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そんな彼を見ると、俺の胸は痛くて仕方がなかった。
仁さんの優しさが、こんなにも苦しいなんて。
「仁さんは…っ、仁さんは悪くないのに……」
そう呟けば、将暉さんは優しく微笑んで口を開いた。
「楓ちゃん、じんのこと好きでいてくれてありがと
う」
その声は、俺の心を包み込むようだった。
将暉さんの手のひらが、俺の肩にそっと触れる。
「…え?」
突然の言葉に戸惑っていると、将暉さんは微笑みながら言葉を続ける。
「じんにとって楓ちゃんって、一筋の光みたいなもんなんだよ」
「ど、どういうことですか?」
俺は自分の耳を疑った。
「…じんってあまり笑わないでしょ?でも、そんなじんを変えたのが楓ちゃんなんだ」
「俺が…ですか……?」
俺は信じられないといった表情で将暉さんを見つめた。
仁さんの笑顔を、俺が引き出していたなんて、到底信じられない。
「じんが最近笑うようになったのも、前より明るくなったのも全部楓ちゃんのおかげなんだよ?」
将暉さんの言葉は、俺の心に温かい光を灯した。
仁さんの笑顔を思い出す。
確かに、仁さんは最初はあまり笑わない人だったけど
途中からずっと穏やかで、よく笑うようになっていたと思う。
「…っ」
俺は何も言えなかった。
自分がさんに与えていた影響の大きさに、ただただ驚くばかりだった。
「じん、よく言ってたんだよ、なんでアイツなんだ、なんで俺じゃなくてアイツが死ぬんだって。常に過去に囚われて劣等感抱いて生きてるみたいでさ」
「無理もないんだけど、楓ちゃんはそんなじんの心を癒してくれてたんだよ」
将暉さんの言葉は、仁さんの心の深い部分を教えてくれた。
「俺は…なにも……っ」
俺は謙遜したが、将暉さんは首を横に振った。
「いやいや、俺の記憶の中じゃじんがこんなに笑ったの見たことないよ?」
「そんなに、ですか?」
「だって、じんが笑ってるの俺初めて見たもん」
「!」
俺は、仁さんの笑顔を自分が引き出していたという事実に、胸が熱くなった。
「楓ちゃんと出会ってじんは変わった。良い方向
にね」
「でも、それが今は悪い方向に行ってる。楓ちゃんは、じんのことを光だなんて言っていたけど、多分じんにとっての光は楓ちゃんなんだよ」
もし、もしも本当に
仁さんにとっての光が自分だというのなら、今度は自分が仁さんを照らさなければならない。
彼が暗闇に囚われないように、俺が光となって導かなければ。
「…っ、だったらなおさら、放っておけないです。
仁さんには…返しきれないほどの恩もあるんですから」
仁さんは俺の命を救ってくれた。
俺の人生を変えてくれた。
その恩を、今度は俺が返す番だ。
「そう思ってくれるなら、今度は…楓ちゃんがじんのことを救ってやってほしい」
将暉さんはそう言うと、俺の肩にそっと手を置いた。
その手は、俺の決意を後押しするようだった。
将暉さんの真剣な眼差しが、俺の心に深く突き刺さる。
「じんは不器用だからさ…きっと今回のことも一人で抱え込んで苦しんでるんだと思う」
「………っ」
俺は、仁さんの孤独な戦いを想像し、胸が焼ける思いになった。
彼が一人で苦しんでいると思うと、居ても立ってもいられなかった。
「だから……楓ちゃん、君だけは側にいてあげて欲しいんだ。じんがもう迷わないように」
「じんもきっと悔やんでる、だからこそ手を差し伸べて、ちゃんと話してあげて欲しい、君の想いを」
将暉さんの言葉に、俺の目から大粒の涙が溢れてきた。
その涙は、仁さんへの愛情と、将暉さんへの感謝の気持ちが混じり合ったものだった。
俺は何度も頷いた。
「もちろんです…っ…!」
将暉さんの言葉一つ一つが、俺の心に深く染み渡っていく。
「本当はね…じんには黙っているよう口止めされたんだけど、あんな真正面から頭下げられたら、話を聞かないわけにも行かなくてね」
「楓ちゃんとじんにはお互いが必要だと思うし、今からじんのいるところまで案内するよ」
将暉さんはそう言って微笑んだ。
その笑顔は、俺の心を温かく包み込んだ。
仁さんの口止めを破ってまで、俺に教えてくれる。
将暉さんの仁さんへの深い友情と、俺たちへの配慮が、ひしひしと伝わってきた。
「ありがとうございます…………!」
俺は感謝の気持ちを込めて深々と頭を下げた。
将暉さんは微笑みながら立ち上がり、「行こうか」と促した。
それから、俺たちは正面玄関から外に出た。
夕暮れの空の下、将暉さんの愛車が待っていた。
流線型のボディが、夕日に照らされて鈍く光っている。
車に乗り込むと、エンジン音が静かに響き、車は滑るように走り出した。
車窓から流れる景色を眺めながら、俺の胸は期待と不安で高鳴っていた。
仁さんに会えるという期待と、どんな顔をして会えばいいのかという戸惑いが入り混じっていた。
将暉さんは何も話さず、ただ前を向いて運転していた。
その沈黙が、かえって俺の心を落ち着かせた。
しばらく車を走らせて着いたのは、将暉さんが自分の別荘だと名乗る場所だった。
都会の喧騒から離れた、静かな森の中に佇むその建物は洗練されたモダンなデザインで、俺の想像を遥かに超えるものだった。
周囲には他の建物は見当たらず、まさに隠れ家といった雰囲気だ。
「ここは?」
俺は思わず尋ねた。
「俺の別荘。俺には少し広すぎるんだよね、だから
よくじんに貸してるんだ」
将暉さんが苦笑いを浮かべながらそう言った。
その言葉に、仁さんがどれほど将暉さんを信頼しているかが伝わってきた。
将暉さんの優しさが、仁さんを支えていたのだ。
「ここに…仁さんが……?」
俺は、仁さんがこんな場所に身を隠していたことに驚きを隠せない。
同時に、彼がどれほど深く傷つき、一人になりたかったのかを痛感した。
「うん、いつも通りなら、2階の奥の部屋にいると思う」
将暉さんの後について、重厚な扉を開けて中に入ると
中は広々としており、温かみのある照明がモダンな内装を優しく照らしていた。
床は大理石で、足音が静かに響く。
静寂に包まれた空間に、俺たちの足音だけが響く。
階段を上り、廊下の一番奥の部屋の前に立つ。
俺の心臓は、まるでこれから起こる何かを予感しているかのように、激しく鼓動していた。
(仁さんが、この扉の向こうにいる……っ)
将暉さんがノックをして仁さんを呼びかけるが、部屋からは何の反応もない。
静寂が、俺たちの間に重くのしかかる。
しかし、扉は不自然に少し空いており、わずかな隙間から部屋の奥が覗いていた。
電気がついているのが見えた。
不思議に思って俺はドアノブに手をかけ、ゆっくりと回し、押し開けて中に入った。
なのに
電気が着いたまま、そこはもぬけの殻だった。
窓は開け放たれ、冷たい風がカーテンを揺らしている。
仁さんの気配は、どこにもない。
「…いない?」
将暉さんが不思議そうに呟いたあと
「ここにいるはずなんだけど…出かけたのかな」
と言いながら部屋の中心に置いてあるテーブルまで足を進めた。
その時、テーブルの上に置かれた
なにかが書かれている紙切れが目に止まった俺は、思わずそれを手に取った。
その紙は、どこか見覚えのある筆跡で
俺の胸騒ぎは一層募った。
嫌な予感が、全身を駆け巡る。
「これ、なんでしょう……?」
俺は不安な面持ちで将暉さんに見せる。
すると彼は紙に書かれた文字を目で追ってから
「これは……」と言いながら、その紙を強く握り締めた。
将暉さんの顔から血の気が引いていくのが見て取れた。
その表情は、俺が今まで見たことのないほど深刻なものだった。
将暉さんの手が、小刻みに震えている。
俺の胸には、言いようのない不安が広がっていった。
紙に書かれた文字が、まるで俺の未来を暗示しているかのように、不吉な影を落としていた。