テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
うらうら
ruruha
913
おちゃ @卒業まであとわずか!
439
82
外伝5 紙芝居「さるかに合戦 どっちが悪い?」
土曜日の午後。
児童館の小さな部屋には、今日も紙芝居の木枠が置かれていた。
一列目にはユウナ。
その右にコウ。
左にはミナト。
もう三人とも、この場所が自分たちの席だと思っている。
木枠の扉は、まだ閉じていた。
ユウナは胸元の人格タグを見た。
現在の表人格 代表人格
交代候補 物語人格 ツッコミ人格
内側では、物語人格が今日の題名を予想している。
桃太郎はもう見た。
一寸法師も見た。
きんたろうも見た。
おむすびころりんも見た。
ツッコミ人格が言う。
今日は誰がケンカするかな。
ユウナは小さく眉を上げた。
最近そればっかり楽しみにしてない?
隣でコウが振り向いた。
「また中で話してる?」
「うん」
「何て?」
「今日、誰がケンカするかなって」
コウの質問人格が少し前へ出る。
「昔話って、そんなにケンカする?」
ミナトが答える。
「する話もある」
「例えば?」
「今日の話が分からないから、まだ言わない」
ユウナが笑った。
「珍しく先に言わないんだ」
「前に怒られたから」
そこへ、紙芝居のお姉さんが入ってきた。
ベージュのエプロン。
後ろでまとめた茶色の髪。
腕には紙芝居の束。
お姉さんが木枠の後ろへ座る。
子どもたちの声が、少しずつ静かになった。
「今日のお話は、交換から始まります」
コウの質問人格がすぐに反応する。
「交換?」
「はい。食べ物と食べ物の交換です」
ミナトの昔話人格が急に顔を上げた。
「分かった」
ユウナがすぐ横を見る。
「まだ言わないで」
「今日は言わない」
「ほんと?」
「ほんと」
木枠の扉が開いた。
一枚目。
川辺。
かにが歩いている。
その前には、おむすびが一つ。
少し離れた木の上から、さるが見ている。
ミナトの昔話人格が、得意そうに小さく言った。
「さるかに合戦」
ユウナが笑う。
「結局言った」
紙芝居のお姉さんの読み聞かせ人格が、やわらかな声を出した。
「むかしむかし。
ある川辺に、働き者のかにがおりました。
ある日、かには道端で、とてもおいしそうなおむすびを見つけました」
かにの食いしんぼ人格が前へ出る。
「これはよいものを見つけた。昼に食べよう」
代表人格へ戻る。
「いや、落とし物かもしれぬ。少し待とう」
慎重人格。
「近くに持ち主がおらぬか確かめた方がよい」
毒舌人格。
「拾った瞬間に食べるほど品は悪くないからな」
ユウナが目を丸くした。
「最初からちょっと強い」
コウが笑う。
「誰にも言われてないのに」
そこへ、さるが木から下りてきた。
手には柿の種。
さるの代表人格は、にこにことしている。
「かに、何を持っておる?」
「おむすびじゃ」
「うまそうじゃな」
「そちらは?」
「柿の種じゃ」
さるの食いしんぼ人格が、おむすびをじっと見る。
「そのおむすび、よいなあ」
かにの慎重人格が一歩下がる。
「交換したいのか?」
「そうじゃ」
次の瞬間。
さるの意地悪人格が前へ出た。
口元が少しだけ上がる。
「おむすびは食べればそれで終わり。
されど、この柿の種は植えれば木となる。
木になれば、柿がいくつも実るぞ」
かには種を見る。
おむすびを見る。
種を見る。
おむすびを見る。
慎重人格が考える。
「すぐ食べられる物と、いつ実るか分からぬ種か」
さるの意地悪人格。
「待つのが嫌なら、そのままおむすびを食べればよかろう」
かにの毒舌人格が飛び出した。
「ずいぶん上から物を言うな。木の上に住んでおるからか?」
児童館に笑いが広がった。
ユウナのツッコミ人格が目を輝かせる。
「かにも強い!」
さるの意地悪人格が眉を上げる。
「何じゃと?」
かにのあおり人格。
「図星か?」
「違うわ!」
「では、なぜそんなに偉そうなのじゃ?」
「そちらこそ、交換したくないなら断ればよかろう!」
「種一つでおむすびを取ろうとするからじゃ!」
「種から柿ができると言うておる!」
「まだできておらぬ!」
「できる!」
「今は種!」
「未来を見よ!」
「今を見よ!」
コウの笑い人格が前に出た。
「交換する前からケンカしてる!」
紙芝居のお姉さんまで少し笑いながら続ける。
そこで。
さるの腰の低い人格が前へ出た。
表情が、すっとやわらかくなる。
さるは深く頭を下げた。
「いやいや、これは失礼を申した。
無理に交換してもらおうとは思っておらぬ。
かにが嫌ならば、この話はなかったことにしてくだされ」
児童館が少し静かになった。
ユウナが瞬きをする。
「急に丁寧」
かにまで少し戸惑っていた。
かにの代表人格。
「いや……そこまで頭を下げられると、こちらも言いすぎたような」
毒舌人格。
「でも種一個じゃぞ」
代表人格。
「今は少し黙ってくれ」
あおり人格。
「腰低すぎて地面につきそうじゃな」
代表人格。
「黙れと言うておる!」
ユウナが吹き出した。
今度は、かにが自分の人格とケンカを始めている。
さるの腰の低い人格は、まだ頭を下げていた。
「それでは、交換せずに参る」
かにの食いしんぼ人格が、おむすびを見る。
慎重人格は種を見る。
代表人格が少し迷う。
そして。
「待て」
さるが振り向く。
「何じゃ?」
「交換しよう」
さるの腰の低い人格。
「よいのか?」
「うむ。ただし、本当に育たなかったら文句を言うぞ」
さるの腰の低い人格。
「それは当然じゃ。大切に育ててくだされ」
交換成立。
さるはおむすびを受け取る。
かには種を受け取る。
さるの食いしんぼ人格がすぐ前へ出た。
「では、いただく!」
ぱく。
かにのあおり人格。
「早いな。さっきまで頭を下げていたのに」
さるの食いしんぼ人格。
「食べる時は食べる!」
次の紙。
かには柿の種を植えた。
毎日、水をやる。
声をかける。
少し芽が出る。
やがて木になる。
その間にも、かにの人格は交代した。
代表人格は丁寧に世話をする。
食いしんぼ人格は毎日、まだ実らないのかと木を見上げる。
慎重人格は水の量を確認する。
毒舌人格は木へ言う。
「いつまで待たせる気じゃ」
ユウナが笑う。
「木にまで言うんだ」
やがて。
枝に柿が実った。
一つ。
二つ。
三つ。
まだ固い。
しばらく待つ。
さらに日が過ぎる。
熟してくる。
かにの食いしんぼ人格が大喜びする。
「できた!」
代表人格。
「さるの言った通りだったな」
毒舌人格。
「種一個のくせによく育った」
慎重人格。
「それは木を褒めておるのか、さるをけなしておるのか分からぬぞ」
かには木を見上げた。
しかし。
大きな問題があった。
かには木へ登れない。
脚を動かす。
幹へ近づく。
少し上がる。
すべる。
落ちる。
もう一度。
すべる。
かにの毒舌人格。
「なぜ木というものは、食べ物を高いところへ置くのじゃ」
慎重人格。
「木に文句を言うでない」
食いしんぼ人格。
「柿が食べたい」
代表人格。
「誰かに頼むしかないな」
ちょうどそこへ。
さるが通りかかった。
さるの代表人格は木を見上げる。
「おお。立派に育ったではないか」
かにの代表人格。
「そなたの言った通りじゃった」
さるの腰の低い人格が、また深く頭を下げる。
「いやいや。育てたのはかにじゃ。
わしは種を渡しただけにござる」
ユウナが少し感心したように言う。
「この人格いい人だね」
ミナトが答える。
「でも昔話人格の記憶だと、このあと……」
ユウナ。
「言わない」
ミナトは口を閉じた。
かには木を見上げた。
「頼みがある」
「何じゃ?」
「木へ登り、柿を取ってくれぬか」
腰の低い人格。
「もちろんじゃ。交換した種から育った木。
手伝わせてくだされ」
さるは木へ登った。
するする。
あっという間に上へ。
かには下から見上げる。
「熟したものを頼むぞ」
「承知した」
さるが枝へ手を伸ばす。
熟した柿が目の前にある。
その匂い。
その色。
食いしんぼ人格が、むくりと起きる。
「うまそうじゃ」
代表人格。
「かにへ渡すのじゃ」
食いしんぼ人格。
「一個くらい」
代表人格。
「だめじゃ」
食いしんぼ人格。
「木にはたくさんある」
腰の低い人格。
「人に頼まれて登ったのじゃぞ」
意地悪人格。
「わしが登らなければ、かには食べられぬではないか」
腰の低い人格。
「その言い方はよくない」
意地悪人格。
「事実じゃ」
食いしんぼ人格。
「とりあえず一つ食べる」
ぱく。
下から、かにが叫ぶ。
「何をしておる!」
さるの食いしんぼ人格。
「味見じゃ!」
かにの毒舌人格が即座に出た。
「人の木の上で勝手に味見とは、よい身分じゃな!」
さるの意地悪人格。
「木へ登れぬ者が何を言う!」
かにのあおり人格。
「登れることしか自慢がないのか!」
さる。
「何じゃと!」
かに。
「聞こえたであろう!」
さる。
「では取ってやらぬ!」
かに。
「頼んで損した!」
さる。
「こちらも登って損したわ!」
ユウナが口を開けた。
「どっちも止まらない」
コウの笑い人格はもう笑っている。
しかし。
さるの腰の低い人格が途中で前へ出た。
手に持っていた柿を見つめる。
「……すまぬ」
木の下のかにが止まる。
さるは頭を下げようとして。
枝から落ちそうになる。
「あぶない!」
かにの慎重人格が叫ぶ。
さるは慌てて枝へつかまった。
腰の低い人格。
「いまの言い争いは、わしが悪かった。
頼まれておきながら先に食べた。
熟した柿を取って渡そう」
かにの代表人格も少し静かになる。
「わしも言いすぎた」
毒舌人格。
「でも二個食べておるぞ」
代表人格。
「黙ってくれ」
あおり人格。
「口の横に柿がついておるぞ」
さるの意地悪人格が戻る。
「またそなたは!」
かにのあおり人格。
「事実じゃ!」
代表人格たち。
「やめぬか!」
紙芝居の前で、子どもたちが大笑いした。
ユウナのツッコミ人格。
「仲直りが三秒しか続かない!」
さるは熟した柿を取る。
かにへ渡そうとする。
ところが。
下から、かにの毒舌人格がまた言った。
「今度はちゃんと熟したやつをよこせよ。食べ残しは要らぬぞ」
さるの手が止まった。
意地悪人格。
「そこまで言うなら、これでも食らえ!」
手に取ったのは。
まだ固い柿。
腰の低い人格。
「待て!」
代表人格。
「投げるな!」
慎重人格。
「下にはかにがおる!」
意地悪人格。
「一個くらい!」
腰の低い人格。
「その一個が危ない!」
けれど。
手から離れた。
固い柿が落ちる。
かにの慎重人格が気づく。
「避けろ!」
ころん。
柿は、かにのすぐ横へ落ちた。
かには驚いて後ろへ転がった。
児童館が静かになった。
ユウナまで息を止めた。
紙芝居のお姉さんの声も少しだけ低くなる。
かには起き上がった。
傷は大きくない。
しかし。
かなり怒っている。
毒舌人格。
「今のは何じゃ!」
さるの意地悪人格。
「そなたがうるさいからじゃ!」
かにのあおり人格。
「言葉で勝てぬから柿を投げたか!」
さる。
「誰が負けた!」
かに。
「負けておる!」
さる。
「負けておらぬ!」
かに。
「では降りてこい!」
さる。
「なぜじゃ!」
かに。
「そこで話す!」
さる。
「絶対に嫌じゃ!」
コウが小声で言う。
「これ、どっちが悪いの?」
ミナトが昔話人格のまま答えようとして。
止まった。
「……昔話だと分かりやすかったはずなんだけど」
ユウナの物語人格も考える。
さるは柿を投げた。
それは悪い。
でも。
かには、ずっと毒を吐いている。
しかも、わざとあおっている。
ユウナが小さく言う。
「どっちも悪いところある」
紙芝居の中でも、それは同じだった。
さるの腰の低い人格が前へ出る。
木の上から、何度も頭を下げる。
「すまぬ。
本当にすまぬ。
柿を投げたことは、わしが悪かった」
かにの代表人格。
「……うむ」
さる。
「傷はないか?」
かに。
「大きなものはない」
腰の低い人格。
「ならば、熟した柿をすべて下ろそう。
それから、もう一度謝る」
かにの反省人格が少しだけ前へ出る。
「こちらも……あおりすぎたかもしれぬ」
毒舌人格。
「でも先に食べたのはさるじゃ」
反省人格。
「今は少し静かに」
あおり人格。
「謝り方だけは立派じゃな」
反省人格。
「だから静かに!」
さるの意地悪人格がまたむくりと出る。
「そこまで言われて、なぜわしだけ謝らねばならぬ!」
腰の低い人格。
「出てくるでない!」
意地悪人格。
「そなたこそ引っ込め!」
さるが木の上で自分と言い争う。
かにも木の下で自分と言い争う。
毒舌人格。
「やはり信用ならぬ!」
反省人格。
「こちらにも原因がある!」
あおり人格。
「もっと言ってやれ!」
代表人格。
「これ以上ややこしくするでない!」
ユウナが笑いながら頭を抱えた。
「本人たちの中でも決まってない!」
やがて、かには家へ帰った。
子がにたちが心配して集まる。
かには、今日あったことを話した。
柿の種。
柿の木。
さる。
食べられた柿。
投げられた固い柿。
子がにの作戦人格が怒る。
「仕返ししよう!」
心配人格。
「でも、さるの腰の低い人格は謝ったんでしょ?」
応援人格。
「かにも言いすぎたって言ってた!」
作戦人格。
「それでも柿を投げた!」
心配人格。
「でも当たってはいない!」
かにの毒舌人格。
「当たらなければよいという話ではない」
反省人格。
「それはそうじゃが、わしもずいぶんあおった」
子がにたちは顔を見合わせた。
そこへ。
栗。
蜂。
臼。
昔話でおなじみの仲間たちがやってきた。
栗の元気人格。
「さるを懲らしめよう!」
慎重人格。
「まず事情を聞こう」
蜂の行動人格。
「かにが困っているなら助ける!」
話し合い人格。
「しかし、相手の話も聞かぬとな」
臼の力仕事人格。
「必要なら動く」
慎重人格。
「わしは動くと止まるのが大変じゃ。先に決めてくれ」
ユウナが吹き出す。
「臼、そこ気にするんだ」
こうして。
昔話なら仕返しへ進みそうな場面で。
なぜか全員で話し合いが始まった。
誰が悪い。
どこから悪い。
交換そのものは悪くなかった。
柿を勝手に食べたのはさる。
毒を吐いたのはかに。
固い柿を投げたのはさる。
あおったのはかに。
さるは謝った。
かにも一度は反省した。
でも、そのあと二人ともまた人格交代で言い争った。
栗の慎重人格が言う。
「これでは、どちらか一方だけを悪者にはできぬな」
蜂の話し合い人格。
「さるを呼ぼう」
かにの毒舌人格。
「来るか?」
蜂。
「普通に呼べばよい」
かにのあおり人格。
「逃げるかもしれぬぞ」
反省人格。
「だからあおるな!」
夕方。
さるが呼ばれてやってきた。
腰の低い人格だった。
玄関へ入る前から頭を下げている。
「このたびは、まことに申し訳なかった」
かにの毒舌人格が出かける。
代表人格が必死に止める。
「今日は最後まで聞こう」
さるは座る。
かにも向かいに座る。
栗。
蜂。
臼。
子がにたち。
全員が囲む。
さるの腰の低い人格が言う。
「頼まれて木へ登ったのに、先に柿を食べた。
怒られて腹を立て、固い柿を投げた。
これはわしが悪い」
かにの反省人格が言う。
「わしは、それより前から言葉が強かった。
交換の時も、木の下でも、何度もあおった。
謝ろうとしたそなたへも余計なことを言った」
さるの反省人格。
「されど、言われたからと柿を投げてよい理由にはならぬ」
かにの代表人格。
「それはそうじゃ」
静かになった。
ユウナは紙芝居をじっと見る。
昔話なのに。
誰か一人を悪者にする場面になっていない。
さるの意地悪人格は悪い。
でも、さるの腰の低い人格は、本気で謝っている。
かにの代表人格はまじめ。
でも、毒舌人格とあおり人格は、何度も相手の怒りを強くしてしまった。
どちらが悪いのだろう。
コウが、ユウナへ小声で聞く。
「どっち?」
ユウナは少し考えた。
「分かんない」
ミナトも言う。
「今日は、俺も分かんない」
紙芝居の中。
栗の元気人格が退屈そうに言う。
「で、合戦は?」
全員が栗を見る。
栗。
「題名、さるかに合戦じゃろ?」
蜂の話し合い人格。
「今日は合戦せぬかもしれぬ」
栗。
「えっ」
臼の慎重人格。
「わしも落ちる準備をせずに済む」
ユウナが大笑いした。
「臼、安心してる!」
さるとかには、しばらく黙っていた。
それから。
かにが一つの柿を机へ置く。
あの日の木になった柿。
熟したもの。
かにの代表人格。
「食べるか?」
さるの食いしんぼ人格が飛び出しそうになる。
腰の低い人格が必死に止める。
「いやいや、これはかにの柿じゃ」
かに。
「一つならよい」
さる。
「では半分にしよう」
かにの毒舌人格。
「さるが切れば大きい方を取るだろう」
代表人格。
「おい」
さるの意地悪人格。
「また言うたな!」
腰の低い人格。
「待て待て待て!」
かにのあおり人格。
「ほら、出たぞ」
反省人格。
「だからあおるな!」
全員が一斉に騒ぎ始めた。
栗が笑う。
蜂も笑う。
子がにたちも笑う。
ついには。
さるとかに本人まで笑った。
さるの代表人格が言う。
「わしら、しばらく会わぬ方がよいのではないか?」
かにの代表人格。
「それは少し思った」
毒舌人格。
「会えば三分でケンカじゃ」
さるの意地悪人格。
「そちらが言わなければな!」
かにのあおり人格。
「また始まった」
腰の低い人格。
「申し訳ない!」
反省人格。
「謝るのも早い!」
児童館いっぱいに笑い声が広がる。
紙芝居のお姉さんの声が、最後だけ少しゆっくりになる。
次の紙。
さるとかには、柿を半分ずつ食べていた。
間には栗と蜂が座っている。
少し離れたところに臼。
子がにたちは柿の種を集めている。
お姉さんが読む。
「こうして、さるとかには。
どちらか一方を悪者にするのではなく。
それぞれが、自分の中の困った人格と付き合いながら。
少しずつ、相手との距離を覚えていきました」
さるの腰の低い人格。
「本日は、まことに申し訳なかった」
かにの代表人格。
「もうよい」
毒舌人格。
「次に柿を勝手に食べたら許さぬぞ」
さるの代表人格。
「食べぬ」
食いしんぼ人格。
「一個くらいなら」
全員。
「だめ!」
かにのあおり人格。
「ほら、やっぱり食べたいのではないか」
さるの意地悪人格。
「そなたも最後まであおるのう!」
かに。
「何じゃ!」
さる。
「何じゃ!」
栗。
「また合戦始まる?」
蜂。
「始めぬ!」
臼。
「わしは帰る」
最後の紙が抜かれた。
そこには。
さるとかにが少し離れて座りながら、それでも同じ柿の木を見上げている絵。
二人の頭の近くには、いくつもの吹き出し。
謝りたい。
腹が立つ。
食べたい。
言い返したい。
少し反省。
やっぱり一言言いたい。
その全部が、さるとかにの中にいる。
紙芝居のお姉さんが言う。
「どちらが悪かったのでしょう」
児童館が静かになった。
紙芝居の中では答えが出ない。
ユウナの物語人格が考える。
さるは悪いことをした。
かにも嫌なことを言った。
それでも。
悪いことをした人格だけで、その人全部を決めるのは違うような気がする。
さるには、腰の低い人格もいる。
かにには、反省人格もいる。
ユウナのツッコミ人格が、珍しく静かだった。
コウの質問人格が手を挙げる。
「答えないの?」
紙芝居のお姉さんが笑う。
「今日は、みんなで考えるお話なのかもしれません」
ミナトがぽつりと言う。
「どっちも少し悪い」
コウ。
「どっちも少しいい?」
ユウナが顔を上げる。
「それもあるかも」
お姉さんが最後の紙を抜いた。
おしまい。
ぱちぱち。
少し遅れて。
ぱちぱちぱち。
拍手が広がった。
桃太郎の時とは違う。
きんたろうの時とも違う。
一寸法師の時とも違う。
笑ったけれど。
少し考えた。
ユウナは木枠を見つめたまま、手を叩いていた。
児童館の時計が鳴る。
ちょうど一時間。
子どもたちの人格タグが、次々に震える。
ユウナ。
現在の表人格 ツッコミ人格
コウ。
代表人格。
ミナト。
昔話人格。
ユウナのツッコミ人格が、最初に言った。
「題名は合戦なのに、ちゃんとした合戦してないじゃん」
お姉さんのツッコミ人格まで出た。
「そこですか?」
ユウナ。
「そこ!」
コウが笑う。
ミナトの昔話人格は、まだ考えている。
「でも、昔の話より分からなくなった」
ユウナが聞く。
「何が?」
「悪者」
少しだけ静かになる。
ユウナも思う。
悪いさる。
優しいさる。
謝るさる。
まじめなかに。
毒を吐くかに。
相手をわざと怒らせるかに。
反省するかに。
全部、一人の中にいる。
さるだから悪い。
かにだから正しい。
そんなふうには、今日は言えなかった。
コウが聞く。
「ユウナだったら、柿を投げられたらどうする?」
ツッコミ人格のユウナ。
「怒る」
内側の代表人格。
まず離れる。
物語人格。
その後どうなるか見たい。
ツッコミ人格。
「見なくていい!」
コウが笑う。
ユウナも笑った。
児童館を出る前。
ユウナは閉じた紙芝居を振り返る。
木枠の向こうでは。
さるの腰の低い人格が、まだかにへ頭を下げているかもしれない。
意地悪人格は、その横で不満そうにしているかもしれない。
かにの毒舌人格は、まだ何か言いたいかもしれない。
反省人格が、それを必死に止めているかもしれない。
たぶん。
完全には仲よくならない。
でも。
完全な悪者にもならない。
そんな昔話があってもいい。
ユウナは扉へ向かった。
その背後で。
紙芝居の中から、さるの声が聞こえたような気がする。
「次からは、まず相手の分を取ってから食べる」
かに。
「最初から全部よこせ」
さる。
「そなた、また言い方が!」
かに。
「何じゃ!」
栗。
「合戦する?」
蜂。
「せぬ!」
臼。
「もう帰ったぞ」
ユウナは振り返らずに笑った。
今日の昔話も。
最後の最後まで。
誰が一番悪いのか、とうとう決まらなかった。
コメント
1件
わあ……めっちゃ好きですこれ🥀 「さるかに合戦」なのに、誰が悪いか全然決まらない。 さるにもかににも、複数の人格がいて、悪いとこも良いとこもあって。 毒舌人格とあおり人格の掛け合い、笑っちゃうほど面白かったけど、最後まで「どっちも悪いし、どっちも悪くない」って感じが残るのが新鮮でした。 臼が「帰る」って言い出すところ、ツボでした(笑) 本当に、こういう曖昧さを大事にしてくれるお話、大好きです。 またこういう外伝、読んでみたいです🌙