──まあ、ここに座りなさい。
と、親分猫が言ったらしい。
タマと、一の姫猫は、再び地面に降りると、神妙な顔つきで、親分猫の前に座っている。
「何が、始まるのかしら?」
守恵子《もりえこ》が、不思議そうに眺めている。
「そりゃー、お説教でしょう。あの、親分猫の顔つきは、ただ事じゃありませんもの」
「でも、上野?何故、お説教なの?」
「さあー?なぜでしょうか?」
守恵子と、紗奈は興味津々で、起こっている事に見いっていた。
「それは、タマと、猫、だからでしょ?タマは、犬に見えて、犬ではなく、式神ですからね、それを、夫婦、などと言ったから……」
橘の一言に、守恵子は、悲鳴に近い声を上げて驚いた。
「えっ?!タマって、犬じゃなかったの?」
「あー、そうか、守恵子様は、あの、犬形の紙切れご覧になってませんよね」
実は、そうなんですよー、犬に見えて、犬なんだかなんだか……と、言葉に詰まる紗奈に、やっぱり、タマは、犬、に入るのかしら?と、橘も、悩んでいる。
「……ということは、親分猫様!タマは、霊剣あらたかな犬なのです!叱るのはどうでしょうか?むしろ、奉らなければ!」
守恵子が、あたふたと縁に歩むと、不機嫌な親分猫に声をかけた。
「さあ、タマ、いえ、タマ様、こちらへ、お越しください。屋敷が、このような今、どうか、我らをお守りくださいませ!」
守恵子は、何のためらいもなく、タマに向かって頭を下げた。
「い、いや、ちょっと、守恵子様!」
大きな勘違いをしている守恵子に、紗奈は、焦りきり、
「猫ちゃん達!!」
なんとかしろと、親分猫、その他の猫達を見た。
「あー、まいったなぁ、ついに、この時がきちゃった訳だー」
タマが、誇らしげに言った。
「なっ、何を調子に乗ってんの!タマ!」
「おや、上野や?タマは、霊験あらたかなるぞ、ほほほほ」
「ほほほほ、じゃないわよっ!それに、守恵子様も、頭を上げてください!!」
図に乗ったタマに、怒った紗奈は、ズンズンと近寄ると、その、首根っこを掴んで、持ち上げた。
「あんた!足の裏が汚れてるんでしょ!守恵子様に、拭いて頂きなさい!と、言いたいけれど、自分でお舐め!ん?!それよりも、沐浴ね!騒ぎのせいで、体が、すごく汚れてる!」
こっちに、来なさい!と、紗奈の剣幕は止まらない。
「あーん、上野様!下ろしてよー、タマ、ちゃんと、ペロペロしますーうー」
そんな、やり取りに、守恵子が、また、一言。
「ねえ、集まっている猫達も、汚れているのではないかしら?特に、調子の悪い猫は、体を綺麗にした方が良いと思うの」
どうでしょうか?と、親分猫に伺いを立てた。
「それにね、いつまでも、縁の下という訳もいかないし……」
守恵子の言葉を受けて、親分猫も、何か、考えあぐねているようだった。
小さく、ニャー、と、鳴くと、今度は、集まって来ている猫達と、ニャーニャー話し込んでいる。
「上野様ー!下ろしてください!タマ、通詞《つうやく》しないとー!」
確かに、猫達は、タマを見ていた。
猫達なりに、何らか結論が出たようで、守恵子へ伝えたいらしい。
「えっと、その前に、親分猫様、ちゃんと、通詞しますから、タマ達のこと、許してください!」
紗奈に、首寝っを掴まえられたまま、ジタバタしつつ、タマは、先程の調子は、どこへやらで、真剣に許しを請うている。
「えっ?!タマ、どうゆうこと?」
紗奈に問われて、
「えっと、やっぱり、タマは、タマだから、姫猫様とは、無理だって、親分猫に言われたんです」
少し、しゅんと、しながら、タマは答えつつも、えっとー、通詞を……。と、紗奈を伺った。
「あっ!掴まえたままじゃやりにくいわよね!って、やだっ!!!私!!!タマを掴んでるっ!!!」
不覚にも、勢いとはいえ、苦手な犬を手掴みしてしまったと、紗奈は、一気に動揺して、そのまま、タマを、放してしまった。
もちろん、いきなりの事で、タマも、落下する心づもりができておらず、いつものように……。
ゴンという、音と共に、痛いよー!!という、叫び声が、上がった。
「あらまあ、タマも、災難ね、でも、優しくしてくれる相手がいるから、よかったじゃないのかしら?」
橘が、地面に落ちたタマに、寄り添い、ぶつけた頭をペロペロ舐めている一の姫猫の様子に目を細めた。
「私の考えなんですけど、二匹なりに、覚悟が、できていると思うんです。たとえ、できてなくとも、そこは、二匹の間の話。どうでしょう?当面は、見守ってやるということで……」
橘は、猫達へ、頭を下げた。別段、礼を尽くす話ではないのだろうけれど、これ、が、まとまらなければ、また、守恵子と紗奈が、騒ぎを起こす。
橘は、あえて、親分猫を立てた。
亀の甲より年の功、なのか、親分猫は、橘の目論見を理解したようで、ニャンと、鳴いた。
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