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2日間、しっかりと羽根を伸ばした私たちは再度ダンジョンを訪れ、第5階層を目指していた。
どうやら第5層は真っ暗な洞窟になっているらしい。
また今回の依頼は特殊なものなので、その辺りの準備もしてある。とはいえ洞窟の方はコウカに照らしてもらえば問題ないはずだ。
まずアイゼルファーと戦った第3階層の密林地帯で先日採取できなかったものを集めきった後、私たちは第4階層へと下った。
第4階層は第1階層と同じ平原地帯だったが、人の寄り付かない密林地帯の次ということもあり、第1階層のように魔物がほとんどいないという事態には陥っていない。
そのため、時折魔物の群れとの戦いになることもある。
「【スプラッシュ】」
シズクの声と同時に対峙していたコボルドたちの足元から水が勢いよく噴き出す。
「【アクア・ブレード】」
さらに水を使って作り出された大剣が別の群れに向けて叩きつけられる。
コボルドたちの体はその大剣によって地面へと強く打ち付けられていた。
――ふむ。
「今日は変わった魔法を使うんだね。本の影響?」
「え、あ、うん……色んな魔法を使った方が制御技術も上がるんだって」
一瞬だけこちらに目を向けたシズクが、敵に視線を戻しつつ話してくれる。
大体シズクが変わったことをやり始めるのは読んだ本の影響が多いので、今回もそうだろうと思っていたら案の定だ。
話しながらも手は止めずに新たな魔法を放つ。コボルドたちの頭上から雨が降り出したが、果たしてそれは意味があるのだろうか。
「わたくしも~なにか~やってみたい~」
珍しく起きていたノドカがそんなことを言い出した。
普段から体を浮かせるか、風の結界を作るか、動いている物を感知するかという3つのうちのどれかしか魔法を使わないノドカは一体どんな魔法を見せてくれるのだろうか。
攻撃的な魔法には期待できないが非常に興味がある。
「う~ん、こう~?」
彼女の魔力が高まると――その髪がふわりと浮き上がった。
何も起きないなと思っていたら、コボルドたちの真ん中で暴れていたコウカから驚きの声が上がる。
「わっ、なんですかこれ!」
「な、なにそれ!?」
コウカとダンゴの声に釣られて目線を向けると、コウカを中心に風が巻き上がっている。いや、コウカじゃなくて彼女の剣だろうか。
「まさか、他人の武器をエンチャントしたの?」
シズクを真似て、敵の足元から炎を噴出させるなどいつもと変わった魔法を使っていたヒバナが軽く瞠目している。
「えっと……エンチャントってなんだっけ」
どこかで聞いたような気もするが、思い出せなかったのでヒバナに教えてもらうことにした。
「属性付与とも呼ばれている魔法よ」
「ぶ、武器に魔力を纏わせて各属性の特性を与えるの」
途中からヒバナに代わり、シズクが解説してくれた。
つまり、今コウカが持っている剣はノドカの魔力でコーティングされていて、威力が上がっているうえに風の特性も持っていると。
だが風の特性とは何だろう。火とかだと分かりやすいのだが。
「風だと何が変わるの?」
「えっと……シズ、切れ味とかだっけ?」
ヒバナの問い掛けにシズクがこちらに背を向けたまま、こくこくと頷く。彼女の方は術式の構築に集中しているようだ。
――なるほど、切れ味か。
他にも敵を吹き飛ばしたりだとか、そういう効果もありそうだ。
切れ味の強化はコボルド相手には過剰な気がしないでもないが、どれくらい効果があるのかを確認するくらいはできるだろう。
「コウカお姉さま~、それは~わたくしの魔法だから~気にしないで~」
ノドカが風を拡声器のように使い、コウカに声を届けると彼女は頷いてコボルドとの戦いを再開した。
コボルドの1体に向けて、コウカが剣を横なぎに振るう。
敵も無抵抗なはずもなく、サーベルで打ち合おうとしたがそれは叶わなかったようだ。コボルドの手から剣が勢いよく弾き飛ばされ、土煙が舞った。
――おお、土煙が舞ったところなんかはすごく風っぽい気がする。
続く踏み込みからの一撃は抵抗を感じさせないほど容易く、コボルドを切り裂いていた。
そのことから確かに切れ味も向上していることが確認できた。
「……完璧ね。どうして成功するんだか……」
「あれ、そんなに難しい魔法なの?」
「まあそこそこよ。戦闘中に纏わせた魔力のバランスを維持しないといけないから、制御技術は要求されるわ。……それも自分の武器に纏わせた場合の話だけど」
言外にノドカがやったのは難しいと言っている。
エンチャントも魔法なのだから、術式を構築しないといけない。
自分との距離が空くほど制御するのが難しくなる魔力を相手の魔力のテリトリーといえる武器に纏わせるのだから当然、難しいのだろう。
ノドカは魔力制御技術に優れているということだ。
それについては薄々感付いてはいた。理由はごく単純なものだ。
――だって、ノドカ以外でふわふわと浮いている人を見たことないし。
その後も連戦が続いたが、無事にこの周辺の魔物は片付いたようだ。
数は多かったが、相手がコボルドやゴブリンなど低レベルの魔物ばかりだということもあり、負傷者はいない。
少し魔力を使いすぎた感じはあるが、そう何度もこのような戦闘があるものでもないので問題はないだろう。
「あれ、すごくよかったです。またお願いしたいくらいです」
「えへへ~、そう~?」
コウカがノドカのエンチャントを褒めちぎる。
実際に剣を振っていたコウカにしか実感できない効果などもあったのかもしれない。
「でも~やっぱり~遠いと~疲れます~…………すぅ……すぅ……」
急に寝た。まあ、いつものことだ。
会話の途中で寝られたコウカは何とも言えない表情を浮かべている。そこにヒバナが声を掛けた。
「コウカねぇとダンゴは武器を使って戦うことが多いんだし、自分で覚えたらいいじゃない」
「あ、ボクやってみたい! 教えて!」
「あ、じゃ、じゃあダンゴちゃんはあたしが……」
ダンゴがすぐに食い付く。
目をキラキラとさせた彼女のそばにはシズクが付いて、マンツーマンでエンチャントを教えてあげるようだ。
「コウカねぇは私が教えてあげる。魔力消費は少ないから安心していいわ」
「お願いします、ヒバナ」
「といっても、教えることなんてほぼないんだけど。それほど複雑じゃないから、接近戦でも使えるわ。大事なのはバランス。まずは――」
しばらく暇になってしまった。
折角なのでこの時間でアンヤの影魔法を少し見せてもらうか。
「アンヤ、影魔法ってどんなことができるの?」
腕の中でずっと大人しくしていたアンヤへと問い掛ける。
沈黙が訪れ、駄目だったかと肩を落としかけた――その時だった。
私の目の前に真っ黒の物体が現れる。
「うわっ!」
あまりに突然だったので、驚いて大きな声を上げてしまった。離れた場所からコウカたちが何かあったのかと問い掛けてきたが、何でもないと手を振って答える。
改めて、空中で静止しているこの黒い物体を見よう。
まるで影絵のように真っ黒のそれは周囲を回って確認すると立体物であるということが分かった。
「剣?」
あらゆる角度から見てみると、剣の形をしているように見えた。
「これ、触っても大丈夫?」
アンヤに問い掛けても無反応。何も反応がないということは肯定と受け取っても良いのかな。
正直なところ、柄の部分でも手が切れたりしないかすごく怖いけどそれよりも好奇心が勝った。
勇気を出して手を伸ばす。あと少しで触れそうといったところで、思い切って握り込みに行くと――手が剣をすり抜けた。
「えっ?」
何度やってもすり抜ける。刃の部分もすこし触れてみたが同じだった。
そっか、これが影魔法か。
――これだけ?
いや、そんなことはないはずだ。
とりあえずこの魔法は【シャドウ・ソード】とでも呼んでおこう。こうなったら試してみるしかない。
「アンヤ。【シャドウ・ソード】を動かしてその木にぶつけてみてくれない?」
アンヤは私の言った通りに木の幹に向かって勢いよく【シャドウ・ソード】を放った。
そしてそれは真っ直ぐ飛んでいき、木に当たった瞬間――霧散した。
やはり攻撃には使えないらしい。この魔法は牽制用になるのだろうか。
真っ黒とはいえ、剣の形をしたものが勢いよく飛んで来たら怖いし、避けたくもなるだろう。
――うん、この魔法はこれでいいや。
後はこう、影魔法だから……そうだ。影の中を移動できる魔法とかあるのではないだろうか。
「何かこう……影に潜り込んで移動する魔法とかないかな、アンヤ?」
そう言うと数秒後、アンヤがゆらりと私の腕から飛び降りて足元の影へと埋まるように消えていった。
影に潜っている間は魔力を消費してしまうものの、これは相当優秀な魔法ではないだろうか。
……そうだ、影から影へは移動できないのかな。
「アンヤ、聞こえていたらあっちの木の影まで移動してみてくれないかな?」
私の影の中から丸い影が分裂して木へと移動を始める。
すると突然、私の中の魔力がみるみるうちに減り始めた。当然、私は焦る。
原因は明白だ。
「アンヤ、ストップ! 止まって、お願い!」
止まってくれたのに減りが止まらない。
マズいかもしれない。これ、みんなで魔法を撃っている時よりも圧倒的に魔力の減りが激しい。
必死に頭を回転させ、解決策を模索する。
「で、出てきて! 影の中から出てきて!」
地面の中からアンヤが浮き出てくる。するとようやく魔力の消費が止まった。
どっと疲労が押し寄せて来て、深く息を吐く。
「もう、何やってるのよ」
「だ、大丈夫? ユウヒちゃん」
ヒバナとシズクの2人に背中を摩られながら、息を整える。
――よし、なんとか落ち着いてきた。失った魔力は戻ってこないけど。
「……あれ、エンチャントはもういいの?」
「結局のところ、魔力制御の問題だからね。後はあの子たちがもう少し制御技術を身につけるだけよ」
そう言いながら、ヒバナがコウカとダンゴを指さす。
彼女たちはそれぞれの武器にエンチャントを施そうと練習しているみたいだ。
「ふ、2人とも、あんなに制御が下手だと思わなかった」
影の中から出てきてそのまま地面の上にいたアンヤをシズクが抱え上げて戻ってくる。
エンチャントが未だ上手くいっていない2人を見るその目には少しだけ呆れの感情が含まれていた。
そこにヒバナが同調する。
「たしかに。仮にもスライムで精霊なんだから、もっと魔力の扱いが上手くてもいいくらいなのにね」
全員、体が魔力で構成されているから魔力の扱いが上手くてもいいという彼女たちの言い分は理解できる。
だが人が体の中の細胞を故意に操れないように、いくらスライムといえども魔力操作が上手いとは限らないのかもしれない。
「……それで、ユウヒは何をやっていたの?」
さっきの光景を見られているので、大体分かっているのだろう。
ヒバナの顔には呆れの感情が色濃く出ていた。
「か、影魔法で何ができるか試していました……」
あの時は少し舞い上がっていたので、軽率な行動だったと反省する。
みんながいる場所でやればよかったのだろう。シズクなら魔法に関する知識も本で仕入れてそうだし。
「あ、あのね、ユウヒちゃん。か、影潜りは影のない場所でやっちゃだめだよ」
影潜り――正式名称【シャドウ・ダイブ】は無理矢理、影を作って移動する際には魔力消費があり得ないほど跳ね上がってしまうものらしい。
だが影の中を移動するだけなら、割と魔力消費は抑えられるのだとか。ということは暗い場所とか、夜の間ならすごく強いということか。
影魔法を使う相手が出てきたら、注意しないといけないかもしれない。
「……でも影潜りって難しいらしいけど……すごいね、アンヤちゃん」
シズクがアンヤを優しく撫でる。
さっきのダンゴに対する指導もそうだし、積極的に関わろうとするなんて、シズクの中でヒバナ以外のスライムたちに対する気持ちも変わってきたということなのだろうか。
「これなら、そのうち【シルエット】の実体化もできそうだね」
「シルエット? リアライゼーション?」
ちょっと初めて聞く単語が多くてよく分からない。
それについては、ちゃんとシズクが説明してくれた。
「し、【シルエット】はさっきやっていたよね? か、影で物を形作る魔法のことだよ」
ああ、【シャドウ・ソード】って名付けたやつのことか。どうやら正式名称は違ったらしい。
「か、影魔法の代表的な魔法だけど……極めればちゃんと質量を持った魔法になるらしいんだ。さっき作っていた剣もちゃんと物を切れるようになるよ」
すごいな、影魔法。パッとしないと思っていて申し訳ない。
「……ま、まあ、そこまで極めるのが大変で割に合っていないから。ふ、普通の闇魔法を使う方がいいって書いてあったけど……」
なんて不遇なのだ。
まあ、魔法の扱いに長けたスライムだから最初からある程度扱えるのだろう。普通はシズクがすごいと言っていた影潜りも相当難しいのではないだろうか。
……いや、エンチャントの魔法が使えないコウカとダンゴの例もあるから、アンヤには才能があるのかもしれない。
影魔法の代わりに今は闇魔法があまり使えなくなってしまったのが少し惜しいが。
折角だし、アンヤには影魔法を極めてもらいたいと思う。
「そうだ、シズクが読んだ本って私も読んでも良いかな?」
「あ、う、うん。いいよ、ど、どんな本がいい……? そ、そんなに種類はないけど……」
「そうだなぁ、最初は魔法に関する本がいいな。できれば簡単そうなやつで」
私はこの世界について知らないことが多い。魔法の知識だって足りていないから、間違ったことをしてしまうかもしれないし。
そうしてシズクはいくつか取り出した本の中から1つを選び、おずおずと見せてきた。『これを読めばあなたも魔法使い -よく分かる魔法属性-』という本だ。
ふむ、タイトル的にも取っ付きやすそうである。
礼を言いながら、シズクの手から本を受け取った。
――よし、時間があるときにどんどん勉強することにしようかな。
「まだ掛かりそうね。そこの木陰で休んでおきましょう」
ヒバナがまだエンチャントの練習をしているコウカとダンゴを一瞥するとシズクの腕を引っ張っていき、木の根元に座り込んだ。
ここは平原地帯だから太陽の光を遮るものが少ないし、私もいい加減暑くなってきた。
「ユウヒもノドカと一緒に来たら? 暑いでしょ」
誘ってもらったので近くで浮かんでいたノドカの体を引っ張り、木陰へと連れ込む。私もしばらく休んでおこうかな。
折角だし、早速借りた本を読んでみよう。