相談してくださいね?』
『この国も広くて、旅のしがいがありそうだから、絶対に他の国へ行きたいとは思わないかなぁ……他の国にしかない、私の好きそうなものとかあれば考えるけど』
『好きそうなものはいろいろとありますが、安全を考えると、ここで申し上げるわけにはいきません』
却下されてしまった。
ただでさえトラブルに巻き込まれる体質だからなぁ。
夫の心配も理解できる。
『じゃあ、他国への移動はしない方向で。あ! 召喚とかされたりしないかしら?』
『可能性はゼロではありませんが、対策はしていますので、ひとまず安心してください』
ですよねー。
夫が何もしないわけがない。
もしかして、既に何度か召喚されかけて、阻止をしているのかも。
『ふふふ。無理はしていません。何でしたらこれから、証明しましょうか?』
夫のまとう気配が別物へと変化してゆく。
何処までも甘い眼差しで見つめられる。
私は続く蕩けるような時間に頬を染めながら、そっと目を閉じた。