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3 - あゝ、乙女よ恋煩うのだろう。

♥

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2025年07月25日

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つまらない授業に、つまらないクラス。

私は退屈に塗れて机に突っ伏す。

何故この高校を選んだのかと聞かれると言葉に詰まる。別に魅力を感じていないわけではない。

目標も夢も無く、ただ偏差値で選んだ高校。

楽しさなんて見出せなくて。

校庭をチラリと見れば、 葉桜になりつつある桜木が見える。ゆったりとした春風に揺られて無抵抗に花を散らしていた。

詩人になったかのように思いにふけている間は、閉鎖的な心を満たしてくれる気がした。


何も変わらない概ね平穏な日々は、夏という苦痛の時期に変わりつつある。

桜の代わりに咲き誇る紫陽花は、梅雨の花というイメージが一般的であるのに、もう時期向日葵と並び咲きそうだ。

夏の代表的生物である蝉はまだ居ないように感じるが、きっと地中で1、2週間だけの青空を待ち望んでいるに違いない。

はぁ…とよく分からないため息をついて、私は図書室へ歩みを進める。

あの空間は、私がこの高校に進んだ一番の理由と言っても過言ではない。

私立であるこの高校は、設備が綺麗で広い。相当お金をかけているだろう。

無類の本好きだと自負する私は、授業からの解放感から浮き出す足を抑える余裕など無かった。


ガラガラ、と音を立てて引き戸を引けば、私にとっての隠れ家でありシャングリラが待っていた。

サンクチュアリでも良いかもしれない。

ぼんやりと心底どうでもいいであろう事を考えながら、何を読むか考える。

前回は限界まで心理学の本を読み漁った。前々回は歴代天皇について。天皇って直系では無くとも実在した資料がある10代天皇くらいから現在の天皇まで血が繋がっているらしい。初代あたりを含めなくとも相当長い一族だと思い知らされる。

私自身は子孫など残せるのか疑問が残るけれど。

この10年と5年ちょっとの人生じゃ、恋愛や親愛の情というのがよく分からなくて。

異性になんと思うのが正解かも分からないし、良い人を紹介してくれる友人も居ない。

自分の周囲は何とも寂しい人間関係だと、改めて思い知らされた。

この気持ちを吹き飛ばそうと、首をブンブンと横に振る。

まるで迷宮のような図書室には、斜陽の日差しが入り込んで、無垢な静けさと年季を感じる美しくさを引き立てていた。


どこか哀愁を思い浮かばせる、触れられることは少なかったであろう本棚の間をすり抜けると、お気に入りの読書スペースがある。

第一、あそこは読書の為にある空間ではないけれど。

別に私は優等生でもないし、ここを気にかけて来るような生徒も先生も居ない。

そう、思っていた。

窓際に座る男子がぽつり、と異物のようにそこに存在していた。

名前も知らない誰かが、誰も読まない本の近くの窓際の座れるスペースにいる。

私にとっては、まさしく晴天の霹靂であった。

そんな私はいつまで彼を見ていたのだろう。短いようで果てしないような時間が経った時、文字から目を離した彼は私を見つめた。

沈黙。それが私達二人の間に奔った。

しかし、それも一瞬。

「君も…ここで本を読んでるの?奇遇だね!」

静けさが嘘のように快活な声が響く。

これが私達の出会いだった。


それから少し交流して分かったのは、彼もやはり読書好きであること。そして、良い空間を探した末にあの場所へ辿り着いたこと。

そして、己の同類を探していたこと。

つまり彼は、私のような自ら図書室に行く本好きを探していたらしい。

野球かサッカーか、はたまたテニスか。どこかの部活の雑音が無音の空間に届く。

読書同好会があれば良かったのに、なんて叶わぬたらればを考えてしまう。

そんな実にくだらないことを考えていると、無音である部屋が明るい声色で満ちる。

「どうしたのさ?暗い顔しちゃって?」

彼は読書好きとは思えない程に、朗らかな。惹かれるような。そんな人だ。

彼が窓に寄りかかる私を、横で見下げる。窓とは逆の空を一瞥すると彼が直ぐ側に見えた。

「ここにいると私達しか世界にいないように感じるの。…何だか寂しいと思ってね」

そう言うと彼は、そっかぁと一言漏らしてから何か複雑そうな顔をし始める。

もしかしたら彼は私という同志と二人っきりで好きなことを共有することの方が好きなのかもしれない。

「でも、ここで二人だけで話すのも内緒話みたいで好きよ」

彼の顔が少し上がる。そして、ドカッという音を立てながら床に座り込んだ。

「…お願いしてもイイデスカ」

唐突な敬語口調に心の中でなんだそれ、と笑いながら私は首を捻る。

「良いけど…何を?」

しばしの沈黙。余程言いづらいのか、はたまた彼が願い慣れていないのか。

私には判断つかなかった。

「俺と…」

クーラーの風が周囲を掻き分ける音、窓から誰かの声やボールの音。色んな音があったのに。

今だけは何の音も聞こえない。

「夏祭り行きませんか…?」

理由は最早分からなかったけれど、ふふっと思わず吹き出してしまった。

心底彼と出会えてよかったと思う。

「わ、笑わなくたって良いだろ!」

「ふふ…ごめんごめん…いつもとちょっと違うから笑っちゃった…」

もう!とでも言いたげな拗ねて膨らんだ頬に手を伸ばす。そして、口の中の空気をプシューッと抜いてあげた。

「行こっか、夏祭り」

少し唖然としたような顔も一瞬。すぐに嬉しそうな表情を浮かべる。

コロコロと変わる百面相ならぬ千面相と彼を見ているのは、とても面白い。

「やった!どんなとこ行こうかな〜 」

「私は久々にリンゴ飴でも食べたいわね」

「俺も食べる! 」

嗚呼、今年の夏はとても楽しくなりそうだ。

これが私達の恋の始まりであった。

この作品はいかがでしたか?

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コメント

4

ユーザー

ぬんさん、お久しぶりですね!!!! お元気そう(?)で何よりです!! 久々の投稿めちゃくちゃ良きでした! すんごい青春してて見てて微笑ましかったです、、、リアルでもこんなのあったら絶対楽しいんだろうなぁ〜 短編集なのに続きを求めてしまいます!文章のクオリティ高すぎて本当尊敬します 参加型と君と夏の投稿も楽しみにしてますね! 自分のペースで頑張ってってください!!✨

ユーザー

まず、凄く久しぶりになってしまいすみません! 作者のぬんです… 夏には完結させると言っていた作品があるにも関わらず…こんなに投稿が久々になってしまうとは… しかも本筋には関係ない単発短編になりましたからね…君と夏の1話分よりは長いですが… 参加型も構成は出来てるのに大事な部分進んでないですし… 頑張って投稿していきますので、どうか暖かい目で見守ってくださると幸いです。

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