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仁さんは、間違いなく俺の人生に光を灯してくれた人だ。
彼がいなければ、俺はまだ暗闇の中を彷徨っていたかもしれない。
そんな大切な人を、このまま手放すことなどできるはずがなかった。
「だから……将暉さん、仁さんの居場所知ってるなら、教えてくれませんか。お、お願いします…っ!!」
俺は立ち上がって将暉さんに向かって深々と頭を下げた。
俺の切実な願いに
将暉さんは静かに「楓ちゃん、頭上げて?」と言ってきた。
その声は、優しく、しかし有無を言わせぬ響きを持っていた。
俺はゆっくりと頭を上げた。
将暉さんの表情は、俺の覚悟を受け止めたかのように穏やかだった。
「楓ちゃんの気持ちは良く分かったよ」
そう言った後、将暉さんは申し訳なさそうな顔をして言葉を続ける。
「脅すような言い方をしたのはごめんね?…最後に、じんの友人として質問なんだけど、楓ちゃんはさ、仁がどんな過去を抱えてても一緒にいる覚悟はある?」
将暉さんは真剣な眼差しで俺を見つめてくる。
その瞳には、俺の覚悟を試すような光が宿っていた。
まるで、俺の心の奥底まで見透かそうとしているかのように。
俺はそんな将暉さんを真っ直ぐ見つめ返して答え
る。
「……たとえ仁さんがどんな人でも、受け止める覚悟は出来ています」
迷うことなく返事をした俺を見て、将暉さんは心底安心したようにふっと笑みをこぼすと
ソファから立ち上がった。
「それが聞けてよかった」
将暉さんの言葉に、俺の胸に希望の光が灯った。
全身に温かい血が巡るような感覚だった。
そして彼は俺の方まで歩いてきて、目の前で立ち止まった。
「楓ちゃんの覚悟はわかった。じんの居場所は教える」
「……!」
「でもその前に、じんについてちょっと話そうか」
そう言う将暉さんに、少し安堵する。
仁さんのことを知ることは、俺にとって避けては通れない道だった。
俺だって男だ
どんなに辛い過去でも、全てを受け止める覚悟はできていた。
「……わかりました」
俺は、仁さんの過去を知ることに、覚悟を決めていた。
◆◇◆◇
数分後
将暉さんは遠い目をして、ゆっくりと話し始めた。
まるで、仁さんの人生を辿るように、言葉を選びながら、一つ一つの言葉に重みを込めて。
「俺の記憶が正しければ…じんは幼い頃からヤクザの家系で育ったんだ。それこそ生まれた時から暴力団組織に入るって決まってたらしくてさ」
将暉さんの言葉に、俺は息をのんだ。
仁さんの生い立ちが、想像以上に過酷なものだったことに衝撃を受けた。
生まれた時から、彼の人生は決められていたのか。
その重みに、胸が締め付けられた。
「もちろん、人を殺したとか前科があるという話も聞いたことは無いし」
その言葉にホッとしたのも束の間
「もし仮に人を殺してたとしたら、楓ちゃんが岩渕に捕まったときも、他のオメガの恐怖心なんて気に止めないでαたちのこと撃ち殺してただろうしね」
「…そう、ですよね」
俺は絞り出すように答えた。
「うん。でまあ…言ってしまえば、じんは環境が環境ってのもあって、不憫な人生を送ってきたんだ」
将暉さんはそこで一度言葉を区切り、俺の反応を確かめるように視線を向けた後
深く息を吐き、再び口を開いた。
「5年前に、悪質なαの飲酒強要によって1人の友人を亡くしたことがあるんだけど」
「それ以外にも、過去にリプスレと対峙したとき、親しかった友人1人と、盃交した兄弟を目の前で撃たれたんだ。じんを庇って、ね」
将暉さんの言葉は、仁さんの背負ってきたものの大きさを、俺にまざまざと見せつけた。
まるで俺の心臓を鷲掴みにするようだった。リプスレ。
その忌まわしい響きに、俺の全身は凍りついた。
目の前で、大切な人を失う。
その光景を想像するだけでもその苦しみは計り知れないだろうに
仁さんは、そんな地獄のような経験をしてきたの
か。
「……っ、リプ、スレ……ゆ、友人に、兄弟って…どちらも、もう生きてないってことですか…っ?」
俺の声は震え、時が止まったようだった。
仁さんが経験してきたであろう、想像を絶する苦しみが俺の心にも伝播した。
「友人は即死だったみたいだけど、今その兄弟は植物状態になって辛うじて生きてる」
「……!」
将暉さんの言葉に、俺の脳裏にある夜の仁さんの言葉がフラッシュバックした。
植物状態
その言葉に、俺は以前仁さんたちと箱根旅行に言った一日目の夜に
『もしもの話なんだけど、仮に友達がチューブでしか栄養を取れない寝たきりの状態だとしたら…楓くんならどうする?』
と、仁さんが尋ねてきたことを思い出した。
あの時の仁さんの表情は、今思えば、この兄弟のことを深く案じていたからこそだったのだと俺は今更理解した。
あの問いかけは、仁さんの心の叫びだったのだ。
「仁さん……っ、以前、そういうようなこと、俺に聞いてきたことがあります」
俺は震える声で将暉さんに訴えた。
その言葉が、仁さんの心の傷の深さを物語っているようだった。
「楓ちゃんに?」
将暉さんは驚いたように目を丸くした。
まさか仁さんが、俺にまでそんな問いかけをしていたとは、将暉さんも思っていなかったのだろう。
「は、はい…箱根旅行のときに、仁さんが思い詰めるような顔で、まるでその兄弟の人のことを聞くみたいに〝仮に友達がチューブでしか栄養を取れない寝たきりの状態だとしたら…楓くんならどうする?〟って……」
俺は、仁さんの心の痛みが、自分にも向けられていたことに気づき
それを気付けなかったことに胸が締め付けられた。
あの時の仁さんの瞳の奥に隠されていた苦しみが今、はっきりと理解できた。
「…楓ちゃんにまでそんな分かりやすい質問するなんて、相当思い詰めてたのかもしれないな」
将暉さんの言葉は、仁さんの孤独と苦しみを物語っていた。
誰にも打ち明けられず、一人で抱え込んできた仁さんの姿が、俺の目に浮かんだ。
「楓ちゃんも知ってると思うけど…じんは仁義を大切にするタイプだからさ、特に兄弟関係には執着していたと思うんだよね」
将暉さんは、仁さんの性格について説明を続けた。
「…じんにとってその兄弟は唯一無二の存在でとても大切な存在だったんだと思う」
将暉さんの言葉は、仁さんの心の奥底にある深い絆と喪失感を浮き彫りにした。
かけがえのない存在を、目の前で失う。
その絶望は、どれほどのものだったのだろう。
その息には、仁さんへの深い哀れみが込められているようだった。
「だからなおさら、大事な兄弟が自分を庇ってあんな状態になってしまったことに酷く責任を感じてるんだ」
そう言うと将暉さんは一度言葉を止めたあと、深く息を吐いた。
その息には、仁さんへの深い哀れみが込められているようだった。
「じんは強いよ、精神的にも肉体的にもさ」
「でも、生きてきた道が道だから誰かに頼ることも、弱音吐くことも“甘え”だと思って生きてきたんだと思う……不器用だよ、ほんと」
「馬鹿だよ、じんは、何でも自分で背負い込む。
兄貴のことも、過去のことも、全部ね」
「あいつは…自分が幸せになったら、自分の周りに大切な人がいたら、また自分のせいで失うんじゃないかって思ってる」
「誰にも見せずに、ひとりで喰らって、誰にも責められないように、自分で自分を責め続けてきたんだ」
将暉さんの言葉は、仁さんの心の壁の高さとそのの奥に隠された深い傷を俺に伝えた。
仁さんは、自分を愛するほど、大切な人を失うのではないかと恐れていた。
その思考回路が、あまりにも悲しかった。
「……だから、俺の前からも…身を引いたってことですか……俺の、ために…」
俺は、仁さんの行動の真意を理解し、その優しさに胸が締め付けられた。
俺を巻き込みたくない、傷つけたくない。
その一心で、仁さんは俺から離れようとしたのだ。
「多分ね」
将暉さんはそう言いながら悲しげに笑った。
その笑顔には、どうすることもできないもどかしさが滲んでいた。
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