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金曜の深夜。
スマホの画面に映る「レンタル彼女」の文字が、どうしようもなく眩しかった。
大学二年の**三浦湊(みうら みなと)**は、失恋から二週間が過ぎても心の空洞を埋められずにいた。
元カノが新しい恋人のSNSを更新するたび、胸の奥に鈍い痛みが広がる。
ふと目に入った広告。
「一時間だけ、誰かの“彼女”になります」
冷たい部屋の中、湊はためらいながらも予約ボタンを押した。
——ほんの一夜の逃避。それだけのつもりだった。
待ち合わせ場所は、駅前の噴水広場。
初夏の陽射しの中、白いワンピースの少女が微笑んだ。
小野寺 莉音(おのでら りおん)——レンタル彼女。
ガイドブックから抜け出したような完璧な笑顔に、湊は言葉を失う。
「三浦さん? 今日は“彼女役”として、よろしくお願いします」
手を差し出す声は、驚くほど澄んでいた。
カフェで交わす他愛のない会話。
心を満たすのは甘いドリンクではなく、彼女が時折見せる素の表情だった。
ほんの一時間が、あっという間に過ぎていく。
気がつけば湊は、二度、三度と予約を繰り返していた。
映画館、水族館、夜の観覧車。
レンタルという枠を越えた時間が、少しずつ二人の距離を縮めていく。
「三浦さんって、彼女に優しすぎるタイプですよね」
「そうかな……」
莉音の瞳がほんの一瞬だけ寂しげに揺れる。
その表情が、湊の胸を締めつけた。
ある日、莉音が電話を取り損ねた瞬間、湊は“レンタル彼女”という仕事の重さを知る。
学費を払うため、家族に黙って働いているという。
そして契約上、客に恋心を持つことは絶対禁止。
湊は自分の感情を隠しきれず、苦しむ。
会いたい。
でも“客”としてしか会えない。
偶然、元カノと街で再会。
彼女は新しい恋人と幸せそうに笑っていた。
湊の隣には、たまたま一緒にいた莉音。
元カノの視線が二人を探る。
「私たち、付き合ってるんです」
莉音は迷わず湊の腕に手を添えた。
契約外の言葉。
その一言が、湊の世界を揺らした。
観覧車の頂上で、湊は告白を決意する。
だが莉音は静かに制した。
「言わないで。お仕事だから」
その瞳の奥に、自分と同じ痛みが見えた。
莉音は突然、レンタル彼女を辞めると告げる。
大学の奨学金が決まり、もう働く必要がなくなったという。
最後のデートの日。
いつも通りの笑顔で手を振る彼女に、湊は何も言えなかった。
莉音がいなくなった街は、驚くほど色を失った。
湊はただ、自分の生活に戻るしかない。
講義、バイト、そして空白の時間。
心の奥に、確かな温もりだけが残っていた。
新学期のキャンパス。
湊が図書館の階段を上ると、そこに莉音が立っていた。
白いブラウス、少し伸びた髪。
「偶然……だよね?」
湊が声を震わせる。
「偶然じゃない」
莉音は柔らかく笑った。
「仕事じゃなくて、あなたに会いたかった」
レンタルでも契約でもない、ただ一人の“彼女”として。
湊は初めて、自分の想いを伝えた。
「好きだ。今度は、本当の僕の彼女になってほしい」
春風が二人の言葉を運び、キャンパスの桜が静かに舞った。