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翌朝、キッチンには静寂が落ちていた
以前の私なら、健一が起きる一時間前には出汁をとり、焼き魚と炊き立てのご飯を用意していたけれど。
今のテーブルの上にあるのは
私一人のためのスムージーと、お気に入りのベーカリーで買ったクロワッサンだけ。
パジャマ姿の健一がリビングに現れ、並べられた朝食を二度見する。
「……おい、俺のは?」
「あら、おはよう。昨日も言ったでしょ、もう食事は別々。あなたは冷蔵庫の納豆でも食べたら?」
私は健一の視線を無視して、優雅にスムージーを口にした。
昨日美容院でトリートメントをしたおかげで、朝の光に反射する髪が自分でも驚くほど艶やかだ。
「……ふざけんなよ。主婦だろ?」
「いいえ、あなたの言う『余生を楽しんでいる終わった女』よ。終わっている私に、あなたの健康を管理する義務なんてないわ」
健一は忌々しそうに舌打ちし、冷蔵庫を乱暴に開けた。
中には、私が自分磨きのために買った高級フルーツや美容パックが並び、彼の口に入るようなものは何一つない。
これまでは「健一さんの好物だから」と自分は我慢して彼に食べさせていたのに。
その優しさを彼は「当たり前」という名のゴミ箱に捨てたのだ。
その時、リビングに響いたのは、健一のスマホの通知音だった。
彼は露骨に顔を輝かせ、画面にかじりつく。
(……ナオミからの返信、待ってるんでしょ?)
私は自分のスマホを操作し、ナオミのアカウントで返信を打つ。
あえて丁寧すぎない、少しだけミステリアスな言葉を選んで。
『ナオミ:お誘いありがとうございます。バーに詳しい男性、素敵ですね。でも、知らない方とお会いするのは少し勇気がいります……』
健一の指が激しく動く。
彼は朝食も食べず、目の前にいる妻を無視して、ナオミを口説くことに没頭している。
「……よしッ」
小さくガッツポーズをする健一。
どうやら、私の「焦らし」が効いたようだ。
「……何、いいことでもあったの?」
「ああ、お前みたいな可愛げのない女と違って、すごく教養があって綺麗な子と知り合ったんだ。これからはそっちが俺の本命になるかもな」
健一は勝ち誇ったように笑い、着替えもそこそこに家を飛び出していった。
その背中を見送りながら、私は静かにパンを噛みしめる。
(本当、バカね。教養があって綺麗なその子は、今、あなたの目の前でクロワッサンを食べているのに)
健一が出かけた後、私は本格的な「次のステップ」に入った。
30歳の今、20代の頃の自分を超えるために、私は自分の体の隅々まで再構築していく。
ピラティスのパーソナルレッスンを予約し
プロのカラー診断で「今の私」を最も輝かせる色を見極める。
そして、健一が浮気相手の里奈と密会しているであろう昼下がり。
私はナオミとして、健一に一枚の写真を送った。
それは、顔は写っていないが、スラリと伸びた私の脚と、新しく買った高いヒールの写真。
『ナオミ:今日は少しだけ、お洒落して出かけてみました。健一さんは、どんな一日を過ごしていますか?』
すぐに返信が来る。
『健一:美脚✨✨すぎて、オジサン、もう見惚れちゃったヨ‼️(≧▽≦)💖』
『まさに、美の暴力✨💃だネ‼️(笑)(^_^;)💦』
『実は……😅オジサン、今はお仕事中💻なんだけど、正直、ナオミちゃんのことばかり考えちゃって💖仕事が全然手に付かないヨ〜〜‼️(T_T)💦』
『これじゃあ、クビになっちゃうかも⁉️😱ナンチャッテ‼️✋(≧▽≦)✨あんまり無理しちゃダメだゾ‼️✨今日もお互い頑張ろうネ‼️🎵(^_−)−☆✨
お返事、楽しみにしてるヨ〜〜‼️💌💕✨』
キモすぎる、そして嘘つき。
背後のガラスの反射に、里奈の派手なネイルをした手が写っているわよ。
健一は里奈と会いながら、ナオミに熱烈なアピールをしている。
(二人の女を同時に手に入れているつもり?あなたは今、二つの罠に同時に足を踏み入れたのよ)
私は冷徹な視線でスマホを見つめ、ふっと息を吐いた。
家の中では「無視される不機嫌な妻」。
外では「手の届かない理想の女神」。
どちらも私。
どちらも、あなたの人生を壊すための仮面。
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#大人ロマンス
#サレ妻