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第15話:勇者失職
「アルル・ヴィノエ。
あなたは本日をもって、“選定勇者”の資格を剥奪されました」
冷たい声と共に、銀の紋章が剥ぎ取られる。
彼女の胸元から外されたその“証”は、地面に落ち、重たい音を立てた。
アスティアの議会室。
正義を語る男たちの前で、アルルは一言も返さなかった。
「魔王に情を持った者に、勇者の剣は握れまい」
「この者はもう、ただの少女だ」
……そう。もう、彼女は「勇者」ではなかった。
数日後――
アルルはひとり、魔王城の門前に立っていた。
金のポニーテールは乱れ、目元には疲れがにじむ。
それでも、口元には噛みしめたような強さがあった。
門を開けたのはトアルコだった。
「あ……アルルさん。……来てくれて、嬉しいです」
「……喜ばないで」
彼女は低く呟いた。
「ここしか、来る場所がなかっただけ」
城に入った彼女を、側近たちは複雑な表情で迎える。
「……剣を置いてきたのか」
リゼが訊く。
「捨てたの。もう“誰かを守る”とか、“正義”とか、言いたくない」
アルルの声には棘があった。
その夜。
トアルコは彼女のために、甘くて柔らかいスープを用意した。
「今日は、少し甘めにしてみました。……苦い日には、これがいいかなって」
「……そんな気遣い、しないでよ」
「私は、“あんたを討てなかった”ただの敗者よ」
トアルコは黙って、スープの鍋を見つめた。
「……それでも、ぼくはアルルさんが来てくれて嬉しいです。
“居場所がなくなった人”に、ここを選んでもらえるのは……すごく、ありがたい」
アルルの瞳が揺れる。
「……バカじゃないの」
「よく言われます……」
しばらくして、彼女はスプーンを取った。
一口、口に含んだあと――そっと、目を閉じた。
「……温かいね」
「よかったです。冷めてたら、ちょっと寂しいですから」
その夜、アルルは魔王城の片隅に、新しい部屋を与えられた。
そこに“勇者”の証はなかったけれど――
ほんの少しだけ、“人としての自分”を思い出せる場所が、あった。