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「……それで、おば様?どうして月子さんを?」
佐紀子が不思議そうに、野口のおばへ問いかける。
そう、そこは、月子も不思議に思っていた。
佐紀子の縁談を、月子親子が壊してしまった件について、文句を言う為なら、何もわざわざ、月子を客間に呼びつけなくても、おばが裏方へ赴いて皆の前で月子を罵倒すれば良いはず……。
屋敷の女中達と共に、悦に浸っている、野口のおばの意地悪い顔が思い起こされた月子は、頭《こうべ》を垂れたまま、ぎゅっと目を閉じた。
「それがねぇ……」
佐紀子の前だからか、何か裏があるのか、おばの口調はどこか、取り繕った柔らかなものになる。
こうゆう時は、何かがある。月子に無茶難題を吹っ掛けてくる前兆だと、これまでの出来事が思い起こされ、月子の額には嫌な汗が滲んできた。
「どうなさったの?おば様」
佐紀子が、空々しく合いの手を入れている。
「月子にもねぇ、縁談話があるんだよ」
「まあ!月子さんに!」
「そう、お相手は、男爵様なんだけど……」
おばの一言で、場の空気は明らかに変わった。
「なんだか、急な話ですね」
佐紀子が、静かに言う。
月子は、そっと、上目遣いで、前に鎮座する二人を見た。
「月子!人の話を聞いているのかい!」
野口のおばが声を荒げた。
「……そうよ、月子さん、せっかく、おば様が、あなたの為に、良いお話を持ってきてくださっているのに……」
佐紀子が、おばをなだめる事で言うが、その視線は月子には向けられていなかった。
冷たい態度は、きっと、頭を上げろ、こちらを見ろ、ということなのだろう。
いつものことだ、と、月子は思いつつ、佐紀子が言った、あなたの為、という常套句に内心怯えてもいた。
佐紀子の縁談が、こわれかけているのに、そこで、月子にも縁談話というのは、どうもおかしい。
「申し訳ありません……」
頭を上げて、月子は、ひとまず、小さく答えた。
まあ、いいだろうと、と、言いたいのか、野口のおばは、ため息のような息を吐くと、話を続ける。
「佐紀子、これは、お前の縁談をまとめるためなんだよ。だから、しっかりと、聞いておくれ」
「……私の?月子さんの縁談が?」
どうゆうことかと、佐紀子は、大袈裟に首を傾げているが、きっと、おばの意図を掴んだのだと、月子は感じた。
いや、佐紀子は、この話を、すでに知っていたのかもしれない。それを、月子の前で何らかの理由から、おばと示し合わせて、語っているのかも……。
どうあれ、月子への話のはずなのに、結局、野口のおばは、佐紀子の為だと二人だけで、話し合っている。
仮とは言え、家長である佐紀子の了解が何事にも必要と分かっているが、月子もちゃんと話が聞きたかった。
自分へ寄せられた縁談なのだから……。
しかし。縁談とは、家と家の取り決めで、月子の意思など、はなから関係の無いこと。
野口のおばと、佐紀子だけで話し合っているのは、ある意味筋が通ってはいるのだが……。
ただ、佐紀子の縁談をまとめるためと、おばは切り出した。
月子は、そこがどうも解せなかった。いや、そこが、恐ろしくてならない。
自分に、何が降りかかって来ているのかと、月子は、不安に押し潰されそうになっていた。