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求愛の失敗。
そして、日に日に深まっていく「最高神Roblox」への消滅の恐怖。
二つの出来事は、テラモンの心にひとつの重大な決断をもたらしていた。
「私は……神であることを捨てる」
その言葉を口にした瞬間。
テラモン自身でさえ、胸の奥に妙な寂しさを覚えた。
だが、決意は揺らがなかった。
神であり続ける限り、絶対者の審判から逃れることはできない。
ならば。
全知全能の権能も。
神としての地位も。
世界を好き勝手に書き換える力も。
すべて捨ててしまえばいい。
不完全で。
儚くて。
ちっぽけな、一個の人間になる。
「シェドレツキー」という名の、ただの人間へ。
そうすれば。
最高神の粛清から逃れられるかもしれない。
ビルダーマンやドゥームブリンガーと同じ地平に立って、普通に笑って暮らせるかもしれない。
そして何より。
1x1x1x1も、自分と一緒にいられる。
テラモンはそう考えていた。
だが。
その決断が、1x1x1x1にとって何を意味するのか。
テラモンは、まだ理解していなかった。
神界の奥深く。
普段は誰の目にも触れない異界の祭壇に、テラモンは立っていた。
周囲には巨大な魔法陣。
床には複雑な神代文字。
蒼白い光が渦を巻き、漆黒のローブを激しくはためかせている。
これから行うのは、「肉体変生」。
神力を削ぎ落とし。
神格を封じ。
肉体そのものを書き換える。
神から人間へ。
それは、神であるテラモンにとって、自らの存在そのものを作り変える危険な儀式だった。
当然、苦痛も尋常ではない。
そのため、儀式が完了するまで外部との接触は完全に遮断される。
神力も完全に封印される。
つまり。
一度始めれば、テラモン自身にも外の世界へ干渉することはできない。
儀式の間へ入る直前。
テラモンは振り返った。
そこには、赤いケープを羽織った1x1x1x1がいた。
「……すまない、1x」
「…………」
「少しの間だけ、大人しく待っていてくれ」
1x1x1x1は黙っていた。
ただ、赤い目でテラモンを見つめていた。
「すぐ戻る」
テラモンはそう言って、祭壇へと歩いていった。
そして。
扉が閉じた。
カチャン。
「…………」
1x1x1x1は、その場に取り残された。
しばらく。
何も起こらなかった。
やがて。
あおっちӦ(あおあお)
191
タイナ
30
#シェドレツキー
「……待っていろ?」
小さな声が漏れる。
「大人しく……待っていろだと……?」
赤い目が、ゆっくりと細くなる。
テラモンは、人間になろうとしている。
神としての権能を捨てようとしている。
自分を生み出した「混沌」そのものを手放そうとしている。
それは。
1x1x1x1にとって――。
自分自身を否定されるのと同じだった。
「…………」
1x1x1x1は自分の胸元を握りしめた。
(俺は……)
(お前の中の悪意と恐怖から生まれたんだぞ……?)
(神のお前が人間になったら……)
(お前の中の『混沌』から生まれた俺は……)
「……一体、どこに行けばいいんだよ」
声が震えた。
もしテラモンが人間になったら。
自分を見てくれなくなるかもしれない。
あの温かい手で頭を撫でてくれなくなるかもしれない。
自分を置いて、人間の世界へ行ってしまうかもしれない。
「…………」
胸の奥が痛い。
寂しい。
怖い。
そして。
猛烈に腹が立つ。
「俺は……」
ギリッ。
小さな拳を握る。
「俺は……お前に捨てられるのか?」
その瞬間。
1x1x1x1の中で、何かが弾けた。
「……ああ」
濃緑色の炎が、身体から漏れ始める。
「……ああああああっ!!」
ボォォォォン!!
爆発的な炎が周囲を包み込んだ。
「バカテラモン!!」
緑のドミノ・クラウンが怪しく明滅する。
半透明の身体の奥で、黒い肋骨が軋む。
「俺を捨てるな……!!」
炎がさらに膨れ上がる。
「俺だけを見ろぉぉぉっ!!」
その叫び声と共に。
空間そのものが震えた。
1x1x1x1は、赤いケープを翻しながら空間へ手を突っ込む。
ズブッ。
「…………」
そして。
グッ。
何かを掴む。
「見ろよ……テラモン」
引き抜かれたのは。
紫と緑の毒気をまとった巨大な大剣。
伝説の七つの剣の一角――。
ヴェノムシャンク。
その刀身から、見るだけで嫌な予感を覚える毒のエネルギーが噴き出している。
1x1x1x1はそれを握りしめた。
赤い目から、涙が一筋だけ落ちる。
「お前が俺を見ないなら……」
大剣を振り上げる。
「お前が愛したこの世界を――」
そして。
「全部、俺の毒で腐らせてやる……!!」
ヴェノムシャンクが大地へ叩きつけられた。
次の瞬間。
ズズズズズ……!!
地面を走る亀裂。
そこから紫と緑の毒が噴き出した。
世界を構成するコードそのものが、毒に侵食されていく。
「…………!」
建物が崩れる。
地面が腐る。
空間の一部が、まるで壊れたデータのようにドロドロと溶けていく。
神々の庭園も。
美しく整えられていた建造物も。
すべてが黒紫色の腐食に飲み込まれていった。
1x1x1x1が笑う。
「見ろ!!」
ヴェノムシャンクを振り回す。
「俺の力だ!!」
さらに毒が広がる。
「俺はこんなに強いんだぞ!!」
空間が裂ける。
「こんなに凶暴なんだぞ!!」
毒に触れたプレイヤーや精霊たちが、次々と倒れていく。
正常なリスポーンすら機能しない。
やがて彼らは。
生気のない赤い目を輝かせる、腐敗したゾンビへと変貌していった。
「ハハハハハ!!」
1x1x1x1は笑いながら、ゾンビの群れを率いた。
建築神ビルダーマンの領域へ。
天界の悪魔ドゥームブリンガーの城へ。
そして、世界そのものへ。
毒を撒き散らしていく。
「どうだ、テラモン!!」
「俺はすごいだろ!!」
「俺を見ろよ!!」
しかし。
どれだけ世界を壊しても。
どれだけ悲鳴が響いても。
胸の奥に開いた穴は、少しも埋まらなかった。
「…………」
1x1x1x1の動きが止まる。
赤い瞳から。
ポロッ。
透明な雫が落ちた。
また一滴。
ポロッ。
半透明の身体の中で、黒い肋骨が小さく震える。
「……なんで」
声が震える。
「なんで……お前は来ないんだよ……?」
返事はない。
当然だった。
テラモンは今、儀式の中にいる。
神力を封じられ。
外界との接触を完全に断っている。
1x1x1x1の声は、届かない。
どれだけ世界を壊しても。
どれだけ叫んでも。
テラモンは来ない。
「…………」
本当は。
1x1x1x1が望んでいたのは、世界の破壊なんかではなかった。
「こら、1x!!」
そう怒鳴りながら飛んできてほしかった。
「なんということをするんだ!」
そう叱ってほしかった。
そして。
いつもの黒いローブ姿で、自分を捕まえてほしかった。
あの温かい手で抱きしめて。
「お前が一番大事だ」
そう言ってほしかった。
ただ、それだけだった。
「……なのに」
1x1x1x1はヴェノムシャンクを握りしめる。
「……来ない」
赤い目から、また涙が落ちる。
「見ろよ……テラモン……」
声がかすれる。
「見ろよ……っ」
それでも。
彼は剣を振る。
ズガァァァン!!
毒が大地を侵食する。
「俺は……お前が大嫌いだ……!!」
ズドン!!
「こんな世界も!!」
ズドン!!
「お前も!!」
そして。
「全部、大嫌いだぁぁぁっ!!」
世界が崩れていく。
黒と緑の炎が空を覆う。
その中心で。
小さな異形は、泣きながら剣を振り続けた。
自分が世界を滅ぼせば。
きっとテラモンは、自分と向き合わざるを得なくなる。
どれほど歪んだ考えなのか。
どれほど危険な行動なのか。
1x1x1x1自身にも、もう分からなかった。
ただ。
「捨てられたくない」
その一心だった。
そして。
その時。
ドクン。
世界の奥底で、何かが脈打った。
「……?」
1x1x1x1が顔を上げる。
ドクン。
ドクン。
世界そのものが震えている。
暴走する1x1x1x1から放たれる、圧倒的な毒。
そして。
抑えきれない憎悪。
それらが次元の壁そのものを揺さぶり始めていた。
空に亀裂が走る。
バキッ。
「…………なんだ?」
さらに。
バキバキバキッ!!
空間が割れる。
その向こう側に。
何もないはずの場所に。
ぽっかりと。
漆黒の穴が開いた。
1x1x1x1は、涙に濡れた赤い目でそれを見つめる。
「……あれは?」
穴の向こうから。
この世界には存在しないはずの、異質な気配が漂ってくる。
冷たい。
暗い。
そして――。
どこか、この世界よりも遥かに深い絶望を孕んでいた。
本来なら。
決して交わることのない世界。
決して繋がることのない次元。
それが今。
1x1x1x1の歪んだ感情と、ヴェノムシャンクの毒によって。
無理やりこじ開けられようとしていた。
「…………」
1x1x1x1は、ゆっくりとヴェノムシャンクを構える。
漆黒の裂け目の向こうから。
何かが、こちらを覗いている。