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次の日、家に届けられた姿見を自分の部屋にセットした。わりと存在感があって部屋が狭く感じるうえに、“これは夜中怖い”やつだ。カバーをかけないと、夜は眠れなくなりそうだな、なんてことを考えていた。
「よし、と。あとは伊万里に連絡してと」
私は娘にアドバイスをもらうために、LINEをした。
《来週の土曜日なら行けるよ。その前に、お母さんの毎日の出勤時の服を写真に撮っておいて》
〈ん?普通の服だよ〉
《いいから。意外なことに気づくかもよ》
〈そんなもの?〉
言われた通りに出勤前に、その日の服装を写真に撮っておく。姿見のおかげで、全身をパッとチェックできるのは、ありがたい。着ていくものがすぐに決められる。
___もっと早く買えばよかったな
伊万里が来るまでに、8枚の写真が撮れた。
◇◇◇◇◇
「どう?残す服と処分するのは決まった?」
「なかなか決まらないのよ、だから、伊万里にも手伝ってもらおうと思って。それにさ、まだ着れるのに捨てるのはねぇ、躊躇しちゃうよ」
もう着ないと思っても、新品同様の服だと捨てるのがためらわれる。貧乏性なのだろう。
「あ、そうだ!これ見て」
伊万里がスマホの写真を見せてくれた。そこには何かのポスターがあった。
「これ、来月やるみたいだから、ちょうどいいと思う。まとめておけば?」
ポスターをよく見ると、少し離れたところにある会社が主催して、着なくなった服を海外に送るというイベントをやるみたいだ。清潔なもの、破れたりしていないものならなんでも持ち込みOKらしい。
「え、ちょうどいいじゃん!捨てるより気が楽だ」
「でしょ?さぁ、これで気兼ねなく処分できるよ」
捨てたくないけどリサイクルに出すのも億劫になっていた。誰かの役に立つなら、それはとても気持ちが軽くなる。
「で、写真は撮った?」
「うん、ほらこんな感じ」
伊万里は私からスマホを受け取ると、スクロールして写真を見ている。
「あー、やっぱりか……」
「え?なにが?なんかおかしい?」
「ちょっと待ってね、持ってきたんだよね、教科書的なやつ」
バッグから何やら雑誌を取り出す伊万里。それは私くらいの年代のための情報誌だった。
「ほら、これ見て」
開かれたページを読む。
【クローゼットには、たくさんの洋服があるのに、“着る服がない”と言ってしまうあなた】
そんな見出しだった。
「わかるーっ、なんでだろうね」
「ね、お母さんの写真見て。通勤服だからかもしれないけど、毎日だいたい似たような感じだよ」
「ホントだ、毎日それなりに考えてるつもりだったのに」
言われてみれば、色もベージュ系が多くて幅広いパンツが多い。朝出かけるときは時間がないからあまり考えずに選んでいるからだろうか。
「だいたいのパターンが決まってるのかもね、お母さんの中で。だから1番よく着る通勤服は、こんな感じでいいんじゃない?」
洋服の山の中から、似たような色合いのシャツやニット、ワイドパンツをハンガーにかけていった。
「お母さんはこれだけを着回してるみたいだよ。ということは通勤服はこれでよし」
上下4着ずつ。
「なるほど、そうやって全部ハンガーにかけてあると、探さなくて済むね。それだけあれば少し変えて月曜日から金曜日までいける。あとはお出かけ服だ」
「そこでこの本の出番だよ。私はプロじゃないし、お母さんの年代のコーディネートってわからないから。これを見て着たいコーディネートを決めて、それ以外の服はここに入れる。思い切ってどんどんここに入れちゃってさ。来月、さっきの海外に送るイベントまで引っ張り出すことがなかったらもう必要ないってことだから、そのまま持っていくといいよ」
伊万里は持ってきた紙袋をいくつか広げた。
「なるほど!わかった、やってみる」
それからあとは、雑誌を見てイメージを決めたら、そのイメージに合わない服をどんどん選り分けていった。サイズが合わない服も何点かあって少しばかりショックだったけど。
「できるだけハンガーにかけておくといいみたいだよ。たたんでしまい込むと、あることを忘れてまた似たような服を買ってしまうことがあるみたい」
「わかる!それもよくやってた。はぁ、無駄なこといっぱいしてるなぁ」
あーでもないこーでもないと言いながら、どんどん仕分けていったら、クローゼットの中身は3分の1ほどになって、スッキリした。風通しもよくなったし、何より自分が今どれだけの洋服を持っているか、一目瞭然だ。
「この際だから、下着と靴下もやってしまお」
勢いづいた私は、引き出しに無造作に詰め込んでいた下着と靴下も全部引っ張りだした。もうレースがヨレヨレになっていたり、ゴムが伸びているものもある。靴下なんて片方しかないのもいくつかあった。
「なんでこんなものもとっておいたんだろう?」
いつかやろうと思ってまた仕舞い込んでいたんだろうな。やらなきゃいけないと思いつつ、後回しにしてたことばかりだ。
「私、そろそろ帰るよ。あとはお母さん頑張って!」
気がつくと夕方5時を過ぎていた。
「うん、ありがとう。この勢いでスッキリさせちゃうわ」
晩ご飯は食べに行くことにして、おびただしい衣服を一気に片付けた。ものすごく疲れたけど、ものすごく気持ちが晴れ晴れとした。何がどこにあるかわかるし、ハンガーにかけてあるからコーディネートしやすい。
そして不思議なことに、片付いたクローゼットを見ていたら、新しく洋服を買いたいという欲求が消えていた。