テラーノベル
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用意や片付けを早々に終え、神殿を出発した柊也とルナールは数時間の道程を経て、峠越えのためのワイバーンを貸し出している店がある地域にまで辿り着いた。途中で魔物にまた襲われたりもしたのだが、それらは全て一瞬のうちに撃退し、『戦闘』なんか無いも同然の早さだった。ルナールの機嫌がすこぶる良かったのが要因だろう。
「——す、すごいね!こんなにたくさん居るもんなんだ!」
柊也は大きな声で言ったのだが、その声は周囲の羽音にかき消されそうになっている。
十数頭のワイバーンが背を伸ばすみたいに翼を広げたり、のっそのっそと歩く振動音が周囲に響く。深みのある赤や緑色をしたワイバーンだらけの広場を前にし、柊也はただただ驚くばかりだ。
「そうですね。我々はこの店の開店と同時に到着出来たので、ほぼ全部のワイバーンがここに集まっているのでしょう」
同時に大人三人程度は背中に乗せられそうな大きいワイバーン達へに近付くにつれ、柊也が少したじろぎ始めた。ドラゴンのような頭にコウモリの翼、足はワシによく似ていて、長い尻尾は若干蛇っぽい。完全にファンタージ世界の生き物だ。
そんな姿をしたワイバーンの一匹と目が合った瞬間、柊也はルナールの背後にさっと隠れた。
(何でこんな生き物がわんさか居るんだよ!此処って僕の世界のは『並行世界』の関係なんだよね⁈きょ、恐竜の進化系か何かなの⁈)
ルナールの服をぎゅっと掴み、『本当にこんなモンに乗れるのか?』と不安がっていると、全く怯えた気配のないルナールの方にワイバーン達の方からわさわさと近寄って来た。
「ん?お前が運んでくれるのかい?」
そう言いながらルナールが手を伸ばすと、一番近くに居たワイバーンが甘えるようにその手に顔を擦り寄せる。すると、周囲にいる別のワイバーンが『ギャッギャッ!』と声をあげ、柊也の体が強張った。彼らは揃って『抜け駆けすんな!ずるいぞ!』と言っているのだが、そんな事は柊也にわかるはずがなく、威嚇されたようにしか思えない。
嫌われた?乗せてもらえない?と、心配でならなかった。
「あはは。そう妬くなって……可愛い奴だな」
不安を抱えながら怯える柊也とは対照的に、ルナールは別のワイバーンの頰も撫で始め、とっても嬉しそうだ。
「お客さんですかー?」
ワイバーンの管理人っぽい獣人が一人、柊也達に声をかけてきた。小さくってずんぐりとしたボディは、珍しく獣の姿に近いタイプの獣人で、太ったアライグマが作業服を着て二足歩行しているみたいな見た目をしていた。
「はい。王都方向にある『記録院』にまで移動したいのですが、この子の借りられませんか?」
「お、ご指名ですか!……いや、違いますね?コイツが勝手に行く気満々になっているだけっすね。あはは、んなにコイツらが嬉しそうなの久し振りに見ましたわー。『仕事なんぞ面倒くせぇ』って態度しか普段しないんですがね!」
「おいおい、ちゃんと働かないとダメだぞ?ご飯をもらっているんだろう?」
楽な話し方をするルナールを始めて見た柊也が、彼の顔を見上げる。『こんな風にも話せるんじゃないか。普段もそうしたらいいのに……』と少し拗ねてしまった。有り体に言えば嫉妬しているのだが、もちろん柊也にその自覚はない。
『はーい!』と言いたげに、ワイバーン達が一斉に頭をあげて、叫び声をあげる。
「ひゃ!」
叫び声に驚いた柊也が怖がってルナールの背中に抱きつくと、彼の顔が一気に破顔した。にやけ顔を真っ赤に染め、咄嗟に手でそれを隠す。『怯えてすがりつくトウヤ様、可愛い‼︎』と叫ばないようにするだけで精一杯な状態だ。
「んだけど、王都までとなると遠いからかなり高くなるけど、いいのかい?払えるの?」
上機嫌のワイバーンの背中に二人乗り用の鞍を着けながら、管理人が訊いてくる。
「主神殿へ請求して頂ければ、一括でお支払いしてくれますのでご心配無く」
「……主神殿?へ?」
管理人がキョトンとした顔をし、鞍を着ける手が止まった。
「こちら、【純なる子】のトウヤ様です」
紹介を受けて、柊也がひょこっとルナールの背後から顔を出す。アライグマな管理人が柊也とばっちり目が合った途端、彼は「そこを先に言えよぉぉぉ!」と叫んだのであった。
「——す、すっごいぃぃ!景色綺麗っ!高いっ!思ったより早いのに意外と揺れが少ないし、快適だねー!」
茶色い縁のある大きなゴーグルを目元に着け、ワイバーンの背中に乗る柊也が嬉しそうに叫んだ。
元の世界よりも開発の進んでいないこの世界は圧倒的に森の面積が広く、何処まで進めども美しい森が広がっている。王都を出発してから自分達がどのくらいの距離を移動していたのか地図を見てもいまいちピンときていなかった柊也だったが、空から見て目的地の遠さを実感し、ちょっと自分の足を褒めたくなった。
(んなに移動してたんだ……。まぁ、もう此処に飛ばされたから、二ヶ月くらい経ってるもんなぁ)
しんみりした気分になっていると、柊也の後ろに座るルナールが彼をぎゅっと抱き締めた。
「これでもかなりゆっくり飛んでくれていますよ、この子は。きっと揺れで具合悪くならないよう、気を遣ってくれているのでしょうね。後で頭を撫でてやるといいですよ、喜びますから」
「……そ、それはルナールがやってやったら?かなり好かれてるしさ」
拗ねた声で言った柊也だっが、ルナールがそっと頭に頰を擦り寄せてきた瞬間、そんな気持ちはあっさりと吹っ飛んだ。
「それにしてもさ、さっきのは可愛かったなぁ」
「さっきの、とは?」
柊也が何の話をしているのかピンとこないルナールが、軽く首を傾げた。
「管理人さんだよ。僕が【純なる子】だって知った途端に『金なんかいらねぇから治して!治してぇ!』って僕の脚にしがみつきながら叫んでさ、ワイバーン達まで笑ってたでしょ。……アレって笑ってたよね?違った? 僕の勘違い?」
「いいえ、確かに笑っていましたね。本当に(ワイバーンは)可愛かったです」
「だよね!(管理人さん)すっごく可愛かったわぁ」
微妙に話が噛み合っていないまま、会話は続く。
「最初は完全にアライグマになっちゃった『呪い』なのかと思ったけど、違ったなんてなぁ」
柊也達が先程聞いた話によると、アライグマな管理人のラヴールはワイバーンと会話が出来る特技があるらしい——いや、あったらしい。
だが、十年程前。仕事中にワイバーン達と軽い喧嘩になり、勢い任せに『煩いな!お前らは黙ってろ!』と言った途端、全く言葉が互いに通じなくなったそうだ。丁度この辺りでも呪いの感染報告が少しずつ出始めていたので『オレも呪われた!』と確信したのだが、だからこそ諦めざるおえなかったらしい。
柊也が銀のブレスレッドを取った途端、ラヴールが『お前ら好き放題言ってんじゃねぇよ!』と涙をボロボロこぼしながら叫んだもんだから、嬉しいのか怒ってるのか不明な反応を前にして、柊也はただ微笑んでみせたのだった。
「みんなも喜んでいましたよ。この子達のストレスも軽減出来たので良かったです」
ルナールの言葉を聞き、ワイバーンが頭を軽く上げて『クアッ!』と嬉しそうに声をあげた。
「役に立ててよかったよ」
そう言った柊也の顔にはもう、ワイバーンへの怯えなどはなかった。
「もう少しですね、見えてきましたよ」
柊也とお揃いのゴーグルの奥で目を細め、ルナールが前方を指差した。だが、柊也には雲が薄っすらとかかった富士山のシルエットしか見えず、ルナールが何を見てそう言っているのかわからない。
「え?僕には樹海しか見えないけど……」
目を凝らしながらきょろきょろと周囲を見回す柊也に対し、ルナールが「あの山のように見える大きな建造物が、記録院バベルですよ」と言った。
「…………は?」
柊也がルナールの言った言葉を受け入れきれず、言葉を失った。
「目の前の山みたいな物が、目的地の『記録院』です」
「は……——はぁぁぁぁぁ⁈」
遠目では富士山のシルエットにしか見えなかったそれは、確かに柊也の知る富士山と似たような外観をしてはいたが、徐々に近づくにつれ、ルナールの言う通り、とてつもなく大きな建造物だった。
遥か昔、神に挑戦しようとして作られたバベルの塔に似た風貌と圧倒的な巨大さは圧巻の一言だ。完成はしておらず、上の方の不完全さがより富士山らしさを醸し出している。
「デカすぎだろぉぉぉぉ!」
「まぁ確かに。ですが、此処はこの世界中の知識や記録を全てを一括管理している場所なので、こんなものでは?」
両極端な反応をした二人が、記録院バベルにワイバーンと共に向かって行く。滑空しながら記録院の正面を目指し、柊也達は振り落とされぬようしっかりとしがみついた。
建物に近づけば近く程、絵でしか見たことの無い『バベルの塔』とあまりにも類似した姿は、柊也から『驚く』以外の感情を奪う。
側に寄ったおかげで、この建物はもう未完のまま長い期間放置されている事に二人は気が付いた。あまりに大き過ぎて途中で造るのに飽きたといった感じがあり、実物を観るのは柊也と同じく初めてだったルナールがくすっと笑った。
——バサッバサッと音をたてながら、ワイバーンが記録院バベルの正面入り口だと思われる、巨大な扉の前に降り立った。体を低くし、柊也達が背中から降りやすい姿勢になってくれる。
ゆっくりとワイバーンの背中から二人が順に降りると荷物もおろして、側にドンと置いた。
「ありがとう、とても助かったよ」
ルナールがワイバーンの頭を撫でると、ワイバーンが大きな目をスッと細めて、猫みたいに喉を鳴らす。柊也がそんな二人の様子をじっと見ていると、ワイバーンは柊也にも撫でるよう催促してきた。
大きな口先で手を軽く押され、柊也が強張る。
「怖くないですよ?さぁ」と言いながらルナールに手を掴まれ、柊也は誘導されるまま半強制的にワイバーンの鼻先に手をそっと置いた。
「わぁ!」と最初は声をあげた柊也だったが、温かなワイバーンの体温と鱗肌の感触が意外に気持ち良くって、彼はすぐ撫でる行為に没頭しだした。
もふもふふわふわなルナールの尻尾や獣耳とは違う心地良さに柊也がうっとりとした顔になっていく。その事に気が付いた途端、ルナールはワイバーンから柊也の手を引っぺがした。
「もういいでしょう、さぁ帰っていいですよ!」
嫉妬心丸出しでそう言うルナールに対し、ワイバーンが一瞬目を見開いたが、色々察したように頭を軽くさげた。そしてすぐにその場から飛び立ち、店のある方向へと戻って行ったのだった。
「行っちゃった……」
怖がっていた自分など存在しなかったかように、柊也が寂しげな顔で遠ざかるワイバーンの姿をじっと見送る。少しだけルナールはムッとしたが、気持ちを察して、表面には出さなかった。
「入りますか、トウヤ様」
「あ、うん。そう——」
だね、と続けようとした言葉が柊也の中で消えた。
上空から見ていた時も『大きいな』と思っていたが、正面に立つと、余計にその建造物の大きさを実感する。巨大過ぎる建造物はもう上の階層は雲の中にあって目視出来ず、入り口と思われる扉は二足歩行型の機械兵器が余裕で何体も出入りできそうなくらいだ。石造りなうえにかなり古風なデザインだというのに、どうしてこれが自重で崩れていかないのかと、柊也は疑問しか抱けなかった。
『こんなもんどうやって開くんだ?』と、扉を前にした柊也が不思議に思っていると、彼らの来訪に気が付いた管理者が開閉のための魔法を使った。『開き扉』だと思っていた物が真ん中から割れ、横へと動いていく。『引き戸だったのか!』と柊也が思っていると、中から一人の男性がゆっくりと出て来た。
出て来たが……ここまでは、あのペースだといつたどり着くんだろうか?と、柊也は思った。
かなりの距離を感じる。背景にある建物が大き過ぎて遠近感も狂っており、どのくらい彼と柊也達が離れているのかもわからない。男からは敵意を感じないので、ルナールが「こちからも向かいましょうか」と柊也に提案した。
「そうだね。このまま待っていても、いつ話せるかって感じだし」
柊也が苦笑し、ルナールも同じような笑いを彼に返した。
銀色の髪をルナールの様に後ろで一本にまとめ、右目にはモノクルをつけた長身で細身の男性が柊也達と合流した。彼は執事のようなデザインをした真っ黒い服を着ており、二人の前で恭しく頭を下げる所作は完璧で、柊也はこの男を完全に『執事である』と認識した。
「ようこそいらっしゃいました。はじめましてですね、柊也お義兄様。私は義弟のセフィルと申します。以後お見知りおきを」
そう言って、セフィルと名乗った男が再び深々と頭を下げる。だが柊也には彼の言葉の意図が何もわからず、ただ「…… ん?」とこぼしながら、釣られて頭を傾げる事しか出来なかった。
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