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38 ◇稲岡の推し
駅までの途上稲岡が話しかけてきた。
「今日は遠目からしか見られなかったからお前は今一つ彼女の良さが
分からないだろうけど、渚はほんとにいい女なんだ」
「そっか……」
「お前ぇ~、折角彼女のご尊顔を拝ませてやったのに何なんだ。
その反応の薄さにワイ泣けてくるわ」
「社会人にもなって5ちゃんねる用語使ってんじゃないよ」
「ははっ、若いだろ? あっ、おまえー、話を逸らしたろ?
お前はいつだって冷静で気がつけば恋愛なんてしてませんって顔して、
ちゃっかり良い奥さん捕まえてるし。ずるいんだよ。
就職だって俺の手の届かないところへすんなり決めてさ」
「稲岡だって……」
「やめろよ、スーパーゼネコン落ちた落ち武者に慰めの言葉はないっ。
いやっそうじゃないな。すまんっ、すまないっ。
折角お前という優秀なヤツがスーパーゼネコンの枠をひとつ開けてくれていたというのに、
俺というヤツは……むっふっふふ」
酔っているからなのか、ほんとに悲しんでいるのか、久しぶりに会った相手との
距離感やら心の機微やら、掴みかねて俺は押し黙ったたままいるしかなかった。
それから俺は稲岡と駅のプラットホームに上がり言葉少なに
帰りの電車を待った。
そしてお互いどういう心持ちだか分からないが、自然の流れでそのまま別れた。
俺の方が先に電車を降りる形で……。
俺はもうこの先積極的にヤツに会わない方がいいだろうと判断していた。
なぜなら、奴が好意を持っているという女性は俺の妻、圭子だからだ。
39 ◇2度目の恋をした
今夜、自分の知らない見たこともない艶っぽくて魅力的な圭子を見た。
「淳子さんと比べられると思うと、あなたの前で身体を見せられないわ」
そう気弱に言っていた人間と同一人物とは思えないほど遠目ながらもキラキラと
まぶしいくらいのオーラを纏っていた。
この夜、俺は2度目の恋をした。自分の妻に。
今までのように遠慮をして大人しくしていると、きっと妻はそう遠くない
将来、自分を捨てて家を出て行くかもしれない。
多少拒絶されても俺が彼女をどんなに必要としているか意思表示して
振り向いてもらえるように頑張らないと……。
ラウンジで過ごしていた時、俺は圭子に気付かれないようにと顔をなるべく
見られないよう気を付けて過ごした。
美しく着飾り煌びやかさを纏っていた女性が家に帰ると普段自分の側に
いるだなんて、そんなふうに考えてみると不思議な気持ちになるし
奇跡のように思えるのだった。
匠平は、あの日から夫婦の営みを月に一度ほど試みているが、その都度できないのだと
泣かれ……そんなふうに拒否されてもキレたりすることもなく、妻の拒否反応がなくなる
のをじっと待っている状況にある。
そのような中、旧友に会ったことで普段行くことのない夜の店に行くことになり、
そこで働いているはずのない妻、圭子の姿を見ることになった。
圭子と自分が鉢合わせするようなことにでもなったらお互いどんな顔をして向き合えば
いいのか、そんなことを懸念していたのだが、運命の女神が微笑んだのか?
それは果たして自分になのか、圭子になのか?
それこそ、神のみぞ知るところだが、この夜、鉢合わせすることはなかった。
40 ◇居ても立ってもいられない
家庭が安定していれば、専業主婦だった女性が子育てをほっぽっといて
水商売を選んで働きに出ることはないだろう。
カラオケ店のスタッフとして妻が働きたいと言い出した時、それが気分転換になり
自分たち夫婦にとって良い方に作用するならと心良く賛同して送り出した。
だが、実際圭子が働いていたのは実入りのよい夜職だった。
今夜立ち寄ったクラブの若いホステスに聞いて知ったことなのだが、
新人ならそこまでもらえないが圭子のような経験者で、しかも昔その店で働いた
ことのある人間は時間給にして1万円は貰ってるという話だった。
もしも、彼女が俺と別れて月20日間、1日3時間だけの勤務として……
60万。
税金が引かれるのでそのまんまというわけにはいかないだろうが、
思わずクラっときた。
娘と母親を抱えても十分やっていけそうだ。
この数字を帰宅後、自宅の書斎にしている自室で弾いた時、俺は大きな
不安と焦りに襲われた。
万が一にも起こりそうな俺たち夫婦の離婚が、現実味を帯びてきたからだ。
圭子が、離婚を本気で考えているかもれないと思うと匠平は居ても立っても
いられなくなるのだった。
********
この時を境に匠平は休日には妻の圭子が掃除や料理に洗濯など始めるとすぐに
『何か手伝うことがあればするよ』と声掛けをし、手伝いを率先してするよう
心掛けた。
月に一度の割合で夫婦の閨事に関しても様子見をしている中、圭子が
働き始めたことを切っ掛けに子供部屋で寝落ちするようになりその延長線上にて、そ
のままそれが習慣になってしまい夫婦の寝室に戻らず寝てしまうことも増えたのだが、
仕方がないと諦めていた。
だが、具体的に圭子の心情を知り、何か元のように自然に仲睦まじくなれるように
なるにはどうすればいいのか、ということを再度考えるようになった。
そしてそのことで物理的、身体的距離が開くと駄目だということにも
気づかされた。
そこで平日は無理だとしても、週末は寝る時間帯になるとできるだけ娘と
遊び、娘が『パパと寝たい』と言うように誘導し、川の字になり3人で
寝ることを心がけた。
娘と一緒だと圭子もリラックスしているように見える。
いいじゃないか、例え娘がいないとなかなか会話が成立しなくても
意思疎通を心掛けるのだ。
そんなふうに、匠平は家族の再生を目指して努力を続けることにしたのだった。
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#シングルマザー
水羽凛
174
#異世界転移
花月夜れん
2,595
フィオレ
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