テラーノベル
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黒田が握っていた「裏帳簿」の開示は、国家規模のシステム・ショックを引き起こした。
株価は暴落し、銀行の窓口には不安を抱えた人々が殺到する。
積み上げられた虚飾の数字が崩れ去り
日本中が「自分の資産は本当にあるのか」という疑心暗鬼の闇に包まれた。
その混乱の真っ只中、私はルーツ・ガーデンの分散型ネットワークを通じて、一つのシンプルなアプリケーションを全世界に無償提供した。
名称は『一円計数機』
「皆さん、テレビの中の巨大な赤字に怯えるのはやめてください。……今、あなたの手元にある一円。今日、あなたが誰かのために使った一分。その『確かな価値』だけを、このアプリに記してください」
これは、複雑な金融工学をすべて排除し
個人の誠実さと労働の対価を一円単位で直接交換・保証する
極めて原始的で、かつ最新の信頼プロトコルだった。
「詩織さん、アクセスが止まらない。…みんな、巨大な数字に疲れてたんだな。目に見える『一円』の確実さを求めてる」
海斗が、直樹から受け継いだ冷徹なコードを
今度は「人を繋ぐための数式」へと書き換えていく。
一方で、陽太は避難所や地域コミュニティを回り
子供たちと一緒に「一円の価値」をどう使うかを話し合うワークショップを広げていた。
大人が数兆円の損失に頭を抱えている横で
子供たちは「今日の一円で、隣のおばあちゃんに花を贈る」という、黒字の人生を歩み始めていた。
そんな折、私の端末に一通の秘匿メッセージが届いた。
送信元は、かつて直樹が医療刑務所で使用していたはずの、廃止された個別ID。
『詩織。……計算の最後の一行を、君に託す。…ルーツ・ガーデンの地下、父の万年筆が作られたあの工房の跡地を掘れ。……そこが、君の「本当の資本」だ』
それは、直樹が生前にセットしていた
彼の死後一定の条件で発動する「タイムカプセル」のようなメッセージだった。
私は、山崎さんと共に、今は亡き父の工房跡地へと向かった。
冷たい土を掘り進めた先にあったのは、金塊でも現金でもなかった。
それは、父が創業以来、一円の狂いもなく記録し続けていた「感謝の顧客名簿」と、一通の手紙だった。
【残り9日】