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「大丈夫ですか、アリスさん」
話し合いの途中、ずっと黙りこくって青ざめたような顔をしていたアリスさんが心配になって、私はふと声をかけた。
アリスさんはハッと我に返ったようにわずかに目を見張り、こちらに顔を向けると、
「あ、うん……ごめんなさい」
と小さく謝る。
「私が、もっとちゃんと真奈ちゃんのことを見ていれば、こんなことにはならなかったのに。師匠として失格ね……」
大きく肩を落とすアリスさんに、私はなるべく安心させるように、
「そんなことないですよ。アリスさんは昔からずっと私たちのことを見守ってくれて、今も助けてくれているじゃないですか。そんなに気に病まないでください。きっと大丈夫です」
「うん――うん、そうね」
とアリスさんは頷き、
「今は思い悩んでるときじゃないわ。真奈ちゃんを、一刻も早く助け出しに行かないと」
「そうよ、アリス」
私たちの会話を聞いていたらしい加奈さんも、アリスさんの肩を軽く叩いて、
「真奈がいつかやらかすだろうことは前からずっと予想していたでしょ? なにせ、あの真帆の娘なんだから。けど、私たちだって、これまでも真帆が何かやらかすたびにずっと何とかしてきたじゃない。だからさ、今回も絶対に助けられるよ」
その言葉に、アリスさんは無言で頷き、微笑んだ。
話し合いには、そう長くの時間を割かなかった。
とにかく、一刻も早く真奈ちゃんの魔力の痕跡を辿ること。その際に、不用意にあちら側に近づかないこと。真奈ちゃんの痕跡が見つかり次第、全員を招集すること。そこからは私と夏希先輩がアリスさんから借りた魔力磁石を用い、決してふたり離れることがないようあちら側に渡り、真奈ちゃんの捜索を行う。残ったメンバーは私たちがあちら側に囚われてしまわないよう、こちら側にちゃんと戻ってこられるよう、道しるべとして常に魔力をあちら側に放出し続ける、ということになった。
「あと、これも」
そう言ってアリスさんが私と夏希さんに手渡してくれたのは、白い鳥の羽だった。
それは昔々、私たちがあちら側に囚われてしまった際に、あちら側からこちら側に私たちを案内してくれた、魔法の羽だった。
夏希先輩は少し苦笑しながら、
「まさか、この歳になって、またこの羽を使うことになるなんてね」
それからアリスさんにひとつ頷いて見せてから、
「ありがとう、アリスさん」
私も同じく、小さく頭を下げて、
「きっと、真奈ちゃんを連れ帰ります」
それに対して、アリスさんは首を横に振って、
「ううん――よろしくね、ふたりとも」
その透き通る青い瞳で、私たちを見つめたのだった。
それから私たちは、真奈ちゃんが姿を消したという、例の神社へと急いで向かった。
鬱蒼とした緑、ざわざわとざわめく小山の木々。
太陽はそろそろ天頂に達しようとしていた。
私たちは石段を登り、境内を抜けて社の方へと歩みを進めた。
そこには狐のお面を付けた白髪の、和装の老人が立っていた。
老人は私たちを前にして、大きくため息を吐いてから、
「――だから言っただろう、あの子には気を付けろと」
「……ごめんなさい」
謝ったのは、アリスさんだった。
狐面の老人は、そんなアリスさんにもう一度深いため息を吐いてから歩み寄り、
「まぁ、あちら側に行ってしまったことはもう、仕方がない。一刻も早く、あの子のあとを追ってやれ。儂もできる限り協力しよう。すでに儂の眷属をあちらにやっている」
「すみません、ありがとうございます」
頭を下げるアリスさんにあわせるように、私たちも全員、頭を下げた。
たぶん、この狐面のお爺さんがこの神社の神様――なんだと思う。
ただ立っているだけなのに、なんだかすごい魔力を感じる。
……たぶん、齢幾百になる化狐だろう。
今はただ、人の形に変化しているのだ。
「――して、どういう手筈で?」
その問いには、井口先生が片手をあげて、
「それは、俺から」
「うむ、聞こう」
井口先生から狐面の老人へ作戦説明が終わり、私たちは早速真奈ちゃんの魔力の痕跡を追うことになった。
けれど、この辺りの魔力の流れがあまりに複雑すぎて、真奈ちゃんの魔力をうまくとらえることが出来なかった。
――それもそのはずだ。
そもそも、これだけの魔力が集中している場所だからこそ、あちら側と繋がりやすくなっているのだから。
それでも私たちは、そんな溢れる魔力の中から、何とか真奈ちゃんのものと思われる魔力の痕跡を見つけることに成功した。
それはとても薄く、細く、途切れ途切れで、何か他の魔力と絡み合った状態だった。
「――これ、なんでしょう」
眉根を寄せて呟いたのは、真帆ちゃんの弟子だった茜ちゃんだった。
「なんか、すっごい重たい感じしません?」
なんだか漠然とした表現だったけれど、これには私も同意する。
「うん、重い。夏希先輩、何だと思います?」
「私には、重いっていうより、臭い感じがするけど」
「あぁ、わかります」
同意するように頷いたのは、肥田木つむぎだった。
「何か獣臭に近い感じですよね」
「獣臭?」
私は思わず鼻をすんすんさせてみたけれど、
「……わからない」
「アレじゃないか? 狐の眷属。真奈を追ってるんだろ?」
そう眉を寄せる優先輩に、当の狐面の老人は、
「――違うな。儂らとは違う、強い臭いだ」
「じゃぁ、真奈を襲ったっていう、バンダースナッチの群れ?」
翔くんが顎に手を当てて険しい顔で口にすると、
「いや、にしては数がおかしい。美春ちゃんは群れと言ってたろ。どう考えてもこの感じは群れじゃない。単体だ」
井口先生が首を振りながらそう言った。
「――ジャバウォック」
その言葉に、全員の視線がアリスさんの方に向けられた。
アリスさんは顔を真っ青にしながら、わなわな震えつつ、
「重たい魔力、強い獣臭、単体で行動している…… それって、もしかしてジャバウォックなんじゃ――」
「ジャバウォック?」
加奈さんが、小さく首を傾げる。
「巨大な竜に似た化け物だ」
答えたのは、井口先生だった。
「あちら側に行った魔法使いたちの記録によると、最も凶暴で獰猛な怪物だった、と書かれている。何人もの同行者がその餌食になった、とも」
「そ、それじゃぁ、そのジャバウォックが真奈を追い回してるってこと? 早く助けてあげないと!」
加奈さんは、顔面蒼白になりながらそう叫んだ。
私と夏希先輩は互いに目を見合わせ、こくりと頷く。
「……急ぎましょう、先輩」
「うん」
それから私は、目を見開き今にも泣きだしそうな表情のアリスさんに顔を向けて、
「アリスさん、行ってきます」
「えっ、あ、あぁっ、うん……」
私たちは残る皆にそれぞれ頷き、真奈の魔力を辿って、木々の中に足を踏み入れたところで。
「――ま、待って!」
アリスさんに呼び止められた。
振り向けば、アリスさんはこちらに駆け寄ってきて、
「やっぱり、私も連れて行って」
まっすぐな瞳で、そう言った。