四月の下旬に差し掛かった、元貴が退院する日の朝。僕たちはマネージャーの仲村さんと共に、病院へ向かった。あれからも、それぞれにソロの仕事や、若井と二人でできる仕事、さらに打ち合わせなどの合間を縫っては、元貴に会いに来ていた。元貴は、検査を何度も繰り返したり、少し体を動かすリハビリなんかも受けていて、しかしその意識が29歳に戻る事は無かった。
病院の入り口で、元貴のご両親と再び会った。
「本当に、二人に頼りっきりでごめんなさいね。」
「元貴をよろしく頼みます。」
「はい。早く、元の生活に戻れるように、僕らも頑張りますから。」
「おっちゃんもおばちゃんも大丈夫。俺なんか、忘れられてるからね。」
若井があっけらかんと言い放つ。僕たちは微妙な顔で、とりあえず僅かに微笑んでおいた。
みんなで連れ立って、元貴の病室へ向かう。扉を開けると、脳神経外科の田中先生と、入院着から普段の服へと着替えた元貴が、荷物を詰めた鞄と一緒にベッドに腰掛けていた。
「あ、りょうちゃん!」
「おはよう、元貴。」
「よ。」
「わかいだ。」
元貴に近づくと、ニコニコと笑顔を向けてくる。しかし、入り口に留まる元貴のご両親には、少し緊張したような視線を向けていた。
「元貴、これから涼くんとひろくんと、一緒に家に帰るのよ。」
「え?」
「俺たちは、ちょっと元貴を怖がらせちゃうから。また思い出してもらえたら、すぐ会いに来るよ。」
元貴のお母さんとお父さんが、入り口から優しく声をかけた。元貴が、僕を見る。
「…元貴、一緒に帰ろ。」
「…うん!」
僕の手を、ギュッと握ってきた。僕も優しく微笑んで、握り返す。若井も近くに来て、話しかけた。
「俺も一緒だからな。」
「えー、なんで?」
「なんでってなんでよ! いーじゃん、一緒に帰ろうぜ!」
「えー? やだ!」
元貴が、ケラケラと楽しそうに笑う。本当に、子どもが大人を揶揄う、楽しそうな笑顔そのものだった。
田中先生に、今後の通院についての説明を受けた後、いくつかの荷物と共に、僕たちは事務所の送迎車で元貴の家へと送り届けてもらった。僕の合鍵を使って、ドアを開ける。
「ここ、オレの家?」
「そうだよ、さ、入ろ。」
「…おじゃまします…。」
ついそう言ってしまいながら、元貴がそろそろと家へ入る。若井が率先して中へ歩いていって、リビングのドアを開けた。
「なんか飲む?」
「うん。」
「コーラ?」
「うん!」
若井が元貴に尋ねると、嬉しそうに笑って返した。やっぱな、と言いながら、若井が冷蔵庫を開けて、用意する。
部屋をきょろきょろと見渡しながら、元貴が僕に話しかけた。
「広いね。」
「そうだね、仕事部屋もあるからね。」
「仕事?」
「うん。…見てみる?」
「うん…。」
元貴を連れて、仕事部屋の扉を開ける。中には、大きな作業デスクが置かれ、その上にはパソコンとキーボード、タブレットなどが整理されている。壁際にはさまざまなギターが並べられ、ソファーやローテーブルもあった。
「…すご。」
「ね、いつも綺麗にしてるよ、ホント。」
「…オレ?」
「そう。」
元貴が、パソコンに歩み寄る。僕もそばに着きながら、その様子を見守っていた。元貴がじっと見つめたかと思うと、不意にパソコンの電源ボタンを押す。しばらくの準備ののち、パッとディスプレイが立ち上がった。元貴が覗き込むと、その顔を認証して、画面が開かれる。デスクトップに、無数に散らばる、元貴の思考たち。そこもやはり、きちんと整頓されていて、乱雑さは全くない。
「…読めない…。」
元貴が、ポツリと零す。さまざまなファイル名は、英語表記であったり、漢字を用いて表示されているものばかりだった。僕は、元貴の肩に優しく手を置いて、シャットダウンを促す。
「焦らないで、ゆっくりでいいよ。」
僕がそう言うと、元貴は小さく頷いた。仕事部屋の入り口から僕らを見ていた若井が、コーラ入れたよ、と声を掛けてくれる。僕たちはリビングへ移動して、ソファーに腰掛けた。
コーラを飲む元貴の前に、僕は一冊のノートと鉛筆を用意する。
「なに?」
「漢字とか、英語の勉強しようと思って、買ってきた。」
方眼ノートを一枚めくり、サラサラと字を書く。
『藤澤涼架』
ノートに、漢字と、振り仮名を記した。
「ふじさわ、りょうか…。…りょうちゃん?」
「そう、僕のフルネーム。苗字と名前ね。」
「ふーん…。これ、どういう漢字?」
『涼』という字を指差す。
「これはね、涼しいっていう字。こっちは、架けるっていう字で、こっちとあっちを繋ぐ、っていう意味かな。架け橋、とか知ってる?」
「架け橋…? 川の橋のこと?」
「そうそう。」
「ふーん…。」
僕らの様子を見て、若井もしゃがみ込んで、鉛筆を走らせた。
『若井滉斗』
「わかい、ひろと?」
「そ。これは、光とか水とかお日様とか、自然の力がいっぱい入ってる。『斗』は、知らん。」
若井が、『滉』を指差して、説明をした。雑な説明に、元貴がははっと笑う。
「オレね、自分の書けるよ。」
そう言って、元貴も鉛筆を手にした。
『大森元貴』
元々、そんなに字が綺麗な方ではない元貴だが、ノートの文字はさらに子どもらしい字体のものであった。
「大森、元貴。上手だね。」
「涼ちゃんの名前書いてみよ。」
そう言って、元貴が何度も僕の名前をノートに書いた。
「涼しい、架け橋。」
そう言いながら、元貴が書いていく。初めはバランスがめちゃくちゃだった字が、段々と整えられていった。
「俺は? 若井滉斗も書いてみ?」
「わーかーい、ひーろーと。」
ゆっくり言いながら、若井の字も書いていく。
「ん? ひーろー? 若井、ヒーロー?」
「あ、そうそう、ヒーローって意味もあるんだって、俺の名前。」
「へえー、いーなぁ。」
「でしょ?」
二人で笑い合う。それを、僕は目を細めて眺めていた。
それからしばらくの時間、僕がネットで適当に選んで買っておいた漢字ドリルや英語のワークなんかをいくつかやって、あっという間にお昼を迎えた。
「あ゛ー、つかれたー。おなか空いたー。」
元貴が、テーブルにベチャッと身体を付けて、腕を伸ばして嘆いている。僕は、簡単にチャーハンでも作ろうと、キッチンへ移動した。
「よっし、元貴、ゲームしよゲーム。」
若井が、元貴の背中をポンと叩いて、遊びに誘う。
「ゲーム!? 何すんの?!」
パッと顔を上げて、明るい表情を若井に向ける。二人でテレビ台にいそいそと移動して、胡座をかいてアレコレとゲームソフトを選びにいった。僕は、キッチンからその様子を見て、ふふ、と笑う。なんか、本当に子どもの友達同士みたいで、微笑ましいな。
二人はレースゲームを選んで、爆走するコースに合わせて身体を同じように傾けながら、競い合って遊んでいた。
「あー! 来んな! やめろ! コロス! うわあー最悪!!」
「「若井、口悪い。」」
僕と元貴の声が重なって若井に飛んでいく。元貴が僕を振り返り、二人で顔を見合わせてフフッと笑った。
ゲームが盛り上がる中、チャーハンが出来上がり、みんなで遅めのお昼を食べた。元貴が「しょっぱい」と言いながらも、嬉しそうに頬張って、完食してくれたことに安心する。
「よし、元貴、ちょっとギター弾いてみない?」
若井が、再び元貴を誘った。元貴は、んー、と若井を見つめて、首を傾げる。
「オレ、ひけんのかなぁ?」
「多分、ゲームとかと一緒で、体が覚えてると思うけどなぁ。」
若井が立ち上がった。仕事部屋へギターを取りに行くようだ。僕はソファーに座って、元貴の勉強ノートを眺めていたが、元貴がそっと隣にくっついて座りにきた。その顔は、少し不安を湛えている。
「…ギター、嫌?」
「ううん、イヤじゃないけど…ひけなかったら…みんなガッカリする?」
元貴が、自分の手元を見たまま、そう零した。ああ、やはり周りからの『大森元貴』に向けられる期待は、この子も感じていたんだ。僕たちはなるべくそれを与えないようにと気を付けていたつもりでも、この勉強だって、ギターだって、きっと全てプレッシャーになってしまっているのだろう。
僕は、元貴をそっと抱きしめた。
「ごめんね、元貴。いきなりアレコレ言われて、疲れたよね。やりたくなかったら、いいんだよ。」
それは、小さい子をあやす様な、慈愛に満ちたハグだった。つい、目の前の幼い元貴を慰める為に抱きしめてしまったが、当たり前にその身体は29歳のもので、俺はその違和感に仄かに背中がゾッとして、すぐに身体を離した。
「…元貴は何がしたい?」
「んー…なんか音楽ききたい。」
「音楽?」
てっきり、外の公園でも遊びに行きたい、とでも言われるかと思っていたが、そういえば元貴はそこまで活発な子どもではなかったようだし、この要望は本心からだと推察できた。
ふと、ドアを開け放した仕事部屋から、若井の奏でるアコースティックギターの音が聴こえてきた。この曲は…。
「…ノニサクウタ?」
部屋の入り口へ近づき、僕が若井に訊く。ソファーに脚を組んで座り、アコギを爪弾く若井は顔を上げてにっこり笑うと、頷いた。
「これ、今の元貴にピッタリだと思わない?」
「…ふ、確かに。」
「なに?」
元貴もこちらへ来て、僕たちに尋ねた。僕は、スマホを取りに行き、『ノニサクウタ』を流す。
明るく幼い様な歌い方で、誰かを励ますような、寄り添うような、柔らかい音が耳に届く。
「…これが、…オレ?」
「…うん。そうだよ、元貴が歌ってるの。」
「なんか、子どもみたい。」
「そうだね、この曲は、意図して…えっと、考えて、わざとこうやって歌ってたみたい。」
「…ふーん…。」
元貴は、スマホの曲に合わせて奏でる若井のギターに視線を向けた。
「…この歌、…好き。」
「そう? だって、良かったね、若井。」
若井に向けて声を掛けると、ギターを見つめたままその笑顔をさらに明るくした。
夜ご飯も済ませ、そろそろ子どもにはだいぶ遅い時間になってきた。果たして生活リズムを身体に合わせるべきなのか、心に合わせるべきなのか。僕はそれを判断しかねていたが、少し瞼を重そうに、時々眼を擦り始めた元貴を見て、10歳に相応しいものにしようと、決める事ができた。
「元貴、お風呂入っちゃいな。若井がやってくれたから。」
「んー…。」
ソファーに寝転び、漫画を読んでいた元貴が、のそりと起き上がる。その前の床に座り、ローテーブルで作業をしている僕の背中に、もたれかかってきた。
「…涼ちゃん、一緒に入って〜…。」
僕は、作業の手を止めて、少し元貴を振り返る。
「僕はまだ仕事が残ってるから、若井と入っておいで。」
「えー、若井とぉ〜?」
「え? なに?」
トイレから戻ってきた若井が、話に入ってきた。
「涼ちゃんと入りたい。」
「若井。お風呂一緒に入っちゃって。」
「…元貴、俺と入ろ。水鉄砲やったげるよ、こーやって。」
口でピシュンピシュン、と言いながら、手を重ねて鉄砲の形を作る。元貴がしばらく黙って、はぁーい、といかにも仕方なさそうに返事をして、若井と一緒にお風呂場へ消えていった。
僕は、ため息をついて、寝る準備をする為に立ち上がる。ローテーブルを隅に片づけ、リビングの床に広い空間を作った。運び入れてもらった荷物の中から、エアーマットを二つ取り出す。小さな電動ポンプをコンセントに繋いで、スイッチを押した。ブーンと低い音が鳴り、マットがその形を膨らませていく。
『うわ冷て! やめろって!!』
『ギャハハ!!』
お風呂場から、若井の焦る声と、元貴の笑い声が、ここまで響いてくる。僕は、ポンプの音が響く中で、その声に、耳を傾けた。
『うわー! ちんこでか!』
『お前そーいうこと言うな!!』
『見て! 毛ーボーボー!』
『やーめーろ!!』
楽しそうな声で、とんでもない事を言っている。僕は、一緒に入らなくて本当に良かったと、心から安堵した。同時に、顔から表情が消え、ポンプが一生懸命に空気を入れている様子を見つめる事に神経を注いだ。
二つのマットが膨らみ切って、これまた持ち込んだ枕や掛け布団を用意し終わった頃、二人がほかほかと顔を火照らせながら上がってきた。
「え、ここで寝るの?」
若井が髪をバスタオルで拭きながら、僕に尋ねる。
「…うん、悪いけど、若井と元貴は、ここで寝てくれるかな?」
「…ん、わかった。」
「なにこれ?! ボヨンボヨン!」
元貴が、エアーマットの上で飛び跳ねる。
「元貴、やめなさい壊れる。」
「はーい。」
「よし、元貴、歯磨きしよっか。」
「はぁーい。」
僕に怒られて、素直に従った元貴は、若井に誘われ、また洗面所へと消えていった。僕は、お風呂に入る用意をして、廊下で二人が出るのを待つ。
「からーい!」
「あ、そっか。今日は水だけでいいよ、また明日買ってくる。」
「どうしたの?」
僕が洗面所を覗くと、ミントの歯磨き粉を嫌がる元貴が、口を濯いでいた。高ミントの、元貴が気に入っているやつだ。
「明日、好きな味のやつ、仲村さんに頼むか。」
「そうだね、そこは気付かなかったなぁ。元貴、なに味にする?」
「んー、バナナか、イチゴか、んー…からくないならなんでもいい。」
「わかった、仲村さんに言っとくわ。」
僕は、スマホのところへ戻り、仲村さんへ買い物のお願いを伝えておいた。その間に若井たちがリビングへ出てきたので、そのままお風呂へと向かった。
服を脱いで、洗面台を眺める。元貴が好きな、高ミントの歯磨き粉。それを手に取り、少し眺めた後、鏡の裏の棚に仕舞い込んだ。
お風呂から上がり、スキンケアと歯磨き、そしてドライヤーまで終え、リビングへ向かうと、既に灯りは落とされ、布団に並んだ二つの影から寝息が聞こえていた。僕はダイニングテーブルに置きっぱなしのスマホを手に取り、そっとキッチンに入ってお水を飲む。コップを静かにシンクへ置いた後、一人寝室へと入っていった。
一人で寝るには、大きすぎるベッドに、僕だけが腰掛ける。ほう、と息を吐いて、なんとか今日を乗り切った、と安堵した。10歳の元貴と、どんな感じで生活をするのか。想像していた時は不安で仕方なかったが、やってみると意外と過ごせてしまうものだ。
スマホを開いて、LINEのトーク画面を開く。そこには、これまでの元貴とのやり取りが、ぼくを慰めるように、長々と続いていた。別に、そんなに甘い愛の囁きが羅列しているわけではない。だが、ここには確かに、29歳の元貴が、いてくれる。スルスルと、過去に遡る指を止められず、僕はボーッとそれらを眺めていた。
コンコンコン。
小さな音で、ドアが鳴る。僕は、ドキッとして、そちらに顔を向けた。カチャ…、とゆっくりドアが開いて、隙間から若井が顔を覗かせる。
「…いい…?」
「…うん…。」
ごく僅かな声量で、僕の承諾を得ると、若井がするりと身体を滑り込ませて、ドアをまた音もなく閉めた。
「元貴、寝たの?」
「うん、割とすぐにね。」
「そっか、…元貴らしくないな。」
僕が力無く笑うと、若井が隣に腰掛けてきた。
「…涼ちゃんさ…。」
「…うん?」
「………………泣いてない?」
若井の言葉に、僕の眼が見開かれ、みるみる内に涙が溜まっていった。若井が困った顔をしているのが、わかる。だけど、そんな事言ってきた、若井が悪い。
僕が、袖で目元を隠すと、若井が肩を組んで優しく撫でてきた。
「…ずっと、無理してたんでしょ、涼ちゃん。」
ずっと…。ずっと、て、いつからだろ。今日一日? この部屋を片付けた時から? 元貴の病室に通ってた時から? 10歳って言われた時から? 『りょうちゃん』って、意味のない響きで名前を呼ばれた時から?
『明日、起きたら、また沢山名前を呼んでもらおう。二人きりになれたら、沢山キスさせてもらおう。』
そう、楽しみにしながら、元貴の手を握って眠った、あの時からだ。
「…涼ちゃん、ごめんな、無理させて。」
僕は、頭を振って若井に何か言おうとするが、嗚咽が漏れるだけで全く言葉にならない。若井だって、若井こそ、元貴に忘れられて、どれほどのショックだったか計り知れないのに。その若井が気丈に振る舞って頑張っているのに、どうして僕が『恋人の姿はあるのに、恋人ではないのが辛い』なんて甘えた事を言えるだろうか。僕は、はぁはぁと息を吐いて、なんとか呼吸を整える。
「…なんでも、言って? 俺、29歳だから、受け止められるよ。」
若井が、優しく僕の心を解してくる。僕は、肩を上下させながら、ゆっくりと話し出した。
「…気持ち、悪いと、思うかも、知れない、けど…。」
「思わないよ、思わない。」
「…恋人だってわかっちゃう物、全部隠した。あのミントの歯磨きだって、キスする時いっつも香ってた。ハグだって、違う。元貴の『涼ちゃん』だって、違う。僕を見る眼が、全然、違う…!」
また、喉を締め付ける悲しみがグッと込み上げてきて、僕は嗚咽を漏らして下を向く。若井は、ずっと肩を包み込んで、優しく撫でてくれている。
「…そうだよなぁ、元貴なのに、元貴じゃないって、涼ちゃんキツいに決まってるよ。頑張った、ずっとよく頑張った。」
若井の言葉が、僕の心に染み込んでくる。いつも、こうして若井は、僕や元貴を気に掛けて、フォローして、支えてくれるんだ。僕は、若井の肩に頭を預けて、涙を止めようと心を落ち着かせる。若井も、僕を優しく抱きしめて、背中を撫でてくれていた。子どもにするような、慈愛に満ちた、心底安心させてくれるハグだ。
ガチャッ
寝室のドアが開いて、元貴が顔を出した。
眼を丸くして、ベッドに腰掛けて寄り添っている僕たちを見ている。僕は、パッと身体を離して、眼を慌てて擦った。
「どした、起きちゃった?」
若井が腰を上げて、元貴に近寄る。
「…うん…。何してたの?」
「ん? 別に? 話してただけだよ。」
若井が、元貴の肩に手を置いて、笑いかける。
「…涼ちゃん、なんで泣いてんの?」
元貴が、眉を下げて僕に近寄る。僕はグッと身を硬くして、俯いた。元貴が、隣に腰掛ける。
やめて、寝室では、今の元貴と一緒に居たくないんだ。
「涼ちゃん…。」
元貴が、心配そうに僕に手を伸ばす。
『涼ちゃん。』
僕を愛おしそうに見つめて、手を伸ばす元貴の姿が、重なる。
また、その違いに背中がゾクリとする。つい、元貴の伸ばす手を振り払おうと手を出してしまって、それを若井に掴まれた。いつの間にかそばに立っていた若井を見上げると、眉を下げて小さく首を振ってみせてくる。僕は、この元貴に何をしようとしたのか、と自分を恥じた。元貴に、ニコッと笑って見せて、若井の手をギュッと握る。
「若井と、元貴のお話してただけだよ。」
「ふーん…。」
手を繋いだままの僕らを見比べて、元貴がニコッと笑った。
「なんか、涼ちゃんがママで、若井がパパみたいだね。」
頭をガツンと殴られたみたいな衝撃がきて、僕は自分が上手く笑えているか自信がなかった。若井が、僕の背中を優しくポンポンと叩いた後、元貴を誘ってまた、リビングの寝床へと戻っていった。
寝室の灯りを消して、ベッドで小さく丸くなる。別に、元貴は横にいないのだから、大きく手脚を伸ばして寝ればいいのに、隣の冷たさを余計に感じるのが嫌で、縮こまってしまう。
この、いつも元貴と愛を確かめ合っているベッドで、若井や今の元貴と一緒に寝る事は、できないと思った。若井と元貴だけでここに寝てもらうことも考えたが、僕らの情事の場に若井を寝かせること自体、憚れたのだ。
『涼ちゃんがママで、若井がパパみたい。』
元貴から、あんな事を言われてしまった。僕の頭にはすっかり元貴の声でインプットされてしまって、追い出そうとするのにリフレインして止まない。
僕は、誰も僕の身体を抱きしめて暖めてはくれないので、自分の腕でしっかりと身体を抱えて、無理矢理に意識を夜に沈めた。
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あーん辛いねぇ😭
この回、あかんです❣️❣️❣️ 10歳児の可愛さにニヤニヤしてたら、💛ちゃんの苦しさがもう切なくて🥲 つい♥️くんの手を、、、となりかけた時の、💙の首振りからの立ち直りが、💛ちゃんらしくてさらに切なくて🥲 七瀬さんのお茶目なお話も好きなのですが、七瀬さんの書かれる苦しくて切なくて、でも頑張る💛ちゃんも大好きだ❣️と再確認しました🫶
2回続けて読んでしまった…1回目あまりに所帯を探し過ぎて笑 こんな素敵なパパいます?🥹いきなり10歳の子(見た目は親友)の父親もどきにさせられてこんなに完璧な理想のパパになれるなんて若井さんスゴすぎる✨マジでこんなパパほしい😌所帯じみたなんて、3人で会話してると♡♡♡べてに感じたんですけど…笑 ち〇〇のくだりとか幼き末子が言ってるわって🤣 子どもが寝たあとで寝室来るのも夫婦…笑