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「樹君、わかったよ。沙也加、樹君には立派な婚約者がいらっしゃるんだ。諦めなさい。お前が前を向けば、見える世界も変わる。私も、お前には幸せになってもらいたい」
「お父様……私……」
お父さんに抱きついて泣く沙也加さんに、本当に申し訳ない気持ちになった。
お母さんも、娘さんを一生懸命励ましている。
すごく仲の良い素敵な御家族だと思った。
「樹君、沙也加のことは心配しなくていい。君は、間宮さんと幸せになりなさい。あと、うちとの契約は今まで通り、よろしく頼むよ。樹君、柊君には、大いに期待してるんだからね」
「社長……本当にありがとうございます。綾元家、皆様の幸せを心から願っています」
私達は深々と頭を下げ、その部屋を出た。
沙也加さんのことはよく知らないけれど、樹が願うなら、私も沙也加さんの幸せを一緒に願いたいと思った。
そして……
願わくば自分自身も幸せになりたいと……心の片隅で思ってしまった。
帰りのタクシーの中で私は樹に聞いた。
「本当にこれで良かったの?」
「ああ。俺は、沙也加を女性としては見ていない。近くにいてあいつの気持ちを惑わせるより、キッパリ離れた方があいつのためにはいい。俺に執着しなければ、沙也加なら新しい相手がすぐに見つかるはずだ」
そうだよね……
あんなに素敵な人、周りがほっとかない。
本当に……綺麗だった、しかもお金持ちで。
あんな風に生まれたら、きっとお父さんが言ったように、世界はものすごく広く見えるのかも知れない。
でも、私は……狭い狭い世界で、必死に何かにしがみつきながら生きてる気がする。
それぞれ、環境が違うんだから仕方ない。
だけど、私も、もっと広い視野で物事を見ないといけないと思った。
マンションに着いて、息付く間もなく、樹が私に話しかけた。
「……柚葉」
「えっ? あっ、樹、今日はありがとう」
「……ああ、いや、今日は……」
樹の態度がちょっと気になる。
何か言いたい事があるの?
「どうかした?」
「いや、今日は……お前に言いたいことがあってあの店に連れていったんだ。でも、たまたま沙也加に会って」
「そうだったんだね。何かあった?」
仕事? まさか柊君のこと?
何だか聞くのが怖い気がした。
「柚葉、俺、クリスマスに告白したよな」
「えっ……あっ、うん」
忘れるはずがない。
急激にあの時のことが思い出される。
「確かに答えを急がせるつもりはない。もちろん、いつまででも待つ」
私は、ゆっくりとうなづいた。
「だったら……」
「……?」
「だったら、その先のことも一緒に考えてもらった方がいいと思ってる」
「その先のこと?」
樹は、ほんの少しだけ私に近づいた。
スーツ姿の樹から、フワッといい香りがする。
「柚葉。お芝居じゃなく、ちゃんと俺の……」