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なな
50
#闇
ruruha
1,988
393
外伝4 紙芝居「一寸法師とにぎやかな旅」
土曜日の午後。
児童館の小さな部屋には、今日も木の紙芝居枠が置かれていた。
一列目には、もう見慣れた三人が並んでいる。
ユウナ。
コウ。
ミナト。
ユウナは座るなり、閉じられた木枠をじっと見た。
桃太郎。
きんたろう。
おむすびころりん。
ここまで見てきた昔話は、どれも知っているはずの物語だった。
けれど、この紙芝居では登場人物全員に人格がいる。
だから、知っている通りにはなかなか進まない。
勇気を出したと思えば慎重人格が止める。
勝負を始めたと思えば怖がり人格が逃げようとする。
食事を出せば食いしんぼ人格が全部食べようとする。
ユウナは、その寄り道がもう楽しみになっていた。
胸元の人格タグが小さく震える。
現在の表人格 代表人格
交代候補 物語人格 ツッコミ人格
内側から物語人格が言った。
今日は何だろう。
ツッコミ人格も続く。
誰が一番ケンカするかな。
ユウナは思わず小さく笑った。
紙芝居を見る前から、そっち楽しみにしてるの?
隣のコウが顔を向ける。
「また中でしゃべってる?」
「うん」
「今日の予想は?」
「まだ分からない」
ミナトが少し胸を張った。
「俺は今日も、始まればすぐ分かると思う」
ユウナが横目で見る。
「そして途中から分からなくなる」
「人格版だから仕方ない」
「それ毎回言ってるよね」
紙芝居のお姉さんが入ってきた。
ベージュのエプロン。
後ろでまとめた茶色の髪。
両腕には紙芝居の束。
お姉さんが木枠の後ろへ座ると、部屋の声が少しずつ小さくなった。
「今日のお話の主人公は、とても小さな人です」
コウの質問人格がすぐ反応した。
「どれくらい?」
お姉さんは指を少しだけ広げる。
「これくらい」
ミナトの昔話人格が飛び出した。
「分かった。一寸法師」
ユウナが振り向く。
「早い!」
「これは分かる」
「でも今日も人格版だからね」
ミナトの顔が少し慎重になった。
「……じゃあ結末は黙ってる」
木枠の扉が開いた。
最初の一枚。
小さな家。
その前に、おじいさんとおばあさん。
そして二人の手のひらの上に、本当に小さな子どもが立っている。
紙芝居のお姉さんの読み聞かせ人格が、ゆっくり話し始めた。
「むかしむかし。
あるところに、おじいさんとおばあさんがおりました。
二人には、とても小さな子どもがおりました。
その背丈は、一寸ほど。
そこで二人は、その子を一寸法師と呼ぶことにいたしました」
紙が一枚抜かれる。
少し成長した一寸法師。
体はやはり小さい。
けれど、腰に手を当て、ずいぶん堂々としている。
お姉さんの演技人格が、一寸法師の声になる。
「父上、母上。
わしは都へ参りとうございます」
ユウナの目が丸くなった。
「昔の話し方だ」
コウも身を乗り出す。
一寸法師は続ける。
「このまま里にて暮らすもよい。
されど、広き世をこの目にて見とうございます。
どうか旅をお許しくだされ」
おじいさんの応援人格が出る。
「そこまで言うなら、行ってみるとよい」
その隣で、おばあさんの心配人格。
「なりませぬ!」
一寸法師の代表人格が止まる。
「母上?」
「そのような小さき体で、都まで何日かかると思うております」
おじいさんの応援人格。
「若いうちは旅もよい」
おじいさんの心配人格へ交代。
「いや待て。川で流されたらどうする」
おばあさんの心配人格。
「そうでしょう!」
おじいさんの応援人格。
「されど旅をしたいと言うておる」
おじいさんの心配人格。
「しかし小さい」
一寸法師の冒険人格が前へ出る。
「小さいからこそ参るのじゃ!」
慎重人格がすぐ押し戻す。
「いや、川は怖いぞ」
冒険人格。
「都へ!」
慎重人格。
「天気を見よう」
冒険人格。
「今すぐ!」
慎重人格。
「明日にせぬか?」
勝負人格。
「川ごときに負けるものか!」
怖がり人格。
「川と勝負するな!帰ろう!」
代表人格。
「まだ家から出ておらぬ!」
児童館が笑い声に包まれた。
ユウナのツッコミ人格が前へ出る。
「出発前からケンカしてる!」
ミナトも笑う。
「桃太郎より多い」
お姉さんは、一寸法師たちの内側のケンカを楽しそうに演じ分けていく。
冒険人格。
「都へ行けば、きっと面白きものがあるぞ!」
慎重人格。
「道中に何があるか分からぬ!」
勝負人格。
「何が来ようと勝てばよい!」
怖がり人格。
「来ぬ方がよい!」
作戦人格。
「まず舟を作らねば出発できぬ」
全人格。
「……それじゃ」
ユウナが噴き出した。
「作戦人格が一番まとも!」
一寸法師は、ようやく準備を始めた。
お椀。
箸。
針。
お椀を舟にする。
箸を櫂にする。
針を刀として腰へ差す。
おばあさんの世話焼き人格が、一寸法師を呼び止める。
「食べ物は?」
「ありまする」
「着替えは?」
「ありまする」
「針は?」
「ここに」
「箸は?」
「手に」
「お椀は?」
一寸法師は、自分が乗っている舟を指した。
「これにござる」
おばあさんの料理人格が出た。
「ならば、おむすびも持っておゆき」
一寸法師の食いしんぼ人格が飛び出す。
「ありがたき幸せ!」
慎重人格。
「舟の重さが増えるぞ」
食いしんぼ人格。
「食べれば軽くなる」
慎重人格。
「今食べるつもりか」
食いしんぼ人格。
「一個だけ」
代表人格。
「旅に出る前に食うでない」
コウの笑い人格が出て、肩を揺らした。
「この一寸法師、全然進まない」
けれど、ようやく旅立ちの日が来た。
川。
小さなお椀。
その中に立つ一寸法師。
箸の櫂を水へ入れる。
「では、行って参りまする!」
おじいさんとおばあさんが手を振る。
舟が流れ始めた。
最初は静かだった。
水面は穏やか。
一寸法師は、楽しそうに櫂を動かす。
冒険人格が前へ出ている。
「見よ!これぞ旅というものよ!」
魚が横を泳いでいく。
一寸法師にとっては巨大だ。
「大きな魚じゃ!」
好奇心を兼ねるように、冒険人格が舟を近づけようとする。
慎重人格が出る。
「近づくでない!」
魚が尾を振った。
水しぶき。
お椀が揺れる。
「うわっ!」
怖がり人格が出る。
「帰る!すぐ帰るぞ!」
冒険人格。
「まだ始まったばかりじゃ!」
怖がり人格。
「水が入った!」
慎重人格。
「まず水を出せ!」
勝負人格。
「あの魚め、勝負か!」
代表人格。
「魚と戦うでない!」
紙芝居の前で、ユウナが大笑いする。
「全員好き勝手!」
お椀はくるくる回る。
一寸法師が櫂を右へ。
左へ。
また右へ。
作戦人格が出た。
「流れに逆らわず、少し斜めへ進むのじゃ!」
代表人格。
「それじゃ!」
慎重人格。
「最初から頼む!」
作戦人格。
「呼ばれぬゆえ黙っておった」
冒険人格。
「勝手に出ればよいではないか!」
作戦人格。
「皆が勝手に出たら、もっと大変じゃ」
全人格。
「……それもそうじゃ」
子どもたちがまた笑った。
川の旅は続いた。
大きな葉が流れてくる。
一寸法師はその下へ隠れて雨を避ける。
鳥が近づけば、舟を岸へ寄せる。
流れが速くなれば、作戦人格が方向を考える。
ゆるやかになれば、食いしんぼ人格がおむすびを要求する。
そして。
何日もかけて。
都が見えてきた。
大きな建物。
たくさんの人。
一寸法師にとっては、どれも巨大だった。
冒険人格が声を上げる。
「都じゃ!」
見栄っ張り人格がすぐ出る。
「ここより先は堂々として参るぞ」
怖がり人格。
「踏まれぬように端を歩こう」
見栄っ張り人格。
「道の真ん中を!」
慎重人格。
「端じゃ!」
勝負人格。
「真ん中!」
代表人格。
「端を堂々と歩けばよかろう」
しばらく静かになる。
ユウナが小さく言った。
「代表、強い」
一寸法師は、大きな屋敷へたどり着いた。
門の前。
一寸法師が見上げる。
門だけで、自分の何十倍もある。
見栄っ張り人格が大きな声を出す。
「たのもう!」
しかし声が小さすぎて、誰にも届かない。
もう一度。
「たのもう!」
聞こえない。
勝負人格。
「もっと大きな声じゃ!」
怖がり人格。
「大きくしたら踏まれるかもしれぬ!」
見栄っ張り人格。
「ここまで来て小声では格好がつかぬ!」
代表人格。
「では皆で声を合わせるか」
全人格。
「たのもう!」
紙芝居のお姉さんが、何人分もの一寸法師の声を重ねるように演じる。
門番がようやく足元を見る。
「ん?」
一寸法師は胸を張る。
「わしは一寸法師と申す者。
遠き里より参った。
どうかこの屋敷にて働かせてはくださらぬか」
門番は目を細める。
紙芝居の一寸法師は、本当に豆粒ほどだった。
けれど、声だけは立派だった。
やがて屋敷へ通された。
そこで姫と出会う。
姫の好奇心人格がすぐ一寸法師の近くへ座る。
「まあ、本当に小さいのですね」
一寸法師の見栄っ張り人格が胸を張る。
「体は小さくとも、心意気は山より大きゅうございます」
内側の慎重人格。
「言いすぎじゃ」
勝負人格。
「もっと言え!」
代表人格。
「静かにせぬか」
姫の好奇心人格は笑った。
それから一寸法師は、屋敷で働くようになった。
小さいからこそできる仕事もあった。
落とした小物を棚の下から拾う。
細いすき間へ入る。
高い場所へは、糸を使って登る。
作戦人格は大活躍だった。
食いしんぼ人格は、屋敷の食事に毎日喜んだ。
見栄っ張り人格は、少し褒められるたびに胸を張った。
慎重人格は、猫を見るたびに隠れた。
勝負人格は、その猫と勝負したがった。
代表人格は毎日忙しかった。
ある日のこと。
姫が外へ出かけることになった。
一寸法師もついていく。
姫の行動人格が楽しそうに歩く。
「今日は山の方まで参りましょう」
姫の慎重人格へ交代。
「ただし遠くへは行きすぎぬように」
行動人格。
「少しなら」
慎重人格。
「少しとはどのくらい?」
行動人格。
「山一つ」
慎重人格。
「それは少しではありません」
一寸法師が小さく笑う。
「姫にも、ずいぶんにぎやかな方々がおられるのですな」
姫が返す。
「一寸法師ほどではありません」
一寸法師の内側。
「なにを!」
「数えてみるか!」
「やめておけ!」
「勝負するところではない!」
一寸法師。
「……否定できませぬ」
山道を歩いていると。
木々の向こうから、大きな足音が聞こえた。
どん。
どん。
どん。
ユウナの物語人格が前に出た。
「来る」
コウの質問人格。
「鬼?」
ミナトは黙っている。
今度こそ先を言わないと決めているらしい。
紙が抜かれる。
大きな鬼。
紫の衣。
大きな鉄の棒。
一寸法師の何十倍どころではない。
鬼の強気人格が叫ぶ。
「ここを通る者は誰じゃ!」
姫の慎重人格が足を止める。
一寸法師の怖がり人格が飛び出す。
「帰ろう!」
勝負人格。
「戦うぞ!」
怖がり人格。
「大きさを見よ!」
勝負人格。
「大きいからこそ面白い!」
慎重人格。
「面白くない!」
冒険人格。
「これぞ旅の見せ場!」
代表人格。
「皆、少し黙れ!」
ユウナのツッコミ人格が大喜びする。
「始まった!」
一寸法師の内側では、本当にケンカが始まった。
勝負人格。
「針の刀で参る!」
慎重人格。
「足元へ近づくのも危険じゃ!」
怖がり人格。
「姫と逃げる!」
見栄っ張り人格。
「ここで逃げれば格好がつかぬ!」
作戦人格。
「格好より作戦じゃ!」
冒険人格。
「鬼の肩まで登れぬか?」
慎重人格。
「なぜ登りたがる!」
食いしんぼ人格。
「鬼は何か食べ物を持っておらぬか?」
全人格。
「今それどころではない!」
児童館の部屋が笑いに包まれた。
けれど。
鬼が一歩近づく。
地面が揺れる。
笑い声が少しだけ小さくなった。
ドキドキする。
一寸法師は本当に小さい。
鬼の足だけでも壁のようだ。
姫の慎重人格が言う。
「一寸法師、無理をしてはなりません」
一寸法師の代表人格が針の刀へ手をかける。
「姫。
わしは小さい。
されど、小さき者には小さき者の戦い方がございます」
作戦人格が静かに前へ出た。
「正面より挑むでない。
足元へ。
見失わせるのじゃ」
勝負人格が少し不満そうにする。
「正々堂々と」
作戦人格。
「踏まれたら終わりじゃ」
勝負人格。
「……では作戦で」
慎重人格。
「急に素直じゃな」
一寸法師は走った。
鬼の足元へ。
鬼が鉄の棒を振り下ろす。
どん。
一寸法師は横へ飛ぶ。
紙芝居の絵が変わる。
大きな足。
その間を走る、小さな一寸法師。
ユウナが思わず拳を握った。
「いけ!」
コウも身を乗り出す。
鬼の慎重人格が出る。
「小さすぎる。見失うな!」
強気人格。
「踏めばよい!」
あわて人格。
「どこじゃ!?」
食いしんぼ人格。
「腹が減った!」
強気人格。
「今それどころではない!」
今度は鬼の中までケンカを始めた。
一寸法師の作戦人格。
「今じゃ!」
一寸法師は鬼の着物を登る。
針を引っかける。
糸を使う。
小さな体が、むしろ強みになる。
怖がり人格。
「高い!高いぞ!」
冒険人格。
「よい景色じゃ!」
慎重人格。
「下を見るな!」
勝負人格。
「頭まで行け!」
代表人格。
「誰か一人だけ話せ!」
鬼が腕を振る。
一寸法師が揺れる。
姫が息をのむ。
ユウナも椅子の端を握った。
一寸法師は落ちかけた。
その瞬間。
作戦人格が叫ぶ。
「袖のひもへ飛べ!」
ぴょん。
一寸法師の小さな体が宙を飛ぶ。
ひもへしがみつく。
鬼のあわて人格。
「どこへ行った!?」
一寸法師の勝負人格が笑う。
「ここじゃ!」
鬼が振り向く。
その隙に、一寸法師は肩へ登った。
しかし。
鬼の食いしんぼ人格が突然口を開ける。
「腹が減った!」
一寸法師。
「なぜ今じゃ!」
大きな息に吸い込まれる。
「あっ」
次の紙。
一寸法師が、鬼の口の中へ。
子どもたちが一斉に声を上げる。
「えええ!」
ユウナの物語人格まで黙った。
鬼の腹の中。
暗い。
一寸法師の怖がり人格が完全に前へ出る。
「終わった!わしの旅はここまでじゃ!」
勝負人格。
「まだ終わらぬ!」
慎重人格。
「どうやって出る!」
冒険人格。
「鬼の中に入る機会など二度とないぞ!」
怖がり人格。
「二度といらぬ!」
作戦人格。
「皆、静かにせい」
一瞬。
内側が静まる。
作戦人格が言う。
「外からは大きな鬼でも、中からならば針が使える」
全人格。
「なるほど」
一寸法師は針の刀を構えた。
「鬼よ。
少々痛むぞ」
ちくり。
鬼が跳ねる。
「痛い!」
ちく。
「何じゃ!」
ちくちく。
鬼の強気人格。
「出てこい!」
一寸法師の勝負人格。
「そなたが飲み込んだのであろう!」
鬼のあわて人格。
「そうであった!」
ユウナが笑いながら叫ぶ。
「鬼、自分でやったんじゃん!」
一寸法師は腹の中を走る。
ちく。
ちく。
鬼は転げ回る。
食いしんぼ人格。
「もう小さいものは食べぬ!」
慎重人格。
「最初から食べるな!」
あわて人格。
「とにかく出せ!」
鬼は大きなくしゃみをした。
「はっくしょん!」
一寸法師が飛び出す。
空中。
くるくる。
落ちる。
姫が手を伸ばす。
ぽすん。
一寸法師は姫の手のひらへ着地した。
児童館から大きな拍手が起きた。
ユウナも夢中で叩いている。
「すごい!」
一寸法師の見栄っ張り人格が胸を張る。
「いかがでござる」
怖がり人格。
「もう二度とやりたくない」
冒険人格。
「面白かったぞ」
慎重人格。
「面白くない!」
勝負人格。
「勝った!」
代表人格。
「まだ鬼がおるぞ」
全人格。
「……あ」
子どもたちがまた笑った。
しかし鬼はもう戦う気をなくしていた。
あわて人格が前へ出たまま、山の奥へ逃げていく。
その途中。
何かを落とした。
小さな打ち出の小槌。
姫の好奇心人格が拾う。
「これは何でしょう」
一寸法師の慎重人格。
「むやみに振らぬ方がよい」
冒険人格。
「振ってみよう!」
慎重人格。
「聞いておったか!?」
姫の行動人格。
「振ってみましょう」
姫の慎重人格。
「少しだけ」
一寸法師。
「姫まで!」
ユウナが吹き出す。
姫が小槌を振る。
すると。
一寸法師の体が、少しずつ大きくなっていく。
小さな手。
小さな足。
小さな顔。
それが、だんだん普通の人と同じくらいになっていく。
コウが驚く。
「大きくなった」
ミナトの昔話人格がうなずく。
「ここは知ってる」
一寸法師は、自分の手を見る。
足を見る。
体を見る。
見栄っ張り人格。
「ついに大きゅうなったぞ!」
勝負人格。
「これならもっと大きな相手とも戦える!」
慎重人格。
「もう戦わぬでよい!」
食いしんぼ人格。
「食事もたくさん食べられる!」
怖がり人格。
「鬼から逃げやすくなった!」
作戦人格。
「小さい時にできたことができなくなるぞ」
全人格。
「……あ」
一寸法師は少し考えた。
棚の下には入れない。
お椀の舟にも乗れない。
すき間も通れない。
一寸法師の代表人格が、小さく笑った。
「なるほど。
大きゅうなれば、何もかもよくなるというわけではないのじゃな」
作戦人格。
「されど、できることも増える」
慎重人格。
「危険も変わる」
冒険人格。
「旅は続けられる」
勝負人格。
「次は何と戦う?」
全人格。
「戦わぬ!」
児童館が今日一番の笑い声に包まれた。
最後の紙。
都の道を歩く一寸法師。
今では普通の背丈。
隣には姫。
少し後ろには、都へ遊びに来たおじいさんとおばあさん。
一寸法師は笑っている。
頭の近くには、たくさんの吹き出し。
冒険したい。
安全に行きたい。
勝負したい。
食べたい。
怖い。
考えたい。
格好よくしたい。
代表人格が、その全部の真ん中にいる。
紙芝居のお姉さんの声がやわらかくなる。
「一寸法師は、大きな体を手に入れました。
されど。
中におります人格たちは、何ひとつ減りませんでした」
一寸法師の昔口が聞こえる。
「皆がおるゆえ、わしは迷う。
皆がおるゆえ、時にはケンカもする。
されど。
皆がおるゆえ、ひとりでは思いつかぬ道を見つけられるのでござろう」
慎重人格。
「されど、次から鬼の口には入らぬように」
冒険人格。
「機会があれば」
慎重人格。
「ない!」
勝負人格。
「もっと強い鬼なら」
怖がり人格。
「やめよ!」
食いしんぼ人格。
「鬼より飯じゃ」
作戦人格。
「それには賛成」
代表人格。
「最後くらい静かに終われぬのか!」
木枠の向こうで、一寸法師が困ったように笑っている。
お姉さんが最後の紙を抜いた。
「おしまい」
ぱちぱちぱち。
児童館いっぱいに拍手が広がった。
ユウナは手を叩きながら、まだ笑っていた。
コウは興奮した顔で言う。
「鬼のお腹が一番すごかった!」
ミナトも少し笑っている。
「知ってる一寸法師より、中がずっとうるさかった」
ユウナのツッコミ人格が前に出た。
「小さい体なのに、中に何人いるのって感じだった」
紙芝居のお姉さんが木枠から顔を出す。
「小さい体でも、考えはいくらでも入りますからね」
コウの質問人格が手を挙げる。
「大きくなっても人格は同じなの?」
「同じです」
「体が大きくなったから人格も大きくなる?」
ユウナがすぐ言う。
「人格の大きさって何?」
コウ。
「声とか?」
ミナト。
「勝負人格だけもっと大きくなったら大変そう」
ユウナ。
「慎重人格も大きくしないと」
三人で笑った。
児童館の時計が鳴る。
ちょうど一時間。
胸元の人格タグが、あちこちで震え始めた。
ユウナ。
現在の表人格 ツッコミ人格
コウ。
質問人格。
ミナト。
代表人格。
紙芝居のお姉さんも、演技人格から代表人格へ戻り、少し喉を押さえている。
ユウナは椅子から立った。
「今日のお姉さん、一寸法師いっぱいしゃべって大変だった?」
お姉さんが笑う。
「中でケンカするところが一番大変でした」
「私の中でもたまにある」
「どんなケンカ?」
ユウナは少し考えた。
「宿題人格はいないけど、宿題やる代表人格と遊びたい人格がケンカする」
コウが言う。
「どっち勝つ?」
「遊びたい方」
ミナト。
「だめじゃん」
ユウナのツッコミ人格。
「最後にはやるからいいの!」
また笑い声が広がった。
帰り際。
ユウナは閉じられた木枠を振り返った。
今日の一寸法師は、小さかった。
でも。
中は誰よりもにぎやかだった。
冒険したい。
怖い。
戦いたい。
逃げたい。
考えたい。
それぞれが反対方向を向いて、時には本気でケンカする。
それなのに。
最後には、不思議と同じ一寸法師として前へ進んでいく。
ユウナは自分の胸元の人格タグを見た。
代表人格。
物語人格。
ツッコミ人格。
自分だって、同じだ。
別のことを考える。
違うことを言う。
でも。
全部が自分。
児童館の扉を開ける。
コウが先に外へ出る。
ミナトが振り返る。
「次は何だろうな」
ユウナの物語人格が、もういくつもの昔話を思い浮かべている。
かぐや姫。
浦島太郎。
花咲かじいさん。
ツッコミ人格も楽しそうに言う。
浦島太郎なんて絶対途中で帰る人格出るよ。
ユウナは笑った。
「それ見たい」
三人は並んで歩き出した。
背後では。
閉じられた紙芝居の中から。
ほんの少しだけ。
一寸法師の声が聞こえたような気がした。
「さて皆の衆。
次なる旅はいずこへ参ろうか」
冒険人格。
「山!」
食いしんぼ人格。
「飯屋!」
勝負人格。
「強き者のところ!」
慎重人格。
「まず家へ帰れ!」
代表人格。
「また始まったか!」
ユウナは振り返らずに笑った。
小さくても。
大きくなっても。
一寸法師の旅は、きっとずっとにぎやかなままだった。
コメント
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ああもう、めっちゃ笑ったわこれ!😂 一寸法師にめっちゃ人格いて「出発前からケンカしてる!」ってとこで吹いた。鬼の腹ん中でも作戦人格が「中からなら針が使える」って冷静なの、解像度高すぎて好き。最後の「旅は続けられる」「次は何と戦う?」「戦わぬ!」の流れ、完璧だった。このシリーズ、毎回「中がにぎやか」なのがたまらんわ。