「分かりやすい嫌がらせとか、いじめはなかったです。兄妹ともに常識人でした。ただ、……なんだろう。……兄妹だけになると継妹が露骨に不機嫌になったり、継兄がソワソワしていました。だから申し訳なくて、家に居場所がなかったんです」
「分かる。うちも似た感じだった」
尊さんは溜め息をついて、皮肉っぽく笑う。
「完成した家族に参加するって微妙だよな。住んでいる家は他人の家で、持ってきた私物以外はすべて他人の物。自由に使っていいのか分からなくて、遠慮していたら『自分の家のように振る舞え』って言われるけど、そうもいかない」
「それ! 最初の半年ぐらいは安眠できなくて、ちょっと不眠気味でした。学校が変わらなかったのは幸いだったかな。あれで友達もいなかったら、どうなってたか……」
やっぱり尊さんは理解してくれる。
自分の中で一番デリケートな部分を打ち明けているのに、こんなに安心して話せる人がいるとは思わなかった。
お互い状況が違うし、何から何まで同じではないから、すべて理解し合えるとは思っていない。
でも察して、想像を働かせる事はできる。
「……だから私、家では気持ちが休まらなくて、学校での付き合いを大切にしたんです。親友とか昭人とか……」
話が昭人に繋がり、尊さんは納得したように頷いた。
「昭人とは、彼から告白されて付き合いました。昭人はクラスの目立つ系グループに属していて、一歩退いたところで静かに笑ってる感じの人でした。私は周りから浮いていたというか、無邪気にはしゃげずにいました。厨二っぽく斜に構えていたとかじゃないんですが、皆と一緒にいても、心がそこになかったというか」
「ん、分かる」
「周りからは『大人っぽい』と言われていましたが、そうじゃなくて……。学生生活を心から楽しむ余裕がなかっただけなんです。私はいつも、自分の殻にこもっていただけ」
尊さんは頷き、お茶を飲む。
「そんな私を見て、昭人は自分と雰囲気が似てるって思ったんでしょうね。『上村さんとは話が合うと思う』って言って告白されました。最初から彼を好きだった訳じゃないんですが、……彼氏ができたら寂しさや空しさを埋められるのかな……と思って付き合いました。……昭人とは映画館や美術館、水族館に行きました。公園を当てもなくブラブラ歩いたり、図書館で本を読んだり。お互い饒舌ではなかったけれど、そういう付き合い方がとても楽でした」
私は息を吐き、葡萄ジュースの残りを飲み干したあと、手酌でボトルからもう一杯分を注ぐ。
「エッチする仲になっても私の心は乾いたままだったというか、抱かれれば抱かれるほど、昭人から心が離れていくように感じました。大して気持ちよくないのに彼だけが喘いでいて、その姿を見ていると急に気持ちが冷めてしまって、エッチをしたくなかったんです。エッチを拒んでも昭人は怒りませんでしたし、浮気もしなかった。……でも、少しずつ心が離れていったんでしょうね」
「田村クンと価値観、合わなかっただろ」
尊さんに言われて私は少し考え、頷いた。
「普通に付き合うだけなら良かったかもしれませんが、深い話をするのは苦痛だったかも。彼が悪い訳じゃないし、嫌な事を言われた訳じゃありません。でも昭人の悩みは〝家族が皆生きている人〟の悩みなんです。勿論、『あなたの両親は生きていていいよね』なんて口が裂けても言いませんでした。……でも、『親が……』とか『兄貴が……』って話を聞いていると、彼がとても甘えているように感じてきつかったです。その精神的なズレがどんどんつらくなっていったけど、ずっと付き合っている人だから離したくなかった。……離せなかった」
私は大きな溜め息をつき、こみ上げた涙を拭う。
「……いつだったか昭人の友達と飲んだ時、昭人が席を立った時に言われたんです。『いい加減、あいつを解放したら?』って。その時は『何言ってるの?』とムカついて無視しました。……でも今なら分かる。……昭人は優しいから私に付き合ってくれていたし、私が抱える悩みも理解して側にいようとしてくれた。……けど私は恋人らしい関係を築かなかったし、彼もつらくなったんだと思う」
私は息を震わせ、涙を流す。
「……私はただ、孤独を埋めてくれる昭人に依存していただけだった……。彼の幸せなんて、何も考えてなかった……っ」
一年経って、自分の心を整理しながら話して、ようやく理解した。
昭人は悪くない。
彼は私より自分の人生を選び、結婚しても幸せになれない|女《わたし》を切り捨てただけだ。
そっけなく振ったのも、期待を持たせないためだったかもしれない。
なのに私は……っ!
コメント
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朱里ちゃん、自分を責めては駄目❗️😢 朱里ちゃんと昭人、どちらかが一方的に悪いとかは 絶対に無くて.... お互いが、 互いに寄り添えなかった。 つまり、二人は合わなかったのだと思うよ😔