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カラカラカラ……と、回る車輪の音を聞きながら、馬車で揺られていた。真正面に座ればいいのに、間隣にアルフレートは座っていて、少し狭い。しかも、僕にすり寄ってくるものだから、暑かった。
「もう、アル、近いって」
「いいじゃん。近づきたいんだよ。テオに」
嬉しいのだが、心臓がバクバクなってうるさいから、離れてほしかった。もうすでに、僕の心臓の音なんて聞こえているのだろうが、アルフレートと一緒にいると、気が緩んでしまう。ずっと、一緒にいたい、すべてをほっぽり出して、二人だけの世界に駆け出していきたい。そう思うほど、僕は彼のことが好きだった。
馬車で向かっているのは僕たちの故郷だ。
三連休ということもあり、どこかへ行こうと二人で話していた時に、アルフレートが故郷に帰りたいといった。僕は、その意見にすぐにうなずくことはできず、考えさせて十一日もらってしまった。帰りたくないわけじゃない。父さんと母さんに会いたい。でも、かえって迷惑にならないだろうか。そう思ったのだ。
それに、何年もあっていないし、文通も途切れてしまっている。だから、合わせる顔がなかった。
アルフレートのほうも、あの村には帰っていないようで、帰るのが楽しみといっていた。だが、こちらもいろいろと考えるべき点はあった。まず、勇者が村に返ったらお祭り騒ぎになってしまうかもしれないという点。そして、勇者アルフレート・エルフォルクとしてしか彼が家族に扱われない点だ。
アルフレートは気にしていないのか、ただ帰れることを楽しみにしていた。純粋でいいな、と僕は思いながら、そんな彼にこたえてあげたくて、一緒に帰ることを決めた。けれど、長居はできないようで、日帰りに近い形になっている。休日は、ロイファー家に戻るのが当たり前になっていたので、そちらにも顔を出したい。久しぶりに弟にも会いたいし。
「楽しみだね、テオ」
「そうだね。アルが、楽しそうでよかった」
彼の笑顔を見ていると落ち着く。ずっと、その笑顔を見ていたかったんだと、心が躍る。
あの研修の跡、ランベルトはこっぴどく叱られた。しかしながら、僕たちは彼がある魔物から力を与えられただろうということも、僕たちに危害を与えようとしたことも言わなかった。そのせいで、ランベルトは注意を引くために森へ入ったと怒られる羽目になったのだが、彼もそれで許諾した。前者のことがバレるほうが彼にとっては、都合が悪いからだ。それに、ランベルトは少し心が軽くなったらしく「『注意を引くために森に入った悪役令息』とでも思えばいい。俺様は、元から、悪だからな」と自分のことを称していた。悪役令息って言葉がこっちにあることに驚いたが、ランベルトの顔が明るくなったのはよかったと思う。
僕たちは、ランベルトを連れ戻せたということで担任からも褒められた。正直、担任がいっても何もならなかっただろうから、褒めてもらうことに関しては文句はなかったが、もう少しランベルトのことを気遣ってあげてもよかったんじゃないかと思う。
そして、僕はあの日に特別な力を手に入れた。
「テオ、それ、絶対にいっちゃだめだからね?」
「なんで?」
アルフレートは僕の肩手をぎゅっと握って、真剣な面持ちでそういった。少し声のトーンが低くて、心配の色がラピスラズリに映る。
僕は、ゲームでは可愛らしい少女が手にするはずだった『聖女』の力を手に入れた。男なのに、聖女? というのは、おいて置いて、『聖女』の力を、アルフレートはあまり好ましく思っていないみたいだった。
この『聖女』の力というのは、アルフレートの『勇者』と同じように、エクストラクラスの加護に分類される。そのため、世界に一つしかないものだ。僕という転生者のせいで、本来与えられるはずだった人から奪う形になってしまったが、その人が戦いに巻き込まれないならいいだろう、と勝手に思うことで、諦めることにした。そして、この『聖女』の加護は、アルフレートにバフをかけられるし、彼にたまった魔力の調節や、加護の調節も同時に行えるという優れもの。王女様との結婚ルートの次に、聖女様との結婚ルートがゲームの中では人気だったから。
心配そうに見つめる、アルフレートに首を傾げ、彼の瞳を覗き込む。これで僕は、アルフレートの役に立てるはずなんだけど、何かまずいことでもしただろうか。
僕が見つめれば、アルフレートは息を吐いて「ダメったら、ダメだからね」と前置きしたうえで話し始めた。
「それは、俺と同じ特殊な加護だから。もし、それがバレたら、きっとテオは強制的に俺に同行しなくちゃいけなくなる。今以上に危険が伴うし、何よりも学園を去らなきゃいけなくなるかもしれない。今の家だって離れることになるかも……」
「でも、アルと一緒にいられるんでしょ?」
「……そう、だけど」
いつもなら、これで一緒だね、とか言ってくれそうなのに、どうも歯切れが悪かった。
彼の言葉を聞いていれば、理由はすぐにわかったが、だからといってまたアルフレートは一人で戦おうとでもいうのだろうか。
僕はそれをさせたくなくて、この力で彼を助けたいのに。
どうも、僕たちはすれ違っているようだった。どちらの主張もきっと正しいし、譲れないから。
「テオは今のままでいて。今のままで十分だよ」
「アル……」
「そうだ、故郷についてから、何話す? ほら、蜂蜜くるみデニッシュ! テオの家の」
「そう、だね。まだやってるかな」
あれから何年経つのだろか。アルフレートは好きで食べていたけど、蜂蜜くるみデニッシュは上位十位くらいの位置の微妙な売り上げのパンだったし。最近は不況だと聞くから、小麦の量も減っていて、パンの品数も減っているかもしれない。それも、魔物のの王が復活するからと。
(アルの役に立ちたいだけなのにな……)
一人ムリするアルフレートをどうにか支えたい。でも、アルフレートはきっと、頼り方を忘れてしまったんだと思う。一人ですべてできてしまうから。
そんな、悶々とした気持ちを抱えたまま馬車は故郷へと到着する。故郷は、あの日はなれて以来の帰省になるが、やや色落ちた印象を受けた。村の入り口に立っている看板は曲がっていたし、見えた畑も、色が褪せている。だが、活気がないわけではなくて、子供が走っている姿が見えた。
僕たちは馬車を遠くに止めてもらって、変装魔法を施す。こうすることで、アルフレートが帰ってきたと、騒ぎになるのを防ぐことができる。
「まずは、テオの家に行く?」
「僕の家って。その隣がアルの家でしょ?」
「そうだった。忘れちゃいけないところ忘れるところだった。じゃあ、行こうか」
と、お決まりのように手を出すアルフレート。僕はその手を掴んで、引っ張ってもらうようにして歩く。
村の中は穏やかな空気が流れていたが、皆、顔色を悪く働いていた。挨拶はするもののそのあとは他人のように会話もない。田畑の様子や、家畜の様子も歩いている途中にちらりと見えたが、やはりよくないようだった。十一年前とは全く別の姿となっている。
僕の家のほうへ歩くと、甘い焼き立てのパンの匂いがした。僕はパッと手を離してパン屋のほうへ走る。だが、僕のパン屋はまだ空いていなくて、中で準備している音が聞こえる。この時間にはすでに空いていたはずなのだが、営業時間が変わったのだろうか。
そう店の中を覗こうとすると、ちょうど扉が開き、お父さんが出てきた。クローズの札を、オープンに変えている途中で、僕と目があう。
「あ、おとう、さん……」
「……テオフィル、テオフィルなのか?」
お父さんは、信じられないものを見るように目を見開いて、それから、パン屋の中へ入っていった。母さん、母さん、と声が聞こえ、パタパタと、重なった足音がこちらへ響く。
中から、お母さんとお父さんが出てきて、僕を前に目を潤ませた。
「テオフィル」
「……そう、だよ。お父さん、お母さん」
名前を呼ばれて、泣きそうになる。
本当はずっと会いたかった。でも、貴族として生きていかなければならないと、ここには一度も帰ってこなかった。それどころか、手紙も途中でやめてしまって。
離したいことはいろいろあったが、二人に抱きしめられ、その腕の中で僕は涙を流す。二人とも、僕のことを覚えてくれていたし、帰省を喜んでくれた。そうして、しばらく抱きしめあって、ようやく二人は僕から離れた。
「テオフィルどうしてここに?」
「ちょっと、帰りたくなっちゃって……って、ずっと思ってたんだけど。アルが」
と、僕は、ここに来た経緯を語りながら、後ろで待っていたアルフレートのほうを見た。アルフレートは被っていたフードを脱いで「ご無沙汰しております」と頭を下げる。すっかり、貴族の作法で丁寧にお辞儀をするので、お父さんもお母さんも困っちゃって、たどたどしい挨拶をする。「アル、くん」と昔ながらの呼び方にするか、それとも勇者様、と呼ぶか迷って、僕を見た。そんな、両親にアルフレートは「昔みたいで、いいですよ」と微笑みかけていた。
「アルフレートくん、も久しぶりだな。元気にしていたか」
「はい。テオと仲良くさせてもらっています」
「ええっと、アルフレートくんは、今どこに? テオフィルと仲良くってことは、学園のほうに?」
両親は困惑気味に聞くが、アルフレートは全く動ぜず「そうです、学園に」と爽やかスマイルで答えていた。両親は顔を見合わせて「ええ……」みたいにいう。まあ、驚くのも無理ないだろう。本来であれば、魔物の王を倒すために旅をしているはずだから。僕は、それに対してもしっかりと付け加え、こうこう、こういう理由だから、としっかりと説明すれば、両親はわかってくれた。まだ、いまいち、それでいいのか、みたいな顔をしていたが。
でも、他の人と違って、アルフレートをただのアルフレートとして扱ってくれるところが、彼にとっては好印象だったのだろう。すぐに、両親とも元通りになって、今日の営業を開始したばかりのパン屋の中に入る。そして、アルフレートが大好きな蜂蜜くるみデニッシュを二つもらった。やはり、不作のため、蜂蜜くるみデニッシュは数量限定になっており、品数も減っていた。僕が好きな塩パンも、クロワッサンも指で数えられる程度しかない。
両親にコーヒーを淹れてもらいながら、店の奥で、詳しい話をすることにした。
まずは、両親から、今の村の状況について。
アルフレートの故郷ということもあって、王都からかなりの支援を受けていたらしい。だが、それは初めのころで、数年たつとその支援も途絶え、不作と流行病が蔓延した。流行病は一時期収まったが、不作は続いたまま。上流のほうで水が汚染され、水を飲むのも大変な時期もあったとか。そんな、不幸に苛まれながらも何とか生きてきたらしい。王家が、支援を止めたのは、かなり痛手だったといっていた。
お金を寄付してもらっていたため、それに頼りっぱなしだったというのだ。それがなくなったとしても、前の生活に戻るだけ。質素で、そして助け合いの精神を。しかし、最近は近辺で魔物の目撃情報もあって、皆気が気でないとか。夜に、魔物が出たと知らせる鐘が鳴ることもよくあるらしく、寝れない日が続くと。そのたび、村で傭兵や魔導士を雇って討伐してもらうのだが、これもバカにならないという。
とにかく、今は村に金がないと。そして、皆、疲れ切っているというのだ。
話を聞けば聞くほど深刻で、何かしてあげたいと思うが、何もできないのではないかと思った。
雇った人たちも、不当に金を要求してくるなど、どこも火の車だそうだ。
「それとな、アルフレートくん……悲しい知らせが」
と、お父さんが口を開く。アルフレートはミルクと砂糖を一杯入れたコーヒーに口をつけた後、瞬きをした。アルフレートは、甘党だから、とにかく、パンのセレクトも、コーヒーも甘くなきゃ飲めないらしい。
お父さんの脇を、お母さんがこら、というようにつつく。アルフレートが何なんだろうか、と思っていると、彼が「どうぞ、離してください」と二人を促した。両親は顔を見合わせ、深刻そうに彼に告げる。
「アルフレートくんのお母さんは数年前に亡くなったんだよ。そして、今は新しい奥さんとの間に子供が……でも、その子供と奥さんは魔物に食べられてしまって」
「え……」
その内容に、絶句し僕は思わずコップを持っていた手を離してしまった。パリンと床で音が鳴る。そして、同時にコーヒーの苦い香りが床から漂い始めた。