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「第一印象で『優柔不断そうな優男』とは思ったな。アイドルみたいに顔が良くて、生徒会にいて成績も良く、スポーツ万能だったから、さゆりも惹かれてしまったんだろう」
「姉さんが『生徒会に入る』って言った時は、お母さん荒れたわねぇ……。思えばあれが最初の大喧嘩だったかも」
そうか、その辺りから亀裂が入ってしまったんだ……。
「『ピアノを辞めるわけじゃない』と言って、生徒会の用事が終わったらすぐに帰って練習していたけど、母は納得しなかったな。『こんな練習量なら他の子に敵わない』と言って、必要以上にさゆりを責めていたように思える」
「代々ステージママの家系だったのよね。お祖母ちゃんは『自分はピアノを習わせてもらえなかったから。自分の代わりに弾いてほしい』って、娘にスパルタでピアノを習わせた。お母さんはその期待を、今度は自分の娘に向けたのよ。だから私の教室では、プロを目指していない限り、楽しく弾く事をモットーにしているわ」
ちえりさんは溜め息混じりに言い、海老の天ぷらをサクッと囓る。
母の言葉を聞いて、小牧さんが笑って言った。
「そういうのを見てきたから、私はピアノの道から早々に外れたのよね」
ちえりさんは、娘の言葉を聞いて溜め息をつく。
「その気持ちを尊重して、こんなに立派なお店を構えられたんだから、感謝なさい」
「もう五年は続いてるんだから、大したもんじゃない。返済も順調だし」
彼女の言葉を聞いて、私は興味を示す。
「調理師専門学校とかに入ったんですか?」
「そう! 母は大学に行ってほしがっていたけど、専門学校のほうが実技が圧倒的に多いから、そこで四年間みっちり学んだわ。そのあとは母が紹介してくれた料理店で二年間修行して、ツテでこの物件をゲットして開店する流れになったの」
元気よく言う小牧さんを見て、ちえりさんは呆れ気味に言った。
「誰に似たんだか、こうと決めたら譲らないものだから。途中で辞めないでまっすぐこの道を進むなら……、という条件で、途中から反対するのに諦めて協力したわ」
「感謝してまーす! 母よ!」
小牧さんは明るく言ってお酒をクーッと飲む。
「姉は社交的で性格が明るいから、姉と話したくてお店に通ってる常連さんもいる感じね」
弥生さんが言うけれど、彼女もなかなか明るい。
「実際、小牧ちゃんは美人だし、話は面白いし料理も美味いから、繁盛してるのは納得できるけどな」
涼さんが言い、小牧さんはカウンターの中から手首のスナップを利かせて「やだぁ~」と突っ込みを入れている。
うん、明るい。羨ましいぐらい明るい。
その時、裕真さんが咳払いをし、私たちは「あ」と話の腰を折ってしまったのに気づく。
彼はお酒を一口飲み、再度語り始めた。
「さゆりが音楽大学を受験しないと言った時の親子喧嘩は酷かった」
「あれは過去一だったわよねぇ……。お母さんが大事にしていたマイセンの人形が割れちゃったけど、それどころじゃなかったわ。……ていうか、お母さんが一直線で頑固な性格しているから、それが姉さんにも継がれたのよね。……どことなく小牧にも継がれてる気がするけど」
ちえりさんが溜め息混じりに言うと、カウンターの中で小牧さんがピースをする。
「母は『亘さんを連れてきなさい』といって、うちに亘さんを呼びつけた。そしてさゆりの将来をどう考えているのかと、ネチネチと問い詰めていたよ。……だが彼はまっすぐに母を見て、『一緒になって幸せになるつもりだ』と言って引かなかった。若さゆえのまっすぐさだと思い、両親はその言葉を信じなかった。……だが試練があるほど燃え上がったんだろうな。亘さんは毎日我が家を訪れ、玄関で土下座をした。勿論、さゆりも一緒に。それが半年近く続き、母は辟易としていた。さゆりは音楽大学を受けるつもりはなく、普通の私立大学の受験を進めていた。それも亘さんと同じ大学だ」
裕真さんの言葉を聞きながら、尊さんは視線を落とし、ウィスキーのグラスの中でゆっくり溶けていく氷を見つめていた。
「お母さん、姉さんには優秀な人と結婚して、会社を支えてもらいたかったのよね。優秀な人という意味では亘さんも悪くないだろうけど、彼は篠宮ホールディングスの次期社長になる人で、うちの婿養子になってくれない。お母さんは『速水家の婿養子になれるの?』って聞いたけど、亘さんは『それはできません』と突っぱねたわ。それに腹を立てたお母さんは、強引に姉さんに見合いをさせようとして、それが決定的な出来事になった。〝私には好きな人がいるのに〟って姉さんは怒って、大切なコンクールを欠場した。……もうそれですべてが終わりよ」
ちえりさんは嘆くように言い、グラスに残っていたビールを一気飲みする。
裕真さんは深い溜め息をつき、続ける。
「母はピアノから離れたさゆりから、興味を失ったように感じた。娘を前にしても話しかけず、存在を無視するようになった」
兄の言葉の続きを、ちえりさんが請け負う。
「……食事の時は空気が地獄だったわね。お母さんと姉さんは視線すら合わせず、お互いがいないように振る舞っている。私と兄さんはなんとか明るく振る舞うのに精一杯だったわ」
その様子がたやすく想像でき、私はそっと溜め息をつく。