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『新生『アノーミア』連邦―――
最西端国・マシリアにおける、
ハイ・ローキュストの大群の防衛戦の記録。
本件は、その時主に使用された魔法と
参戦したゴーレムの活躍から、
『炎と氷と石の十日間』、
もしくは単に『十日間の防衛戦』と称される。
発端はマルズ国王・トニトルスの治世において、
連邦国の一つであるマシリアのさらに西側で
発生した、大規模なハイ・ローキュストの
氾濫ある。
マルズ国はその時、軍部の兵器開発部門の
反逆による、首都・サルバルの破壊工作の
余波から立ち直っておらず―――
当時の第九王子・エンレイン殿下をいち早く
現地へ向かわせた。
殿下はこれと言った強力な魔法を有して
いなかったものの―――
その時に恋仲であったワイバーンの女王・
ヒミコ様を引き連れ、
さらに首都・サルバルの破壊工作の解決に
一役買った、ウィンベル王国の『万能冒険者』
にも救援を要請。
彼とは殿下自らが首都の救援を依頼してから、
昵懇の仲であり……
また彼の妻の一人はドラゴンで、さらに
同国にいた魔狼やラミア族、獣人族―――
それに連邦のミヌエート・ラヴェル伯爵令嬢の
私兵も加わって、防衛線初期における多大な
貢献を果たす。
特筆すべきは、この戦いに魔族が参戦した事で、
『永氷』のグラキノスと呼ばれる彼は、最前線と
なった町全体を巨大な氷の防壁で覆った。
これにより、防衛は完全に維持された。
また、この時ウィンベル王国が提供した特殊な
戦闘用ゴーレムの活躍は凄まじく―――
基本的にほとんど移動は出来ないものの、
群れを前にして単体で一歩も引かず、倒した
ハイ・ローキュストは数万とも言われている。
防衛より五日後、『マルズ国の風雷』―――
ナッシュ・クローザーを中心とした、
連邦各国からの本格的な援軍が到着。
戦況は安定し、それからさらに五日後には
ハイ・ローキュストの群れの全滅が確認された。
なお、卵を持っている可能性があるとの事で、
回収と焼却を行っていたところ―――
その三日後に、群れが来た方向から大規模な
火災が発生、迫っている事が判明。
そのまま全軍で懸命の消火活動にあたり、
火は二日ほどで鎮火した。
現場を確認したところ、ほとんど焼け焦げては
いたが、火に巻き込まれて死んだであろう、
ハイ・ローキュストの死骸が多数あった。
それは、防衛戦の十万の群れに匹敵するほどの
数で、大地を埋め尽くしていたという。
あの群れの東進の一因は、この火災であろうと
いうのが、現在の有力な説である。
ただ、その火災跡を調査した学者の一人は、
大規模な範囲で均等にハイ・ローキュストが
死んでいる事を指摘。
本来ならもっと逃げ惑い、散らばっていても
おかしくなく―――
何か巨大な力で一瞬で死んだ、もしくは、
ドラゴンやワイバーンのような強力な火炎攻撃を
持つ生物の群れが一斉に攻撃したのでは、という
仮説を立てた。
しかし、この時の防衛線に参加したドラゴンや
ワイバーンの数は、合計しても二十に届かず、
あれだけの面積を一気に焼くには、少なくとも
数百以上の群れが必要であろうと計算された。
だが、それだけの数のドラゴンやワイバーンを、
最前線に加わった兵士はおろか、周辺各国にも
見たという記録は無く―――
現在ではこの説は否定的な見方をされており、
死んだハイ・ローキュストは火災による急激な
温度変化に耐えられなかったか、一気に火に
巻かれたため、逃げ場を失ったのであろうと
推測されている。
一方でこの防衛戦をきっかけに……
新生『アノーミア』連邦は、水面下で進めていた
魔族との友好・協調路線を公表―――
マルズ国を中心として各国や他種族、亜人に
寛容な政策を推進し、世界に先駆けて多種族・
多文化共生の理想を掲げた国家として歩み始める
事になる』
―――新生『アノーミア』連邦―――
『国家の災害と対応年鑑』より抜粋。
「終わりましたか……」
ハイ・ローキュストの全滅が確認されてから
三日後……
そのほとんどを睡眠に費やしていた私たちに、
火災発生の一報が届く。
まあ燃やしたのは私の指示だったので、
想定通りではあったが……
三日目とは相当な範囲に燃え広がって
いたようだ。
そこそこ体力が回復していた私たちは、
消火活動に参加。
特にメルと、パックさんの働きぶりは
凄まじく―――
メルはアルテリーゼに、パックさんは
シャンタルさんに乗って、局地的集中豪雨のような
水魔法を降らせた。
他は水魔法に長けるラミア族と、連邦の兵たちが
しらみつぶしに火を消して回り……
防衛戦開始から十五日後―――
ようやく本当の意味での『終わり』を
迎えたのであった。
「つっっっかれたあぁ……」
「さすがにのう」
「ピュウ」
同じ黒髪の―――
セミロングとロングの妻二人、それに
ラッチが同時に声を上げる。
「お疲れ様。
何か食べる?」
希望を問うが、家族の表情は微妙で、
「もー、ソバもウドンも飽きた……」
「肉の入ったラーメン……
それかカレーかカツ丼が欲しいぞ」
「ピュピュウ~」
確かに、公都に比べればここはなあ。
甘味も限られているし、何より―――
「それとお風呂!
トイレはまだガマン出来るけど、
広いお風呂に入りたーいっ!」
「ここにも浴場はあるが―――
まあ設備がのう。
シャワーも何も無く、ただ浸かるだけ……
いかに公都が進んでおったか、
思い知らされたわい」
女性陣に取っては死活問題だろう。
幸い氷のドームがあるので、暑さが
抑えられているのが救いか。
と、そこへ―――
青い短髪の、細長い眼鏡をかけた男性が
片手を上げながらやって来た。
「シン殿」
「グラキノスさん―――
お疲れ様です」
氷のドームは彼の魔法の賜物だ。
出来るなら、公都に帰った後もやって欲しい
くらいだけど。
「お疲れですー」
「そういえば、どこへ行っていたのだ?」
「ピュ?」
家族が何気なく彼に聞くと、
「いや、ハハ……
この町の住人から、あの氷の防壁を残しておいて
くれないかとお願いされまして」
困ったように笑うグラキノスさん。
「この季節では、喉から手が出るほど
欲しいでしょうから……
それで、何と?」
「残していくには構いませんが―――
自分がいなければ当然維持は出来ませんし……
氷が溶ければ、どこから崩壊するか
わかりません」
ありゃー……と、みんなで困惑した表情になる。
「ですので、ラミア族の方に半地下を作って
もらい、氷室をいくつか用意しておりました」
「そ、そんな事まで……
お疲れ様です」
「いえいえ。
戦闘に直接参加しておりませんので、
これくらいはさせて頂きませんと」
そこで彼はふと小声になり、
「それで―――
例の『第二波』はどうなりましたか?」
「レイド君に範囲索敵で確認してもらいましたが、
ワイバーンで可能な限り探索したところ……
感知は無かったと報告が入っています。
つまり、危機は完全に脱したかと」
そこで私と家族含め、はぁ~……と大きく
息を吐く。
「結局、ハイ・ローキュストの死骸って
どうなったの?
全部焼いた?」
メルが後処理の方に質問を振ると、
「3千匹ほど回収したけど、結局は
荷物になるし―――
他はその場で焼却だって」
「回収、のう。
全て焼いてしまった方が安全ではないのか?」
「ピュウ」
アルテリーゼの意見ももっともだが、
「軍が動いているからね。
いろいろお金かかっているだろうし……
どこかで取り戻さないと」
「世知辛いですね……」
グラキノスさんが苦笑する。
しかし、こういう話が出来るのも―――
安全が戻って来た証拠だろう。
「…………」
「…………」
と、今度は―――
ローブをまとった、スキンヘッドの
修行僧のような二人が。
マルズ国の風雷―――
ナッシュさん、クローザーさんだ。
「お2人とも、お疲れ様でした。
私たちはそろそろ公都へ引き上げ
ますけど」
「あの、シン殿」
すると彼らの背後から、申し訳なさそうに
金髪ロングの、女騎士といった体の女性が現れ、
「ミヌエート様。どうしました?」
「ええと、この二人がですね。
是非ともウドンやソバの、あのスープが
欲しいとの事でして」
彼らに視線を向けると、コクコクとうなずく。
めんつゆの事か……
確かに補給物資は調味料中心に指定したし、
材料は結構残っているけど。
「いいんじゃない?
持ち帰ろうにも荷物になるし、
作って置いていけば」
「そちらからも誰か人を寄越せい。
作り方なら教えてやるでな」
それを聞いたナッシュさんとクローザーさんは、
ブンブンと首を上下に振ると―――
早足で去っていった。
「……あのお2人、しゃべれないんですか?」
「いえ、そんな事もないと思いますけど……」
グラキノスさんの問いに、ラヴェル伯爵令嬢が
答え―――
私たちはめんつゆを作りに、家族で調理場へと
移動する事にした。
翌日……
防衛戦初日から数えて十六日目。
「では、お世話になりました」
ウィンベル王国・公都『ヤマト』組を
代表して―――
こげ茶色の、ダブルレイヤー風の髪型をした
童顔の青年が、連邦の援軍を前に頭を下げる。
その隣りには、彼の双子の姉である―――
同じ色のロングヘアーをした女性が、
片手をひらひらさせながら立っていた。
ザース・ドーン伯爵次男と、同じく次女ユーミ様。
一応この二人が我が国で一番身分が高い参加者
なので、別れのあいさつをお願いした。
「お礼を言うのは我々の方です。
首都・サルバルの件に加え―――
今回のハイ・ローキュストの大群の撃退……
この恩は決して忘れません」
淡いパープルの短髪の二十歳くらいの青年―――
エンレイン王子様が、返礼する。
そして真っ赤な長髪の女性、ワイバーンの女王・
ヒミコ様が、妻のように彼に寄り添っていた。
「…………」
「…………」
援軍として来た、ナッシュさんと
クローザーさんも、無言で会釈する。
その二人を見て困ったように、ミヌエート様も
ペコリと頭を下げた。
「じゃあ、俺たちはこれで失礼するッス」
「『失礼します』でしょ!
最後のあいさつくらいしっかりやりなさい!」
軽い感じの、短い黒髪に褐色肌の青年に対し、
妻である丸眼鏡をかけたライトグリーンの、
ショートヘアーの女性が注意する。
「私たちもこれで……」
「でも困りましたね、パック君」
シルバーと、さらに白い白銀の長髪をした夫婦、
パックさんとシャンタルさんがどこか戸惑う
ように顔を見合わせ、
「どうかしましたか?」
私がパック夫妻に近付くと、
「いえ、レムちゃんの事なんですが」
「他の子供たちと仲良くなってしまって……」
二人の視線の先を見ると、そこには―――
「レムちゃん、行っちゃやだー!!」
「ラッチもここにいてー!!」
子供たちにもみくちゃにされる、ゴーレムと
ドラゴンの子供の姿があった。
ずいぶんと馴染んだというか仲良くなったと
いうか……
「やっぱり不安だったんでしょうね。
リリィにもすごく懐いてましたし……」
「寝る時は魔狼の姿の私と―――
3・4人一緒でしたから」
ボサボサ頭の赤髪のアラサーの青年と、
ダークブラウンの長髪を持つ色白の女性が、
その光景を暖かく見守る。
一応、安全を確保されていたとはいえ……
特にレムとラッチは、子供たちの精神安定剤に
なったに違いない。
「私も少し寂しいです。
一緒に世話をしていましたので」
ライトブラウンの長い髪を持つ―――
ラミア族のタースィーさんも、子供たちを
名残惜しそうに見つめ……
結局は子供たちが泣き止むのを待って、
出発する運びとなった。
「ねー、シン。
あれで良かったの?
孤児なら、フツーに引き受けてあげたって」
帰りの空の上で―――
メルがラッチを抱きながら聞いてくる。
「今でさえ、公都に行けば子供の面倒を見て
くれるって―――
捨てて行こうとする親がいるんだよ?
もし他国の子供でも引き取るって知られたら、
何としてでもウィンベル王国を目指す人たちで
いっぱいになっちゃうよ」
あの町にも、身寄りのいない子供たちはそれなりに
いたのだが―――
助けようとして助けられない事はない。
しかし、彼らまで救った事が知られたら……
その後の困難は目に見えていた。
『まあ、そこで終わらず……
『留学』の話を持ち掛けるのが、シンらしいの
だがな』
「ピュウ」
外の伝声管から、私たちが乗っている『乗客箱』へ
アルテリーゼの声が伝わる。
「いやまあ、だってそれは~……
あの防衛戦の後だし」
最前線となった町―――
言い換えれば、そこから西側の村や集落は
完全に滅んだと言っていい。
安全は戻ったが、生活が戻ったわけでは
ないのだ。
今後はあの町を中心に復興に向けて動く
だろうけど、優先順位というものがある。
孤児たちやその面倒を見る人たちなど……
後回しになるのは目に見えていた。
そこでエンレイン王子様に『留学』について
相談したところ、
『連邦各国はそちらの技術を渇望して
おりますし―――
言い方は何ですが、直接的な口減らしにも
なります。
マルズやマシリアには、私の方から伝えて
おきましょう』
『では迎えに来るまで、彼と一緒にこの町で
待っておるからな』
と、マルズ国の王子とワイバーンの女王は、
引き続き町で待機する事が決まったのだった。
「でも安心しました。
それに、ヒミコ様がいれば、たいていの事は
対応出来るでしょうし―――」
タースィーさんがホッとしながら感想を
口にする。
「私もです。
シンさんのご配慮に、感謝します」
魔狼のリリィさんが、人間の姿で私に向かって
一礼する。
考えてみれば、タースィーさんもリリィさんも
母親だし……
心配で仕方がなかったのだろう。
こうして、ウィンベル王国一行は―――
防衛戦を終え、二日の飛行を経て……
公都へ帰還した。
「ご苦労だった。
王族を代表して、ここに感謝する」
冒険者ギルド支部の支部長室で―――
グレーの短髪に白髪の混じった、四十代に
見える筋肉質の男性が、テーブルに両手をつけて
頭を下げる。
公都に戻った私は、事の次第をレイド夫妻と共に
前国王の兄にして―――
ギルド本部長へ報告に上がり、
防衛戦の完了と……
第二波の三十万のハイ・ローキュストの群れの
存在―――
そして、結局は私の能力を使った事などを
説明した。
「詳細は、ユーミ様の報告書を見て頂ければと」
「で、またチビどもが増えるのか。
それで何人くらいだ?」
ライさんの隣りで、話を聞いていた
アラフィフに見える白髪交じりの支部長が、
『留学』について話を促す。
「ええと、確か……
保護者を合わせて20人ほどです」
それを聞くと、ジャンさんはソファの
背もたれにどっかと背中を押し付け、
「それだけか。
別にいいんじゃねえか?
今はまだ受け入れに余裕があるしよ」
「そうなんですか?」
断られるとは思っていなかったものの、
意外な回答に思わず聞き返す。
「今、児童預り所には何人ほどいるんですか?」
するとミリアさんが片手を挙げて、
「今は男女合わせて―――
40人くらいでしょうか。
それと留学組に、魔狼やワイバーンの子供たちも
合わせると……」
そこで私は手を垂直に立てて横に振り、
「あ、いえ……
純粋にその、身寄りの無い子供たちは」
「それなら、30人もいないと思います」
その答えに、私は首を傾げる。
確か最初、孤児院にいたのは―――
男の子が5人に女の子が7人で……
「そんなに増えてないような」
なるべく言葉を選んで疑問を口にすると、
「そりゃあまあ、そうだろう。
何せお前さんが来てから、ここは―――
生活が劇的に向上したからな」
「シンさんが来てからは、ここで孤児になったり、
奴隷落ちしたチビはいないッス。
増えたのは、近くの村や集落から流れて来た
やつッスから」
ギルド支部長と次期ギルド支部長が答え、
続いて本部長が、
「ここに来れば仕事にあぶれる事はなく、
子供向けの食料は半額―――
さらに手厚い医療付きだ。
経済が安定している上、すぐに医者にも
診せられる……
孤児への対応は元より、孤児が発生しにくい
環境になっているのだ。
ある意味、究極の対策とも言える」
確かに生活が豊かになれば、生存率も上がるし
子供を売る事も自然に無くなる。
「雇用を重視していたのは事実ですけど、
そういう事になっていたとは……
あれ?
でも児童預かり所って、いつもかなりの数の
子供たちがいるような。
外からも預かっているんですよね、確か」
私の問いに、ミリアさんは首を左右に振って、
「子供を置いて行こうとする親への対策として、
預かる、という事はしていましたが―――
(42話 はじめての まりょくそくてい参照)
結局、こっちの方が仕事もあるという事で、
今はほぼ全員引っ越してきています」
「へー、そうだったんですか。
えと、じゃああの人数は?」
疑問が振り出しに戻ると、
今度はレイド君が頭をかきながら、
「『足踏み踊り』を一緒にやっているチビたちも、
いったん児童預かり所に集まってから
行くンスよ?
それにあそこに行けば、レムちゃんや
ラッチ、あと子供の魔狼、ラミア族―――
ワイバーンと遊べるッスから。
そりゃ子供なら絶対行くッス!」
「特に子供の面倒を見てくれるラミア族が、
ベタベタに甘やかすからなあ。
魔狼たちも『群れの子供は全員で面倒を見る』
習性って言って……
あとオヤツがほぼ毎日出るし―――
今じゃそれ目当てのチビどもも多い」
ジャンさんも苦笑しながら説明する。
「差し入れを持ってきてくれる冒険者や、
貴族様も多いですからね。
まあ、女性の場合は―――
バン君や土精霊様、ジーク君、マギア様が
目当てなんでしょうけど」
ミリアさんが同性として、困った顔を
しながらため息をつく。
「うーん……
じゃあ今回も普通に連れて来た方が良かった
ですかね」
回りくどい手段を取った事を反省すると、
ライさんが手をかざすようにして、
「いや、シンの判断は正しい。
『ウィンベル王国は孤児を無条件で受け入れて
くれます』、なんて噂が立った日にゃ―――
国庫をひっくり返してももたねえよ」
王都だけでも三千人はいたという話だからなあ。
隣国に限っても何万人いる事か……
彼は続けて別の話題に入り、
「そういや、シン。
お前さんから聞いた限りの事は、王家直属の
開発部門で試しちゃいるが……
麺を乾燥させたヤツか?
それの試作品が出来たから、確認して欲しいって
話だ」
「へえー。
それはどこに?」
「宿屋『クラン』に納入したらしい。
俺も食いたいから、残しておいてくれよ」
そこで私は室内のメンバーに一礼して、
「では、これで失礼します。
宿屋『クラン』ならちょうど―――
ユーミ様絡みで行くところでしたので」
「ン? ユーミ様がどうかしたのか」
支部長の質問に、私は苦笑いして、
「今回、前借りを―――
18日ほどぶっ通して使ったため、これから
1ヶ月ほど眠りにつくそうです。
それで寝る前に、『美味い料理を!』って
お願いされまして」
それを聞いた全員は、困ったような笑いを浮かべ、
私は支部長室を後にした。
「こ、こりゃウメェ……!
また麺類かよって思ったけど、さっぱりしてて
いくらでも入るぜ!」
「落ち着いて、ユーミ姉さん。
でもこの暑さに、酸っぱい料理は食欲が
確かに増します」
夕食時―――
宿屋『クラン』にて、ユーミ様・ザース様の
姉弟が、料理に舌鼓を打つ。
「あの人って確か領主様の……」
「しかしよく入るよな」
二人から遠い席で、中肉中背の―――
ブラウンの短髪に、こげ茶のボサボサ頭の公都の
門番兵長二人……
ロンさんとマイルさんがボソッと漏らし、
「冷やしラーメンとはまた違うね」
「完全にこちらは、冷たい専門の料理という
感じだのう」
「ピュ~」
メルとアルテリーゼ、ラッチが麺をすすりながら
感想を口にする。
「お酢を使ったスープなんて、と思ったけど……
肉や野菜、卵にこれほど合うなんてね」
髪を後ろでまとめた、アラフォーの女性が
両手を腰に構えて食堂を眺める。
彼女が言うお酢を使ったスープ―――
それを使った料理とは『冷やし中華』。
醤油も出来、出汁もあり……
何とか味を調整して、地球の冷やし中華に
近い味を作り出すのに成功したのだった。
「そういえばクレアージュさん。
王都から納入された物は?」
「沸騰したお湯で茹でればいいんだっけ?
いつでも出来るよ」
そろそろかな、と思っていると……
宿屋の扉が開かれ、
「うーっす、シン」
「もう出来ているか、アレ?」
冒険者ギルドの本部長と支部長が現れ、
「ゴチになるッス!」
「あ、もう何かあるー」
次いでレイド夫妻が姿を現し、
「あ、シンさん。
パックさんとシャンタルさんなんですけど」
「今日は来られないとの事です。
レムちゃんの乗っていたゴーレムの手入れに
時間がかかるとかで……」
その後ろから、レイド君と同じくらいの背の、
焦げ茶の短髪の10代後半の少年と、亜麻色の髪を
後ろで三つ編みにした少女が同時に現れる。
ギル君・ルーチェさん夫婦だ。
「シン殿、久しく―――
防衛戦の事はグラキノスから聞きました。
あと精霊たちは所用で来られないとかで、
余が言伝を頼まれた」
さらに、5、6才ほどの―――
ベージュのような薄い黄色の髪を撒き毛にした
魔王・マギア様が―――
「何か、新しい料理が出るとか」
「帰ってきて早々、お疲れ様です」
やや外ハネしたミディアムボブの、パープルの
髪をした女性と、ダークブラウンの肌と純白の
長髪を持つ女性―――
イスティールさんとオルディラさんが、
「おっ、もう何か出てるな」
「しかし、シン殿は元気ですね。
自分は結構ヘトヘトでして」
茶色の短髪で細マッチョという感じの青年―――
ノイクリフさんとグラキノスさんも入ってきた。
「揃いましたか。
では、少しお待ちください。
それまでは冷やし中華を……
店員さん、お願いします」
新たに入って来たジャンさんたちへ、
冷やし中華の追加を頼むと―――
私は女将さんと共に厨房へ入って行った。
「おりょ? 早いね」
「何じゃこれは?
ウドン? パスタ?
いやでもかなり細い……」
「ピュ~?」
家族は『それ』を目の前にして―――
首を傾げる。
地球でいうところの白い生糸をまとめた
ような、一口大に分けられたそれが、
皿に盛られて出される。
「おー、これだこれだ」
「これが王都で作られたヤツか」
ライさんとジャンさんが、観察するようにして
うなずく。
「これも、ウドンやソバと同じように―――
めんつゆにつけて食べるものです。
つゆはお好みに薄めてください」
私の説明に、それぞれ箸をつけ始める。
「んー……」
「お?」
ザース様とユーミ様がまず口に入れ、
「あれ?」
「何か食感が……
めんつゆ?」
ギル夫妻が一口すすって止まり、
「何か面白いな、コレ」
「ああ。何かツルツルしてる」
ロンさんとマイルさんも、ズルズルと
流し込んでいく。
「何っスかねえコレ。
どこかで食べたような食べなかったような」
「うーん。覚えがあるんだけど……」
レイド夫妻も食べながら、不思議そうに語る。
「?
どうしたのだ、オルディラ」
箸を持ったまま停止し、プルプルと震えている
彼女に、マギア様が声を掛ける。
「オルディラ?」
「何だ? どうした?」
「何があったのです?」
他の魔族の面々も彼女を気遣うが、
「来た……!
来ましたよ、わたくしの時代が……!」
すっと立ち上がり、周囲の注目を引くと、
「シン殿……!
このつゆに入っているのは納豆ですね!?」
オルディラさんの言葉に周囲がざわつくが、
「はい、その通りです。
今回、ソーメンの開発に成功したとの事で、
めんつゆにも手を加えて―――
納豆を入れてかき混ぜた後、豆だけ取り出し、
とろみだけつゆにつけてみました」
そこでギルド本部長と支部長が、めんつゆを
まじまじと見つめ、
「納豆ってアレだよな。
あの見た目が無いとこんな感じなのか」
「確かに面白い食感だ。
でも悪くねぇぞ」
そう言うと大量につゆにつけて、
喉に流し込んでいく。
「確かによく嗅ぐと匂いが」
「見た感じがすごかったからのう、アレは。
しかしこれならば気にならん」
「ピュピュウ」
家族も、特に気にせずに食べ続ける。
「うむ、これはうまい」
「特にこの暑さでは―――
望外の美味しさです」
マギア様とイスティールさんも、次々と
めんつゆに入れていき―――
「夏場はどうしても、熱いものは敬遠しがちに
なるからなあ」
「これなら、いくらでも食べられます」
ノイクリフさんとグラキノスさんも、
ズルズルとすすっていく。
「シン殿、これ……
ウドンやソバにも使えるのでは?」
「ああ、そうですね。
夏の定番なんです。
特に納豆は暑さでバテている時に、
必要な栄養がたくさんあるので……
出来れば豆ごと食べてもらった方が
いいんですけどね」
オルディラさんの問いに答えると、彼女は
満面の笑みを浮かべ―――
『まあこれなら』『匂いもあまり無いし』と、
周囲にはおおむね受け入れられていった。
「……アストル・ムラトと言ったか。
我がランドルフ帝国へよくぞ参った。
我が国は貴公を歓迎する」
「ハッ!
有難きお言葉……!」
同じ頃―――
東の海の向こうの大陸、ある帝国にて……
元マルズ国の兵器開発主任である男が、
身分の高そうな、それでいてシンプルな
服飾の初老の男を前に跪く。
「まあ、堅苦しいあいさつはここまでだ。
楽にしてくれ」
グリーンの短髪の、長身で眼鏡をかけた
三十代後半くらいと思える―――
アストルと呼ばれた男は立ち上がる。
五十代と思われる、白髪交じりの男性は
彼を前に言葉を続け、
「それでどうかね、アストル君。
一通り研究機関を見てもらったが……
この国で、君の思う通りの研究は出来そうか?」
「はい! 何もかもが違います!
研究も自由に認められている。
予算も潤沢―――
上からの『政治判断』とやらの横やりもない。
お招きに応じ、海の向こうからやってきた
甲斐がありました!」
それを見て初老の男はウンウンとうなずき、
「それは良かった。
ところで、君の開発していた―――
『誘導飛翔体』か?
あれにはウチの研究者たちも大いに刺激
されてな」
「ありがとうございます」
頭を下げ、アストルは思考にふける。
(元々あれは―――
マルズを覇権国とした皇帝に、参謀として
仕えていたという男の計画だ。
奴隷解放・亜人差別撤廃などという、
頭のおかしな主張もしていたらしいが……
兵器計画や運用はとても70年以上前の
ものとは思えん。
このランドルフ帝国で―――
せいぜい利用させてもらおう)
心の中でほくそ笑む彼に、目の前の男が
さらに一歩近付いて、
「そこで相談なのだが。
あれだけの先進的な考えが出来る君の事だ。
その優秀で柔軟な頭脳を、欲しがっている
ところがあってな。
我が国の最先端の―――
極秘開発部門に参加してはくれまいか?」
「こ……光栄にございます!」
彼は笑みをかみ殺しながら―――
その要請を受け入れた。