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六度目の【時戻り】を行ってから初めての休日がやってきた。
住み込みのメイドである私は、本邸から離れたところに通っている宿舎で暮らしている。
この宿舎は独身寮で、所帯を持っていない従者が利用できる。
一部屋に三人割り当てられ、共同で生活をする。
そのため、個人の荷物を置く場所は少なく、書き物をするためのテーブルや身支度を整えるためのドレッサーは同室の子と共有する場所になっている。
新米の私が長く利用できるのは休みのときだけ。
私はこの時間を使って【時戻り】で得た情報を整理していた。
「今回は、また違ったことが起きてる」
私はテーブルに座り、筆記帳を開き、これまでの時戻りについて振り返る。
ポケットに入るものであれば持ってくることが出来ると知った私は以降、手のひらほどの大きさの筆記帳に使えそうな情報を書き出していた。
進展があったのは、四回目の【時戻り】から。
二つの秘術が明らかになり、太陽のような巨大な火球を落とすには、脂肪を魔力に変換する秘術を使わなくてはいけないことが判明した。
しかし、その秘術は百年前の火事で屋敷が全焼した際に失われ、当主が太らなければいけないという慣習だけが残された。事実を知らないオリバーは、当主になった途端、細身の体型からふくよかな体型になることを強いられた。何も知らず、吐くまで食べさせられる生活はさぞ、辛かっただろう。
そして、この戦争について国王は『まだ兵力はある』『オリバーが戦場に現れて脅せば相手軍は降参する』などと余裕だ。
平民の苦労を知っているオリバーは、この戦いは長引かせてはいけない。早く終わらせないとという焦りが出て、戦死してしまうのだという経緯もわかった。
(オリバーさまが戦死する運命を変えるには、二つの秘術を体得した状態で戦場へ向かうしかない)
筆記帳の情報を読みながら、再度私はそう思った。
そして、新しいページに今回の【時戻り】で起こったことについて書き出した。
今回、大怪我をすることを知っている私は、【時戻り】直後に魔法を使って身体を浮かせて防いだ。
それを行ったことにより、ブルーノが壊した脚立をオリバーが戻さず、処分を命じる。
処分場へ向かうと、服飾の先輩がいて彼女から化粧品をタダで手に入れることが出来た。
それと、先輩たちの祖先がソルテラ伯爵家に仕えている事実も判明する。
「……作り話をするときにつかえそう」
必要ない情報だと思っていたが、よくよく考えれば、作り話をするときに使えそうな情報だ。
曾祖母がメイドとして仕えていた、なんて話せば百年前の火災の話題につなげられる。
問題は、先祖が途切れ疎遠になったメイドがいるかどうかだ。
これは、宿舎の地下にある”資料室”で調べてみよう。使えそうな人物がいるかもしれない。
「ふう、今のところはこんな感じかな」
書き物を終えた私は、一息つく。
そして、筆記帳を誰にも見られないよう、私物入れの奥にしまった。
「ああ、これも覚えなきゃなあ」
私物入れを開いたとき、服飾の先輩から貰った化粧品が目についた。
それらを手に取り、ドレッサーの上に広げる。
顔に塗る粉、目元に塗る粉、口紅。
最低限のものは揃っていると思う。
スティナの若作りメイクには他にも必要なものがあったと思うが、私のときはこの三つだけだった気がする。
「そろそろ、先輩の手を借りずに化粧を出来るようになりたいなあ」
私はこの三つでどうやったら先輩がやったような顔に出来るのか考えた。
鏡でやり方を観察していたものの、どうやったら目元がぱっちりとした別人のような顔が出来るのか理解していない。
私にそれが再現できるだろうか。
「とにかく、手を動かしてみよう」
考えていても始まらない。
意を決し、私は化粧品に手を伸ばした。
☆
「……だめだこりゃ」
鏡に化粧をした自分の顔が映る。
見よう見まねでブラシに粉を付けて顔に塗ってみたのだが、地肌よりも真っ白になってしまう。
目元に付けた色付きの粉も濃くつけてしまい、まるで大道芸をする道化のような顔になってしまっていた。成功したのは、口紅くらいか。
「はは、ははは!!」
失敗した自分のおかしな顔を見て、私は腹を抱えて笑った。
理想とは程遠い。
最初から成功するとは思ってなかったけど、これはひどい。
「全然だけど、ここから練習していくしかないのよね」
笑いが収まった私は、化粧を落としすっぴんに戻る。
自分の今の実力は見れた。ここから時間のある時に練習して上達してゆくしかない。