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ぴちゃん、ぴちゃん……と、水たまりに水が地面に跳ねる音が聞えた。
「お、お、おおおお、お化けでそう!」
「エトワール様、そんなにくっつかれると歩きにくいです」
あはは……と、なんとも言えない苦笑いをしながら、ブライトは私が腕にしがみついていることに対してコメントした。リースが、くっついていろといったから、これはこれで合法なんじゃ無いかと思う。咎められはしないだろう。
そうじゃなくても、こんな薄気味悪い洞くつの中で離れて歩く方が難しい。
北の洞くつを舐めていた。
ブライトが持ってきた魔法石が組み込まれているランプを片手に歩いているが、数メートル先すら照らせないほどで、光が全く届かない永遠と闇が続いている空間だった。
跳ねる水の音も、足音も、自分たちの声さえも、恐ろしく聞えて強いまい、身体が萎縮してしまうのだ。
北の洞くつに入ってからずっと私はこんな状態で、ブライトに迷惑をかけている自信はあった。だが、それぐらい怖かったのだ。元々、暗いところは苦手だったし。
(本当は、両親が家にいたら一緒に寝て欲しかったのに……)
広い家の中、仕事外仕事が忙しいからと家に帰ってくるのが遅かった両親は、物心がつく頃から、私を一人にした。冷蔵庫には、最低限の食材や、飲み物しかはいっていなかったため、水や菓子パンという費が何日も続いた。育児放棄……といっても良かったのではないかと言うぐらい悲惨だった。でも、飢えて死ぬことはなかったし、お腹が空いたと言うこともなかった。両親の稼ぎが良かったから、それなりに高いものは食べていたはずだ。
けれど、広い家で一人は押さない私には耐えきれないもので、電気をつけていない部屋など、無性に恐怖が膨らんでいった。そこに誰かがいるようで、でも人じゃ無いような気がして。そんな恐怖と戦って、布団に潜ったまま出れなかった。
暗いのも、一人なのも嫌だ。
けれど、中学校の時の虐めを通して、一人がいいと思うようになったから、これはまた別の問題である。
「ぶ、ブライトは怖くないの?」
「怖い、ですか?」
「だって、全然何も見えないし。岩ばっかりだし……」
辺りを見渡す限り岩ばかりだ。それも凶器的なまでに出っ張っており、滑って転んで頭でもぶったら突き刺さってしまうのでは無いかと思った。足下もがたがただし、私が転んだらブライトも道連れなのでは無いかと思ってしまった。
そう思うと、離れた方がいいような気がして、私はパッと彼の腕を放したが、その瞬間バサバサバサ……と何かが羽ばたく音が聞えた。
「ひいいいいいいっ!」
「え、エトワール様!?」
私は、思わず悲鳴を上げて、先ほどよりも強く彼にしがみついた。それに驚いたブライトは持っていたランプを落としかけ、仄かに光るランプに照らされた顔には驚愕の二文字が俯瞰でいるようだった。
「あ、あわ…………ご、ごめん、ブライト」
「い、いえ。大丈夫ですよ。エトワール様」
彼は、何事もなかったように、私を咎めることなく、寧ろ心配して「コウモリが飛んだだけでしょう。彼らは、暗いところを好みますので」といってくれた。その言葉で、何となく落ち着きを取り戻して、私は、再びブライトにお礼を言う。こんなんで、よくついていく……連れて行ってと言えたものだと、自分で自分が情けなくなってくる。
(役に立たなきゃって思うのに、暗いところが怖い、ひーって言っててどうするのよ)
闇を恐れる人間の心理は、単純で、見えないからこそそこに何かがあるのではないかと錯覚してしまうからだ。いるかもしれないから、怖い。それが見えないから怖い。全く今の状況と合致している。
もし、もっと光る何かを持ってくることが出来て、周りをぴっかぴかのきらっきらに照らすことが出来れば、私もここまでびびらずにいられたかも知れないのに。
まあ、何を言ってももう遅いのだが。
「エトワール様は暗いところが苦手なのですか?」
「え、え、あ、うん、怖い……暗いの、凄く」
いきなりブライトに尋ねられ、誤魔化す暇もなく私は「はい」と肯定の答えを返した。強がってそんなことないといっても、バレバレだろうし、ブライトに嘘が通じるとは思わない。それに、こんな嘘を言ったところで、何にもならないため私は正直に言うことにした。
そうして、ブライトの顔を見てみれば、彼はにこりと笑って、ランプの光を前方に向けた。
「僕も怖いですよ」
「え? ブライトが?」
意外……と、ブライトをみてみれば「どうしたんですか?そんなに驚いて」と、キョトンとした目で返されたため、私は顔を逸らしてしまった。
攻略キャラは殆ど完璧に近い人間だと思っていたから、怖いという意外な言葉を聞いて頭の整理がつかなかったのだ。私に合わせて怖いと言っているのか、本気で怖いと言っているのか。ポーカーフェイスなブライトの顔からは嘘か本当かは見分けれなかった。
「ブライトでも、怖いものあるんだ」
私は、遠回しにそう聞いた。
すると、ブライトは「ありますよ、一杯」といって足を止める。
「人間の本能的に怖いものと、実際にみて怖いもの。色々あります。僕も、前の見えないこの永遠に続くかのような暗闇を怖いと思いますし、混沌や災厄のことを怖いとも思っています。他にも、家族を奪った火が今でもトラウマですから」
「そ、そっか……」
「ですので、別に隠さなくても大丈夫ですよ。怖いものは、怖い。それでいいと思います」
そのほうが人間らしいじゃないですか。と、ブライトはいって、再び歩き出した。
確かに、ブライトは火がトラウマだと言っていたし、そのせいで、火の魔法が使えない。そして、弟は混沌でその事を周りに隠さなければならない状況下で育ってきたため、混沌に対する思いや、周りの視線が怖かったに違いない。
目で見る恐怖と、視線で感じる恐怖など、様々な恐怖が此の世界には散らばっているのだ。
「エトワール様は、顔に出やすいですからね。でも、本当に怖かったら言って下さい。僕にしがみついてもいいので」
「い、いや……そんな、仮にも貴族に抱き付く聖女なんて…………」
と、私は無意識にそんな言葉が出ていた。
私の言葉を受けてブライトは何処か傷ついたような表情を一瞬だけ見せたが「そうですか」と優しく微笑んで前を向いた。
(なんで、今そんな顔したの?)
私はブライトの表情に隠された意図が分からず。首を傾げる。
何も悪いことはいっていないと思っているのだが。
「ほ、ほら、みだらに抱き付いたりしたら、ダメかなって思って。いいいい、いや、そういうつもりはないんだけど、ほら、ベタベタする女性って嫌われるし」
「エトワール様なら、大丈夫ですよ。きっと、そういう気は無いでしょうから」
「あ、あはは……」
ばっさりとそんな言葉を言われ、少し傷ついてしまったが全くその通りだった。
私は、そういう好かれたいと思って抱き付いているわけじゃないし、抱き付きたいわけじゃない。ただ、怖いからという理由で少しでも安心感を得るために捕まりたいのだ。
しかし、ブライトの言葉を聞く限り、そういう目に遭ってきた。という感じにも捉えられ、私は、ブライトを見上げた。彼のアメジストの瞳と目が合い、前よりも曇っていないその透き通った宝石のような瞳をみていると、うっとりしてしまう。こんなに、綺麗な瞳があるのだろうかと。
圧倒的王者のルビーの瞳を持つリースとも違う、満月のようなまばゆい光を放つアルベドの瞳とも違う、ただ単純に美しいという感想がポンと出てくるような他の言葉が出てこないぐらい綺麗な瞳。
「どうしたんですか? エトワール様、そんなに見つめて」
「い、いや、あの……ブライトの瞳って綺麗だなって思って」
「瞳ですか?」
「うん、宝石みたいにキラキラしてて」
そう私が言えば、彼の瞳は大きく見開かれ、ランプの光を受けて、キラキラと輝き始めた。
「え、えっと、変なこと言ったかな? 私……」
「いえ。そんなことを言う人は、珍しいので。変わった瞳だとは、言われますが、母親の瞳もまたこの色でしたので」
と、何処か嬉しそうに、でも何処か寂しそうにブライトは呟いた。自分の頬に手を当てて、目の下を人差し指でなぞる。白くて細い指が弧を描く。
(ま、まあ攻略キャラだし、何処も目立つ作りをしているだろうけど……)
そんなことを思いつつ、私は、瞳の色が母親の遺伝ならば、その艶やかな黒髪は父親の遺伝なのかとふと気になってしまい、聞いてしまった。
「黒髪ですか? ええ、エトワール様の想像通りです。父親の遺伝ですね。でも、黒髪ってあまり好かれないんですよね、今の時代」
「混沌とか、闇魔法を連想させるから?」
「はい。何も根拠はないですし、闇魔法を扱う者達に黒髪が多いと言うことはないんですけど、ただ不吉とは思われていますね。死の象徴であるカラスも黒色ですし。ですが、これといって根拠があるわけでも、嫌われるようなことをしたわけでもないですから……」
「そ、そうなんだ……」
そんな言葉しか返せなかった。
ブライトは自分の黒髪を好いていないようで、落ちてきていた髪を耳にかけ直した。
「そ、そうだ。ブライト。今、お父さんは何処に?」
私は、話題を変えようと必死に思考を巡らし、口を開いた。
だが、その話題を振った直後、ブライトの表情が固まった。
(あ、待って……不味いかも)
そう思った時には遅く、ブライトはゆっくりと言葉を吐いた。
「……父上は、今、行方不明です」