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翌晩
健一はガタガタと震える手で、またあの安っぽい作業着に袖を通した。
かつて自分が部下たちを従え、颯爽と歩いていた繁華街。
今は、そのネオンが彼を嘲笑うスポットライトのように刺さる。
「……行ってくる」
「ええ、いってらっしゃい。部長によろしくね」
私が送り出すと、健一は幽霊のような足取りでキャバクラ「ルナ」へと向かった。
客席の喧騒、シャンパンコールの声。
健一は店の隅で、客がぶちまけた酒や嘔吐物を拭き取っていた。
その時、VIP席から聞き覚えのある、野太い笑い声が響いた。
「おい、雑用!ここを汚したのは誰だ!? 早く拭け!」
健一が這いつくばって駆け寄ると
そこには里奈を両脇に侍らせ、グラスを傾けるかつての上司・長谷川部長がいた。
「……あ、長谷川、部長……」
「ん? おお、これはこれは! 我が社の『元・エース』じゃないか! こんなところで再就職とは、ずいぶん腰が低くなったもんだな!」
部長は、里奈の腰に手を回しながら、健一の頭に氷の入ったグラスの中身をぶちまけた。
冷たい液体が健一の首筋を伝う。
「部長、この人、私の靴を磨くのも上手いんですよ?」
里奈がクスクスと笑い、健一の顔の横にヒールを突き出す。
「ははは!なら、俺の靴も磨いてもらおうか。おい、健一。不倫で会社を汚した分、この床もピカピカにしろよ」
元上司と元愛人。
健一が最もプライドを守りたかった相手たちの前で
彼は一分間に何度も頭を床に擦り付け、謝罪の言葉を繰り返した。
その様子は、店内の黒服によって撮影され、リアルタイムで私のスマホへ届く。
私は自宅でワインを飲みながら、その「ライブ配信」を楽しんでいた。
深夜。ボロボロになって帰宅した健一は、玄関で動けなくなっていた。
「……奈緒、もう無理だ。部長にまで…あんな風に……。俺、死にたい……」
私は彼に歩み寄り、冷たく、けれど甘い声で「究極の選択」を突きつけた。
「死ぬのは勝手だけど、最後にチャンスをあげる。パトロンがね、『本気で再生したいなら、不純な過去をすべて断ち切れ』って仰っているわ」
「……断ち切る?どうやって」
「明日、里奈さんの目の前で、彼女との思い出の品をすべて燃やしなさい。そして、彼女に二度と近づかないと宣誓するの」
「……もしできなければ、あなたは一生、部長や里奈さんのオモチャとしてあの店で働き続けてもらうわ」
「……里奈を、裏切るのか?」
「いいえ、あなたが里奈さんを選んでもいいのよ。その代わり、この家も、私の支援も、今日ですべて終わり。横領の件で警察に行く準備はできているわ」
妻か、不倫相手か。
どちらを選んでも地獄。
けれど、どちらかを捨てなければ「今この瞬間の苦しみ」からは逃れられない。
「……選んで?健一さん。あなたが捨てるのは、どっち?」
健一は、真っ白な顔で私を見上げた。
その瞳には、もう「理性」のカケラも残っていなかった。
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#大人ロマンス
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